104,修学旅行③
修学旅行2日目、午前中に浅草を周った成宮高校2年生一同は、お昼をすぎてからスカイツリーへと向かう。
「うわあー! 高ーい!」
一面に広がる空、建物だらけの光景、豆のように小さい人達、地にいる時に見ていた景色とは全く別物のように感じる。
自分達が住んでいる場所と違うところにいるんだと、改めてそう思わざるを得なかった。
陽斗は、1番高いところから東京の景色を一望することが出来、テンションが高かった。東京には何年か住んでいたが、来た事は1度もなかった。前々から行きたかった場所でもあったので、純粋にとても嬉しかったのだ。
「なあ! あれ、東京タワーじゃね!?」
「わあ、ほんとだ!」
陽斗と高柳は指差したり写真を撮ったりしてはしゃいでいる。まるで子供のような無邪気な振る舞い。本当に小さい子を見ているような気分になる。
「あの2人、何でも楽しそうだよな」
「人生凄く楽しそう」
そんな2人を見て、皆は思わず笑みが零れる。彼らはいつでも何事にも全力で楽しみ取り組み、その姿にいつも励まされ自然と自分も明るくなる。それはある意味才能だと思う。
「や、やばい······。怖すぎる!」
溢れんばかりの笑みで楽しんでいる2人をよそに、三浦はガラス張りの窓から離れ壁に張り付いていた。外の景色を見ないように俯いて立っている。全く窓ガラスへ近寄らない彼女を見て、皆は察した。三浦は"高所恐怖症"だろうと。
「大丈夫か?」
顔が強ばり、全く笑顔のない三浦に白石が心配そうに顔を覗きながら声を掛ける。
「まじ無理! 死ぬ! 怖い!」
三浦は今にも泣きそうな顔で、白石の腕をガシッと掴んだ。白石は驚いた表情で三浦を見つめる。
「ごめんけどこのままでいさせて!」
白石の腕にギュッとしがみついて離さない三浦。彼女はとにかくこの場から逃げたかった。その事しかその時は考えられなかった。安心できる場所。大きい背中でいつも守ってくれる、落ち着く場所。三浦は無意識に白石の元へすがりついていた。
白石は戸惑うような表情を浮かべていたが、彼女の手が小刻みに震えているのを感じたらしい。フッと笑うと優しい目を三浦へ向ける。
地上へ下るエレベーターに乗るまで、三浦は白石の腕に張り付き、白石は終始柔らかな表情を浮かべていたという。
もちろん、下へ降りて正気を取り戻した三浦はスカイツリーの展望台で自分がやってしまった行動を思い出して、顔を赤くしていたという。
スカイツリーの周辺も探索した後、自由時間が設けられた。今夜泊まるホテルに20時までに着けばどこにでも行ってもいいのだ。
今は17時30分。時間はあまりない。
8人はとりあえず夕飯を食べに行く事にした。イタリアンと中華で別れたため二手に分かれる。
陽斗は中華組で、他は成美と白石と三浦だ。
4人は陽斗が前もって調べていたお店へと向かう。
そのお店の前には行列があり、4人は並んで30分後に入ることが出来た。
「うわあ、美味しそう!」
目の前に並べられた餃子を、陽斗はキラキラとした目で見つめる。今にもヨダレが垂れそうだ。そういえば陽斗は餃子が大好物だった、と皆は思い出した。
「はあ〜、お腹一杯! 幸せだ!」
陽斗はすっかり膨らんだお腹を擦りながら、すっかり暗くなった道を歩く。
「陽斗くん、めっちゃ食べてたよね」
「25個って凄いわ。他の料理も食べてたのに」
3人は呆れ半分、褒め半分で陽斗を見つめる。思春期の男子はよく食べると、女子2人は驚かされていた。陽斗の場合は餃子になると胃がいつもより大きくなるらしいのだが。
駅の方に歩いていた4人だが、途中で陽斗の足がピタッと止まる。
「陽斗、どうした?」
「タピオカジュースだ! 有名なとこの!」
陽斗は目を輝かせながらそのお店を指差す。そこは美味しいで人気のタピオカ店だった。
「え、お腹いっぱいじゃないの?」
「いや、おやつは別腹!」
さっきまで満腹すぎて死にそうだの言っていたのに、今の陽斗はケロッとしていた。
「俺買ってくるけど、皆は?」
「俺も飲む」
白石がすっと手を挙げる。白石はタピオカジュースを飲んだ事がなく、一度飲んでみたいと思っていた。お腹もまだ空いているらしいので、白石も買いに行く事になった。
「凄いね、あんなに食べてよく入るよね」
「ほんとね。餃子いっぱい食べてたのに」
そんな男子2人の食欲に、成美と三浦は苦笑する。あんなに食べていたのにどこに空きがあるのだろうか。2人は不思議でならなかった。
陽斗はホクホク顔で軽やかな足取りで、白石は興味津々に手に持つタピオカジュースを見ながら、女子達の元へと向かう。
「なあ、ちょっとだけならいいじゃん」
「無理です!」
「何でだよ。俺達と遊ぼうよ」
成美達がいるところへ歩いていると、何やら男女の言い争っているような声が聞こえてきた。2人がそちらへ目を向けると、成美と三浦の2人が見知らぬ男3人に囲まれていた。
男たちはニヤニヤとした笑みを浮かべ、成美は怯えたような表情で三浦は不快丸出しの目で男たちを見つめていた。
「あーもう、少しくらいいいだろ!」
頑なに拒否し続ける2人に苛立ったのか、1人の男が三浦の腕を掴んだ。
