102,修学旅行①
「いってきまーす」
すっかりと明るくなり秋の気配を感じさせるような朝、陽斗と冴木は大きい荷物を抱えて家を出る。
「めっちゃ楽しみだね!」
陽斗は初めての修学旅行のため、子供のように無邪気な笑顔を浮かべている。
も中学校も仕事の関係で行けなかったのだ。陽斗にとっては念願のイベントだった。
そんな陽斗に反して、白石の顔はいつもより青白い。目の下にはクマが出来ていた。
白石も初めてということで落ち着くことが出来ず、目が冴えて中々寝付けず寝不足であったのだ。
「あ、陽斗くん! 白石くんもおはよう!」
駅の前に数人の生徒が集まっている中、2人に気が付いた成美が手を振る。
「おはよう、成美。来るの早いね」
「そうなの、楽しみすぎてつい早く来ちゃった」
今はまだ集合時間の30分前だ。陽斗たちも早いのだが、成美は45分前には着いていたらしい。
「あれ、白石くん顔色悪いよ? 大丈夫?」
いつもより覇気がない白石を心配する成美。誰が見てもわかるほど、今日の白石は憔悴していた。
「······寝不足」
白石はそっぽを向きながらボソッと呟く。
そんな様子に、思わず陽斗と成美は笑みがこぼれる。おそらく、白石は楽しみ過ぎて寝られなかったのだとあまり知られたくはないのだ。
3泊4日の修学旅行。
移動中、最初の方は皆は興奮して騒いでいた。だが、後半になると寝ている人も多く見られる。
白石の場合は乗ってすぐに目を閉じ、それから到着するまでピクリとも動かなかった。
陽が爛々と照る中、顔を輝かせる者や欠伸をする者など様々だが、皆はバスを降りる。
初日は鎌倉。
ここを経由し明日からは東京観光をする日程だ。
皆は班に別れ、それぞれ単独で行動する。
「おーい」
陽斗、市原、白石、成美、三浦、天音の6人の班が移動しようとした時、高柳と西島の2人がこちらへ手を振りながらやってきた。
「一緒に回ろうぜ!」
「あれ、班は? クラス違うし今から班行動だけどいいの?」
「別にいいじゃん! イツメンだろ!」
「西島はいいけど高柳はうるさいから戻れ」
「何でだよ! 賑やかでいいだろ!」
高柳は市原の腕にしがみつく。
「ちょ、キモイんだけど! 離せ!」
「認めてくれるまで離さねえ!」
ギャーギャー言いながらも8人は一緒に歩いていく。何やかんやでいつものメンバーで回ることになった。
「おい、バンブーだバンブー!」
高柳が辺りに生え渡っている竹を指さしている。今にも飛び跳ねそうな勢いだ。
「お前、竹を英語で言えたのか······」
「まじで······。高柳に負けるなんて屈辱っ······!」
そんな高柳を皆は驚愕の顔で見つめる。三浦に至っては、悔しそうな顔で高柳を睨むように突っ立っている。
「お前ら! 俺を馬鹿にしすぎだろ!」
「授業で日曜日を英語で言えなかったじゃん」
「あ、あれは······。そう! 動揺してド忘れしただけだ!」
「じゃあ、今言ってみてよ」
「え、えと······、Tuesdayだ!」
「残念、Sundayだよ」
焦っワタワタとする高柳をよそに、西島は笑顔でそれを対応していた。西島はどんな時だっていつも余裕たっぷりの笑みを浮かべている。たまにそれが怖く思う時もあるが。
「俺、もっと勉強しよう······」
「そうね、白石、一緒に頑張ろう······」
西島とは逆に、三浦と白石の2人は顔が暗くショボンとしていた。どうやら2人とも竹の英語が分かっておらず、下だと思っていた高柳が知っていた事にショックを受けていたようだ。
鎌倉を回り、成宮高校2年生一同はホテルへと向かう。ホテル内で夕食を取りお風呂に入り、皆は各自部屋へと戻る。
「なあなあ、就寝時間まで暇だから、修学旅行の定番のやつやろうぜ」
体育委員の南が、布団の上であぐらをかいてキラキラとした目で皆を見る。
「恋バナだよ!」
南は顔を輝かせる。彼らは青春の真っ只中。こういう話題は大好物なのだ。
「おい、陽斗、聞かせろよ! 成美ちゃんと付き合ってんだろ? どうなんだよ」
「ど、どうって、え、」
戸惑う陽斗をよそに、南はニヤニヤとしながらグイグイと攻め寄る。
「成美さんって可愛いし性格もいいし、めちゃくちゃ人気じゃん。それを仕留めるなんて、お前何したんだよ!」
「ほんとだよ! 俺にもあんな彼女が欲しい!」
同じ部屋にいる男子たちが騒ぎ出す。この部屋は6人部屋だ。市原や白石も同じだがその2人はそれを黙って聞いており、残りの3人が今、かなりうるさかった。
そしてその妬みからきたのか、陽斗に向かって枕が飛んでくる。
「うわっ、危なっ!」
陽斗は咄嗟の反射神経でしゃがみこみ、その枕を避けた。
だが、次の瞬間、この部屋に静寂が訪れる。
陽斗が避けた先に白石がおり、まさかだが、その顔面にその枕が見事にもヒットしたのだった。
「······や、やば、すまん、白石」
「し、白石くん、ごめん······」
投げた本人と、思わず避けてしまった陽斗は謝罪の言葉がポロリと零れる。だが、もう遅かった。
「······おい」
地を這うような恐ろしい声が部屋中に響き渡る。白石からどす黒いオーラが解き放たれる。
それにその場にいた者は全員恐怖のあまり体が強ばり、動けないでいた。
「許さねぇ」
そう低く呟き、白石は自分に当たった枕を力いっぱいに投げ付けた。
「ぐはっ!」
白石に枕を当ててしまった彼の顔に命中した。かなり痛かったのか、彼は倒れ込んだままピクリとも動かない。
皆はまるで光の速さのように飛んできた枕に当たった被害者を引きつった表情で見つめ、そしてゆっくりと白石の方へと首を動かす。
「······まず1人」
背筋も凍るような声と顔。
白石の手には既に枕があった。
どうやら、この場にいる全員倒すつもりのようだった。
白石はもう今にも投げそうな勢いだ。
「うわあああー!」
恐怖のあまり、南は思わず白石へと枕を投げ付けた。だが、白石はそれを避けるとすぐさま持っていた枕を投げ、南を布団へと沈めた。
「あと3人······」
皆は恐れた。自分も2人のように餌食にはなりたくなかった。何故なら、とても痛そうだから。
「うおりゃー!」
3人は近くにあった枕を白石へと投げる。それに応酬して白石も避けながら3人へ投げつける。
突然の枕投げが開幕した。
「お前らー! うるっ、ぐはっ!」
廊下にも響いていたのだろう、4組担任の太陽先生が思いっきり部屋の扉を開け怒鳴りつける。だがその言葉は最後まで言えず、ちょうど投げられた枕が太陽先生の顔面へ当たってしまった。
「あっ······」
部屋に再び静寂が訪れる。皆は手を止め、やってしまったという顔で恐る恐る太陽先生の顔を覗く。
「てめーら! 許さねー!」
太陽先生は肩をプルプル揺らし始めたかと思うと、自分に当たった枕をその部屋にいた生徒たちに投げ付けた。
そうして太陽先生が加わり、再び枕投げが再開した。
これはその騒ぎを聞きつけた5組担任の葉山先生が来るまで続く。そして太陽先生を含めた7人はしっかりと怒られたという。
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