98,誕生日①
まだ陽が昇っていない薄暗い時間帯、アラームがうるさく鳴り響く。そこに大きながっしりとした手が伸び、それを止める。
「う〜ん······、よし、起きよう」
腰を上げ、陽斗は大きく手を上げて伸びる。そして、まだ重い瞼を擦りながらベットを降りる。
「お母さん、おはよう」
陽斗はもう既に明るいリビングに入り、台所にいる母に声を掛ける。
「おはよう陽斗。ご飯もう用意してるから」
「ありがとう! いただきまーす」
陽斗は机に置かれたお米や味噌汁を食べ始める。ごくいつも通りの朝だった。
「陽斗、今日は何の日か分かってる?」
母が手を後ろにしながら、ニコニコとしながらこちらへ来る。
「えっと、9月28日······って、あ!」
「お誕生日おめでとう」
母は机の上に、後ろに隠していた包装された袋を置く。
「わー! ありがとう!」
「気に入ってくれるといいんだけど」
陽斗は嬉しそうに袋を開ける。袋から出てきたものは、眼鏡だった。普通の眼鏡と、スポーツ用の眼鏡だ。
「わあ、眼鏡だ! 換えの欲しいと思ってたんだ! めっちゃ嬉しい! ありがとう、お母さん」
胸に大切そうに抱きながら、陽斗は笑顔で母を見上げる。
「喜んでくれてよかったわ」
この日、陽斗は早速新しい眼鏡をして学校へと向かった。
「あ、陽斗、おは······」
自転車を止める際に、白石と鉢合わせする。陽斗に気づき、パアッと明るくなった顔がみるみるとしかめていく。
満面の笑みで軽快な足取りの陽斗は、傍から見たら変人のようだったのだ。1人でニタニタと笑みを浮かべ鼻歌を歌う姿は、正気かと疑いたくなるほどに。
「いやあ、もう嬉しすぎて顔がにやけてしまうんだ! 見て、新しい眼鏡!」
陽斗は白石に顔を近づいて、溢れんばかりの笑顔で新品の眼鏡を白石に見せる。
「いい色じゃん。陽斗の好きな青がちょっと入ってんだな。お母さんから貰ったのか?」
「そうなの!」
「はい、俺からもプレゼント。誕生日おめでとう」
白石は右に持っていた袋を陽斗に差し出す。
「え、いいの!? ありがとう!」
顔いっぱいに笑みを浮かべて、陽斗は無邪気に袋を開ける。
「バスケットボールだ! 嬉しい! ありがとうね、白石くん!」
「陽斗のボール、ボロくなってたから」
ボールを嬉しそうに摩ったり胸に大切そうに抱く無邪気な様子の陽斗に、白石は暖かい眼差しを向ける。
「今日から早速使うね!」
「うん」
2人は笑顔で話しながら、部室へと向かっていった。
***
「おはよう〜」
すっかりと空が明るくなり、陽斗と白石の2人の顔に汗が見える中、体育館のドアが開く音と共に市原の声が響き渡る。
「あ、おはよう!」
「相変わらず、2人とも早いな」
市原は電車の始発に乗ってくるのだが、毎回絶対この2人は既にいるのだ。それを毎日だなんて、純粋に感心している。
「はい、これ俺からのプレゼント。17歳の仲間入りだな!」
市原から小さめの袋を渡される。なんだろうと思って、中を覗き込むと、そこにはコンビニで買ったゆで卵が5つ。
「お前、細すぎるからそれ食べて筋肉もりもり付けろよ!」
その市原の言葉の通り、陽斗はヒョロヒョロだった。元々贅肉や筋肉が付きにくい体質のため、未だ子鹿のようにすらっとしている。
「俺、卵大好き! ありがとう、大事に食べる!」
陽斗は早速1個取り出し、嬉しそうに味わいながらゆで卵を頬張る。
その後にきた部員たちも、陽斗にはプロテインやら牛乳やらをプレゼントしていった。
ネタ枠でそういうプレゼントをした人達は純粋に喜ぶ陽斗を見て、何か罪悪感が残ってしまった。
***
朝練が終わり、多くのプレゼントを抱え陽斗は教室へと向かう。
「ちょっとロッカーにいったん入れておこうかな」
部活の同級生や後輩にも貰ったので、机の中に全て入らない。何とか空いている手で、陽斗は自分のロッカーを開けた。
その瞬間、ロッカーの中から大量の何かが陽斗に向かってなだれ落ちてきた。
「うわあ! 何これ!」
驚いて、陽斗は尻もちをつく。陽斗が持っていたものと、ロッカーから降ってきたものが廊下に散らばる。
陽斗はふと自分の足元に落ちてきたものを、ふと見る。
「······うまーい棒?」
