97,花火
「うううぅ〜、皆、お疲れ様。本当に、本当に、良かったよ! 俺は感動した!」
教室の教壇のところで、太陽先生は涙をポロポロと流しながら立っていた。
生徒らは、それを半分呆れ目で、眠そうに見ている。
もうかれこれ、太陽先生の話は20分以上続いている。正直なところ、誰もが「早く終わらないかな」と思っていた。
そうして、それから10分後、ようやく太陽先生の独断演説は終わった。
皆は再び文化祭の後片付けを再開する。
花火まではあと1時間。太陽先生で遅れた分は、もちろん先生も手伝わせた。
「いやあ、陽斗、めっちゃ凄かったよ」
ダンボールを紐で纏めながら、主人公役の南が尊敬した眼差しで見つめてくる。
南は陽斗とよくミュージカルで絡んでいたので、陽斗の演技力や歌唱力を真近でビシビシと感じていた。陽斗のおかげで、自分も中々良い演技が出来たと思っていた。
「まじで、私圧倒された!」
「お前、まじ天才だよ!」
三浦も市原も陽斗を絶賛する。この2人もまた、陽斗の圧倒的な演技に呑まれてしまった者たちだ。凄い、と思う同時に、こちらもそれに引っ張られて役になりきることが出来た。
「陽斗くん、ぜひこれから一緒にミュージカルをやろう! その才能を使わないのは勿体ない!!」
今回のミュージカルを引っ張ってくれた監督の女の子が、懇願するようなうるうるとした目でこちらを見つめてくる。
実際、このミュージカルは成宮高校の文化祭の様子と共に、ニュースに取り上げられていたらしい。元々Tmitterで注目を浴びていた陽斗が、高校世界バスケの代表だったこともあり、少し話題となった。
次の日の朝、彼は朝番組でそのニュースを見て、顔を真っ青にさせたのだが。
「陽斗、色々溜め込んでないか? お前に何かあるんじゃないかって、ミュージカルが終わった今でも不安なんだ」
白石は、陽斗を心配そうな目で見てくる。成美もまた、不安げな顔で陽斗を見つめている。
「陽斗くん、辛いこととかあった? 大丈夫?」
2人は本気で陽斗の身を案じていた。
その他にも、陽斗を気遣うような様子がある人もちらほらいた。
そんな人達に、陽斗はいつもの満面の笑みを浮かべる。
「大丈夫! 超元気だし、今はめっちゃ幸せだよ!」
そんな明るい陽斗の声を聞いて、皆は安堵したような表情をする。まだ、白石や成美の不安は完全には消えてはいないようだが。
全て片付けが終わり、花火まで何とか間に合うことが出来た。皆は外に出たり、教室に残ったり、屋上に行ったりする。
陽斗と成美の2人は、外にある体育館の近くのベンチに一緒に座る。
「今日は楽しかったね」
「うん」
2人は幸せそうに笑い合う。
「やっぱり、陽斗くんって凄いなって改めて思った。私が陽斗くんの隣にいるのが、今でも凄い夢みたい」
ミュージカルの際に圧倒的な存在感を出す陽斗を見て、彼が本当は自分の手の届く存在ではないんだと、そう思ってしまった。あれだけずっとテレビの向こうにいた存在が、今目の前にいることが奇跡のように感じてしまう。
「夢じゃないよ。俺は、ちゃんとここにいるよ」
陽斗は成美に笑いかけ、そっと彼女の手の上に自分の手をのせた。
その瞬間、成美の心臓がドキッと飛び跳ねる。それ同時にみるみると頬が赤くなっていく。
「今の俺は、アイドルでも、俳優でも、モデルでもなくて、ただの高校生の今宮陽斗。これからも、ずっと一緒にいてくれる?」
陽斗は真剣な眼差しで成美の顔を見る。
陽斗にとって、過去の自分を知っていながら今の自分をしっかり受けて入れてくれる成美が大切な存在だった。
今後、何かがあって彼女に迷惑がかかるかもしれない。陽斗はそれがとても怖かった。
もし、彼女がいいってくれるのなら────────
「いいよ」
成美も陽斗の目からそらさずに、真っ直ぐ見つめてくる。
それが、彼女の答えだった。
陽斗は少し目を見張り、そして嬉しそうに目を細めた。
「······ありがとう」
陽斗が嬉しそうに、でもちょっとだけ申し訳なさそうに笑う。この先、彼女に苦難の道を歩ませるかもしれない。そう思うと、この決断はありがたく、それでいて心苦しかった。
だが、そんな陽斗の考えに気づいたのか、成美はそんな事はないと、微笑み返した。
その時、ドーンという大きな音がしたと同時に、2人の上で明るく綺麗な花が咲いた。
2人は肩を寄せ合いながら、高くて大きな花火を見続けた。
その頃、他の市原、白石、高柳、西島、橋本、三浦の6人は結局みなで集まって、運動場で花火を見ていた。
