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芸能人、やめました。  作者: 風間いろは
高校2年生
103/138

96,文化祭③


既にお昼を回り、人が1番に賑わい始める。


そんな中、体育館には例を見ないほどの人が集まっていた。空いている席はなく、立ち見客もおり、更にはテレビ関係者までちらほら見える。


まだ天井からは明るく光が照らされ、皆が見据える舞台のカーテンは閉まったままだ。



「緊張し過ぎて吐きそう」


その舞台裏では、三浦が迫ってくる吐き気を抑えている。先程、チラッと観客席を見た時、あまりの多さにプレッシャーを感じたらしい。


三浦はセリフをちゃんと言えるか不安だった。昨日で初めて間違うこと無く言えたばかりなのだ。もし自分がミスして、皆で頑張った劇が台無しになることが怖いのだ。


「大丈夫だよ、今まで頑張ってきたじゃん!」

「三浦さんならいけるよ! 人一倍頑張ってきたんだし」

「なんで2人ともそんなに緊張してないの······」


三浦を励ます成美と陽斗は、緊張というより楽しみが勝っていた。

本当に2人は強心臓だな、と三浦は心の中で思った。


「一応袋持ってきたよ、やれそう? 無理しないでね」

「ありがと······」


口に手を当てて涙目の三浦に、天音が袋を渡し、背中を優しく擦る。


「あれ、顔真っ青じゃん、大丈夫か?」


衣装に着替えた市原と一先ず本番前の仕事を終えた白石が、4人の元へ来る。


「大丈夫じゃないよー」


三浦は涙目だった。不安と緊張でいっぱいで吐き気までして、大丈夫なわけがない。



「三浦、あれを見てみろよ」


市原がそう指差す先には、舞台袖で袋を手にして三浦よりも青白い顔でしゃがみこんでいる太陽先生の姿があった。


「え······、なんで太陽先生があんななってんの? 劇にも出ないのに」


太陽先生はすこぶる具合が悪そうだった。唇は青紫色になっており、震えている。劇には一切出ないが、自分のクラスの出し物ということで酷く緊張しているようだった。実は昨日の夜、劇のことで頭がいっぱいで寝不足になったという理由もあるのだが。


「······なんか、謎に元気でたわ」


先程までの死にそうな顔は見るかげもなくなり、三浦はいつもの体調に戻った。

自分より緊張している人を見ると、不思議に冷静になれたらしい。それにしても、太陽先生のこの緊張ぶりはかなり酷かった。

それも、ミュージカルの序盤に見入って忘れてしまったのだが。



そうして開演1分前、皆は自分のポジションに着く。


陽斗は舞台裏で待機する。

陽斗の心は緊張と喜びとで胸が高まっている。


皆と一緒に作り上げたこの劇。


練習すればするほど本番の楽しみが増した。今、その溜まった充実感はここだけの唯一の宝物。


芸能人だった頃のドラマや映画を思い出す。

皆で試行錯誤して協力して作ったものは、いつも達成感に満たされる。


同じような事をもう1回できるなんて最高だ。



そうしてついにブザーが鳴り響き、ゆっくりとカーテンが開きはじめる。幕の向こうに段々と見え始める人の影。


陽斗の興奮は最高潮に高まる。


「絶対に成功させよう」と陽斗は強く心で思う。


そして、10秒目を瞑る。

これはドラマや映画の撮影が始まる前に行うルーティーン。



次に目を開けた時、()()()()()()()()()()()()()




***




あるところに、ひとつの小さい劇団があった。そこはギリギリの運営状況で、いつ解散してもおかしくなかった。演技が大好きな主人公は、そこに所属して、毎日仲間と共に練習に励んでいた。


────いつか皆で、全員で、晴れ舞台に立つために。



陽斗はその劇団の1人。入ったばかりで、演技はまだ稚拙だった。だが、所々に才能が見え隠れしている。経験や技術を身につければ大きく成長するだろうと、皆がふと思った。一緒に演技をする人も、それを見る観客らも。



陽斗なのに陽斗じゃない。



一緒に演技をするものらは特にそれを濃く感じる。

目の前にいる陽斗が姿や声はそのままで、別人に見える。

お前は誰だと、問いたくなるほどに。



劇はついに中盤に差し掛かる。



ここで、仲の良かった劇団に亀裂が入り始めた。


元々、この団は様々な問題を抱えていた人が多かった。いじめを受けている者、孤児の者、家出している者など。そういうこともあり、団は次第にまとまりがなくなっていった。さらにはその仲を取り持っていた主人公の唯一の肉親である母親が倒れ、さらに分裂は加速してゆく。