ロッカーに大量に詰め込まれていたものは、"うまーい棒"というお菓子だった。色んな味があり、1本ずつ包装されているものだ。ざっと見て、ロッカーに入れられていたお菓子は、全部で軽く50本いくだろう。
何が何だかよく分からず、呆然とその場に座っていると、
「陽斗ー! 誕生日おめでとうー!」
5組の教室から、高柳が出てきたと同時に、パーンという音が鳴り響いた。
「うわあ! びっくりした!」
陽斗はその場で飛び跳ねる。周りにいた人も目を大きく開いて、何事かとこちらに注目が集まる。
すると、微かに火薬の匂いが鼻につく。高柳の方を見ると、彼の手にはクラッカーがあった。
「どうだ、俺からのプレゼントは!」
高柳はドヤ顔でこちらを見ている。
「これ、高柳が······?」
そこら中に散らばっているお菓子を陽斗は1つ手に取る。
「そうだ、驚かそうと思ってな! そういうのもいいだろ?」
「びっくりしたけど、ありがとう!」
陽斗は満足そうに笑う。何がなんであれ、プレゼントは嬉しい。それに、"うまーい棒"は陽斗の好きなお菓子のひとつだ。小さい時に、よく駄菓子屋さんで買っていた。
「高柳、もう少しマシなプレゼント無いのかよ」
「何言ってんだよ、市原! いいサプライズじゃん! 楽しい面白い驚きの三拍子だぞ!」
皆で床に落ちたお菓子を拾っていた時だった。
「おーい、お前ら、何してんだ? HR始まるぞー」
高柳の後ろから、ヌッと5組担任の葉山がやってきた。その瞬間、皆は青ざめた。学校にお菓子は原則持ち込み禁止だ。それなのに、廊下には大量のお菓子が散らばっている。これは流石に見逃せないだろう。誰もが没収だと思った。
「おー、葉山せんせー!」
そんな緊張感漂う中、高柳ただ1人が呑気に声を上げる。
皆は、「馬鹿か?」というような視線を一斉に投げ掛ける。
「おい、なに散らかしてんだよ、早く片付けな」
その場にいた人は戸惑ったような目付きを葉山先生に向ける。没収するかと思ったのに、先生は特に何も言わなかった。
「······没収しないんですか?」
葉山先生の顔を伺うように、恐る恐る市原が先生に問う。
いつも、葉山先生は嬉嬉として没収品を奪い去っていくはずなのに。
「今回だけは見逃してやるから、他の先生に見つかる前に早くしろ」
皆はますます不審な目で葉山先生を見つめる。
何か変なものを食べたのだろうか。いつもの葉山先生らしくない。
「ふふ、葉山先生には前もって許可もらってたんだよ! ケーキを条件にな!」
「おい、それは言うなよ!」
葉山先生は慌てて高柳の頭を持っていたノートで軽くバシッと叩く。
だが、もう遅かった。生徒たちから非難混じりの視線をあびせられる。まさか賄賂を受け取るような人だったとは。面倒みが良くて、怖そうに見えるけど優しくて、教えも上手で、いい先生だと思っていたのに。
「違うって。生徒の誕生日は言わうべきだろ?」
「またまた〜。そう言いながら、ケーキ渡した時めちゃくちゃ嬉しそうだったじゃないですか〜」
「もう、高柳は黙れ。1つ2000円のケーキは貰うしかないだろ」
葉山先生は誤魔化すのは無理だと思ったのか、既に開き直ったような態度だ。先生なのにこれでいいのか、と生徒達は思った。
「あれ、なんでこんなにまだ廊下に人いるんだ? って、廊下に"うまーい棒"が落ちてる! 欲しい······じゃなくて没収だぞ!」
葉山先生の後ろから、太陽先生がやってきた。相変わらずうるさい声だ。
「てかあれ、葉山先生じゃないすか。没収しないんすか?」
「葉山先生は見逃す見返りに、ケーキもらってるんですよー」
「何だと!? それは本当ですか!? 先生として駄目ですよ! というか、俺もそのケーキ欲しい!」
それを聞いた太陽先生は、注意する訳でもなく羨ましいとでもいうような態度だ。
「あ、いいっすよ。太陽先生にもあげます。その代わりに、これ見逃してくれます?」
「もちろんさ!」
「ちなみに、1個2000円っす」
「まじか! それは最高だ! 感謝するよ! あ、"うまーい棒"も1本な」
高柳に2人の先生が買収され、修羅場と思えた現場だったが何も起こらなかった。
何とも扱いやすい先生たちだ。
生徒の模範となるべき先生がこんなんで本当にいいのか、とその場にいたものは誰もが思った。
読んで下さり、ありがとうございます(♡˙︶˙♡)