三浦は隣にいる白石の顔を気づかれないように配慮しながら、チラチラとその顔を見る。
自分の大きな存在であったヒーローが、まさかこんな近くにいたなんて思わなかった。
逞しい体に、シュッとした顔、力強い目、その全てが好きだった。
だけど、白石は人に無関心だから、自分の事など眼中に無いだろうな、と思う。
ちゃんと思いを告げたい、でも、もし今の関係が壊れてしまうのは怖いから今はまだその気持ちに蓋をしよう。
三浦は悲しげな目をしながら、でも、僅かな光を残しながら、空に上がり続ける花火を眺めていた。
「はあ、まじしんどいわ」
高柳は空を見上げながら、無気力にそう言い放つ。
周りはカップルだらけ。しかも、仲の良い4人の仲間が最近は怪しい雰囲気を醸し出している。
高柳はそんな状況を何とかギリギリ耐え忍んでいた。西島がいなかったら、彼はとっくの昔に逃げ出していただろう。
だが、あちらこちらで感じるラブラブなムードに遂に耐えきれなくなった高柳は、尿意を理由にその場から離れる。
「くそ、皆して俺を置いていきやがって」
高柳はブツブツ小言を言いながら、トイレへと向かっていた時だった。
「わっ!」
校舎の角を曲がった時、薄暗い中にぼんやりと人の影があり、思わず驚いて声を上げる。高柳の心臓はバクバクとうるさく鳴る。一瞬、幽霊なのかと思ったのだ。そういう類はあまり得意ではないのだ。
高柳は恐る恐る目を凝らしてそれを見ると、そこにはお化けなどではなくちゃんと人間の女の子が座っていた。
その子からは微かに鼻をすする音がする。
高柳は普通に心配になって声を掛ける。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
その声に、女の子はビクッと肩を揺らした。そして、こちらをゆっくり振り返った。
「······あ、はなちゃんじゃん」
その女の子は前に陽斗に告白した、学校内でも人気の子だった。そんな子が、こんな電気もない外で1人で泣いていた。ほっておけるわけがなった。
「何か、あった?」
「特に、人に話すようなことでもないから······」
「ほらさ、人に話した方が楽になるから、俺に話してみなよ」
「嫌、だって、すぐ人に広めるもん」
はなはグスグスと泣く。
本人を前に、嫌だ、と直接言われ、高柳は傷付いていた心に、さらにグサッと突き刺さった。彼は少しの間、硬直してしまっていた。
「はあ〜、俺って駄目男だよな〜、泣きそうだわ」
はなの隣にしゃがみ込んだ高柳の目は、今にも零れそうなほどうるうるとしていた。
「え、あ、ごめん! そんなに傷つくなんて······って、私が普通に悪かったね、ごめんね」
急に泣き出しそうになった高柳に、はなは慌てて謝る。いつもは何があってもケロッとしていて何事にも動じないような高柳が、今日は萎れていてた。
「高柳くん、今日はどうしたの? らしくないよ」
「俺だってこういう時もあるんだよ〜。うぅ、ぐすっ」
ついに高柳の目から涙がこぼれ、ツーと頬をつたう。
「え、本当にどうしたの? 何かあった?」
高柳の落ち込みように、はなは本気で心配する。
「俺ってさ、なんでこんなにもモテないのかな」
「·········え?」
真剣な目でそう訴えてくる高柳に、はなはポカンとした表情を浮かべる。聞き間違いなどではない、彼ははっきりとそう言った。
「······えっと、口は軽いし、女の子にだらしがないし、ちょっと残念だからかな?」
「やっぱりそうだよなー、うん、自覚はしてた」
困惑しながらも、はなは正直に隠すことなく言った。まさか、こんな質問が来るとは思わなかった。いつも明るい彼のことだから、もっと深刻なことだと思った、だけど、それは自分と似たような事だった。
自分は陽斗くんのことがまだ好きで、さっきの花火の時に、成美ちゃんと2人で仲良くしているのを目撃したのだった。それでショックで泣いていたのだけど、高柳くんと同じような悩みだった。
「······プッ、アハハ」
はなは思わず吹き出してしまった。
「な、なに笑ってんだよ!」
「いいや、違うの、私と高柳くん、ちょっと似たもの同士だなって」
「はあー? 意味わかんねーしー」
高柳は未だ悲しそうに鼻をすすっている。
はなはそんな様子に再び笑いそうになった。大きな体をした男子が、こんなにも恋の事で真剣に悩み、めそめそと泣いているなんて。
思ったよりも、いい人なのかもしれない。
もう、はなの目には、涙はなかった。
読んで下さり、ありがとうございます♡٭*(ृ '꒳' ृ)