そんな主人公を勇気づけるのは、幼なじみのヒロイン。


それで元の元気を取り戻した主人公は、団を離れていった者達を再び集めだした。




「みんな、お前を待っているんだ。さあ、俺達の元へ戻って来いよ」


主人公は歌いながらそう訴える。だが、陽斗は振り向かない。肩を震わせたまま、背を向ける。それは、小さくて、頼りなくて。守ってあげたくなるほどに可哀想な姿。



「俺はお前とまた演技が────」

「黙れ!」


主人公の声を陽斗が遮った。会場に彼の声が響き渡る。その瞬間、体育館の空気が変わった気がした。


「もう、僕に構わないでくれよ」



陽斗は胸のあたりの服を掴みながら、悲痛な声で歌い始める。それは、この空間を支配し始めた。陽斗の一音が、一言が、全てが、耳に焼き付ける。



「僕は、僕は、殺人鬼の子供だ。恐ろしい血が流れている。僕は普通の人間じゃないんだ」



辛そうな、苦しそうな表情。

皆はその姿に目が離せない。



「みんな、僕を除け者にするんだ。優しくしてくれた人も、殺人鬼の子供だと気付いたら急によそよそしくなる。何度も何度も白い目で見られてきた。きっと、お前もどうせそうなんだ。僕を蔑んだ目で見てくるんだ。僕には、信じられる人なんていない。産まれてきたら、駄目だったんだよ」



傷だらけの彼。

彼を見るだけで、彼の声を聞くだけで、彼の苦悩が心の奥まで伝わってくる。その陽斗から出る空気に、呑まれてしまう。



「もう、僕に構わないでくれよ」



突き放すような言葉。そう怒鳴られたって、彼を見捨てようとはできない。だって、その声は、微かに霞んでいたから。



ああ、彼は今までどれだけの辛さを、苦しみを抱いてきたんだろうか。


それを、こんな、小さい体に溜め込んできたのか。



彼を、陽斗を、助けたい────────



主人公は、傷だらけの彼の前に立つと、その頭にポンと優しく手を置く。


「見捨てたりなんてしない。俺は、お前の味方だから」

「なんで? どうして?」



暗く澱んでいた目が、動揺して揺れる。



「だって、友達だろ?」



彼の動きがピタリと止まる。その目は大きく開かれた。



「ほんとに? 本当に信じてもいいの?」

「もちろん」



その瞬間、陽斗の目から涙が溢れ出す。肩を震わせながら嗚咽する姿は、見る者の心をギュッと締め付ける。


会場からは、すすり泣く声が多数響いていた。



そうして、主人公は一人一人の団員を連れ戻していき、再び皆で活動していけることになった。前よりも真剣に取り組み始めた団員は大きく成長し、次第に人気を集めていく。



そして、ついに彼らは大きな舞台に立つことが叶った。




ステージ上で彼らは華々しく歌い、踊る。


そんな中、眩しいほどの笑顔で、楽しそうに躍る少年の姿に何故か目が惹かれた。



陽斗だ。



中盤の時のような暗い陰は一切なく、キラキラと輝いていた。


彼は辛い過去を乗り越えることが出来たんだ、信頼出来る仲間を得ることが出来たんだ、皆はその事に心から嬉しく感じる。


ミュージカルだということを忘れ、皆、没頭して見入っていた。



でも、何故こんなにも彼に意識がいってしまうのだろう。


声、歌、彼の発するもの全てに魅了され、その存在感は強烈だった。



会場で拍手の音で響き渡る中、無事にミュージカルは終了した。


涙を流す者、興奮気味の者、ボーとしてステージを見つめている者、三者三様だ。



ステージのカーテンが閉まる際に、舞台上でお礼をする陽斗は、()()()()()()()()()()()()()




「園田さん、やっぱり凄いですね」


室内にも関わらず、帽子を深く被りマスクをした背の高い男がステージにいる陽斗を見ながら感嘆したように呟く。


「そうだな、弟子としてまた戻ってきて欲しいくらいだ」


その隣のサングラスをした男は寂しそうに、でも楽しそうな陽斗を見て嬉しそうにする。


「陽斗に負けんなよ」

「そういう園田さんこそ、油断してると俺に抜かれちゃいますよ?」

「ハッ、生意気言うんじゃねーよ。100年早いわ」


園田は冴木の肩をバシッと叩く。


2人は言い合いながらも幕が閉じる前に、足早々と体育館を出ていった。





読んで下さり、ありがとうございます(๑˙❥˙๑)



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