「痛っ!」
強気だった三浦の表情が歪む。
その瞬間、白石が動いた。
「おい、何してんだよ」
三浦の腕を掴んでいた男の手を、今度は白石が掴み三浦の腕から放す。白石は思わず手に力が入ってしまい、苦痛に男の顔がひきつる。
「だ、誰だよお前は!」
男は突然横槍を入れてきた白石を敵視したように睨む。
「彼女達の彼氏です!」
「彼氏ぃ!?」
「達!?」
1歩遅れて白石の後からやってきた陽斗のキッパリとした発言に、男達だけでなく三浦も声を上げる。陽斗と成美はそうだが、白石と三浦は違う。三浦は戸惑うような、でも嬉しそうな顔でいた。
「んだよ。邪魔くせえんだよ!」
いきなり、男1人が陽斗に殴りかかって来た。どうやら堪忍袋の緒が短いらしい。
それに成美たちがキャッと小さく悲鳴をあげる。
だが、陽斗はそれを横によけてかわす。男の拳は宙を舞った。それに更にカッとなったのか、男は続けて何度も陽斗へ拳や足を出す。だが、陽斗はそれを避け続ける。陽斗の顔には全く焦りなど見られず、むしろ余裕そうだった。
「いきなり殴ってくるって、びっくりした······」
エアーパンチやエアーキックを繰り出し続けて疲れたのか、男が膝に手をついて荒々しく息を吐く。それに反して陽斗は息切れなど全くしておらず、悠然としていた。
そんな陽斗を、その場にいる皆が驚いたような表情で見る。男のパンチやキックは決して遅くはないし、むしろ早くて鋭い。おそらくこういうのに慣れているのだろう。
だが、陽斗はそれを全く動揺せずに落ち着いて避け続けていた。もやしのように手足が細く肌も色白でか弱そうな陰キャのような容姿の陽斗が、だ。いつも明るくて元気で無邪気な彼が喧嘩などする訳が無い。なのに何故、あんなに場数を踏んできたようなオーラーが出ているのだろう。
「ちょこまかとうぜえんだよ!」
息を整えた男が再び陽斗に向かってくる。それを合図に、残りの2人は白石へと襲い掛かる。
陽斗はこのままだと埒が明かないと思い、突き出してきた男の拳を横に交わしたあと、男の足に自分の足を引っ掛ける。男はそのままの勢いで派手に転ぶ。
白石へ突撃した男たちも地面に転がっている。2人同時に仕掛けてきた拳とキックを白石が避けた時、お互いのがお互いに思いっきり当たり自滅していた。何とも無様な姿。
2人の下で横たわっている男たち。
陽斗と白石の目が合う。その時、お互いに何故かとても既視感があった。
「こ、こいつ、絶対に紅血の悪魔だろ!」
「は、はあ!? まじかよ!」
「クソっ! 逃げろ!」
ある男が白石を震える手で指差す。男たちの顔はみるみると青ざめていき、まるで化け物から逃げるように恐怖で顔を引き攣らせながら慌ててその場からいなくなった。
その場に沈黙が流れる。そして、少し経って3つの笑いが漏れる。
「ごめん、ちょっと······」
「······東京でも有名なんだね」
陽斗と成美と三浦は我慢ができず吹き出してしまった。白石が怒るので耐えないとだと思っていたが無理だった。白石はいまだに肩が揺れる3人を睨むが、まさかこんな所まで白石の痛い呼び名が広まっていたという事実に笑いを堪えられなかった。
「ていうかさ、2人とも強すぎでしょ。白石は分かるけど、なんで陽斗くんも?」
笑いがようやく落ち着いたところで、三浦が涙を拭いながら陽斗に聞く。
3人は非常に驚いていた。陽斗が喧嘩に強いだなんて、そんなの全く思わなかった。逆に弱そうなのに。運動神経がいいのは知っているが、それで喧嘩に強いとはあまり結びつかない。不思議でならなかった。
「えっと、前、よく喧嘩してたんだよね」
「ええっ!?」
あっけらかんとして笑う陽斗の発言に、皆は驚いたように声を上げる。陽斗は平然とした様子で言っていたが、3人にとってみればかなり衝撃的発言だった。
「中学の時に色々あってちょっとね。でも暴れ回ってたのは2週間くらいだよ」
陽斗はいつもの笑顔を浮かべているが、成美と白石の表情は暗かった。陽斗が色々とあっていたのは知っていたが、あんなに明るい彼が暴れ回るほど辛かったのだと改めて思ったからだ。
「あのさ、俺、前に陽斗と会ったことある?」
「それ思った! ちょうど喧嘩し回っていた時に、めっちゃオーラー強烈の人と一瞬だけしか会ってないけど、その人が印象に残ってるんだよね」
「あ、それ俺も。次々と強者を倒すやつが急に現れて一度会ったことあるんだけど、その雰囲気がさっきの陽斗と同じだったから」
「それなら、俺達結構前から会ってたんだね」
2人はフッと笑い合う。まさか、喧嘩の場で一度会っていたとは思わなかった。お互いに印象に残っていたらしい。
「あ、時間やばいよ! 今、19時45分!」
ふと携帯の時間を見た成美が、慌てた様子で3人にそれを見せる。
「やっば!」
「急ごう! 遅刻したら怒られる!」
4人はあたふたとしながらホテルへと向かう。
そして何とか無事に、4人は20時になる10秒前に着いたという。
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