93,三浦のヒーロー
三浦は目の前の現実を上手く飲め込めなかった。
ずっと会いたかった、強くて大きな背中が今、自分の前にある。
そして、その彼は金髪で成宮高校の制服を来ていた。
「え、し、白石······?」
三浦は信じられないというような声で呟く。
「大丈夫か?」
白石は三浦の元へ来てしゃがみこむと、心配そうに三浦の顔を覗き込む。
「え、な、なんで白石がここにいるの!?」
三浦は戸惑う。情報量が多くて混乱していた。今は頭がよく回らない。
「何でって、歩いてたら声が聞こえてきたから」
白石は三浦に目立った怪我が無いことを確認し、立ち上がる。
「立てる?」
そう言って三浦に手を差し伸べる。
その瞬間、三浦はハッとする。
この今、目の前の光景が過去のものとガッチリ当てはまった。今もまた涙で視界がぼやけているが、絶対にそうだと何故だが確信できた。
ヒーローの顔も全然分からないけど、でも三浦の心はそれを信じて疑えない。
「う、うううぅ~」
三浦の心から何か湧き上がってきて、思わずその場で泣き出してしまった。それが安心からなのか、嬉しさからなのかは自分でもよく分からない。
「え、どうした? どっか痛むのか?」
白石はどうしていいか分からず困惑してオロオロする。急に泣き出した女の子をどう扱っていいのか分からないのだ。
「しらいぢぃ~、助けてくれてありがどぉ〜」
三浦はぐちゃぐちゃに泣き続ける。涙は次々に溢れ出てきて、止めようにも止めれなかった。
肩をふるわす三浦の背中を、大きくて暖かい手が彼女の背中を優しく撫でた。
「はい」
白石がベンチに座る三浦にペットボトルを差し出した。それを受け取ると、その熱が手をぽかぽかと温める。
三浦はキャップを開けてゴクッと1口飲むと、ほんのりと甘みを感じる。
2人は今、薄暗い公園の中にいた。電灯だけが灯され、周りは真っ暗だ。
白石は1人分空けて三浦の隣に少し乱暴に座る。
二人の間に静かな沈黙が流れる。
「助けてくれてありがとうね」
三浦はだいぶ落ち着いたようだ。だが、目元には涙のあとがまだ残っていて、赤くなっている。
「······おう」
白石はぶっきらぼうに答える。そして、また二人の間に沈黙が流れる。
「ねえ、なんで白石は金髪に染めてるの?」
三浦はだいぶ落ち着いた様子で白石に聞く。
「一言で言うと、強くなりたかったから、かな」
「強く?」
「血が繋がってねぇ親父の暴力に抵抗するために。見た目から変われば、中身も変わるかなっていう単純な理由」
白石は目を下にやりながらポツリと呟く。いつもの強い目にうっすらと陰りが見える。それだけで、彼がどれだけ苦しい日々を送ってきたのかが伝わってくる。
「そう、だったんだ。ごめん、嫌な事聞いちゃったね」
三浦は少し罰が悪そうに目を伏せる。
「いいよ。今はもう、何ともねぇから」
白石の目がふわっと緩む。彼は先程とは変わって幸せそうな顔をしていた。
「白石、変わったよね。前より明るくなった」
1年前は怖い不良だと思っていた。たまに見かけた時も、恐ろしい雰囲気を纏まっていて近付けば殺されると本気で思っていたものだ。
「まあ、陽斗のお陰だな。助けて貰ったから」
「それじゃあ、今宮は白石のヒーローで白石は私のヒーローだから、私にとっては今宮は大ヒーローだ」
「なんだそれ。大袈裟だな」
白石の口元が緩む。
彼の僅かな微笑み。三浦はそれに思わず惹かれた。いつもは仏頂面だが、その裏は暖かくて優しい。こんな顔もするのだと、改めて知った。
「大袈裟じゃない、白石は私のヒーローだよ。中2の時、あの時も白石は私を助けてくれたんだよ」
白石は目を大きく広げた顔を上げて三浦を見る。三浦はそんな白石に笑いかける。
「流石に覚えてないよね。あの頃とはだいぶ格好も違うし」
「え······? 俺、お前に会ったことあるか?」
白石は口元に手を当て、今までの頭の中にある記憶を漁り出す。そして、うっすらと前に女の子を助けたことを思い出す。だが、それは曖昧で肝心の女の子の姿は記憶の中でぼやけていた。
「私、今こんなんだけど、昔は地味で純粋な女の子だったんだからね?」
白石は訝しげな目で三浦を見つめる。正直、白石にはいつも明るい彼女がそんな風だったとは思えなかった。
「前も今日の3人に襲われそうになって、それを白石は助けてくれたんだよ」
「······そうだったのか」
白石はなんとも複雑そうな顔で三浦を見つめる。
無理して笑みを作る彼女の表情にはとってはそこ過去は辛くて苦しいものだっただろう。
「でも、私、ちゃんとお礼が言えてなくて。ずっと会いたかった。ありがとうって言いたくって。そのヒーローがね、白石だって今日気づいて。会えてよかったあぁぁぁ」
三浦の目から再び涙が溢れ出す。三浦はそのまま白石に抱きついた。
白石はそんな三浦の行動に戸惑う。彼の腕は所在を失ってしまった。
「私ね、白石みたいになりたくて今まで頑張ってきた。いつか会う時までに強くなろうって思って。それで髪も染めたし格好も変えたの」
いつもよりくぐもった声の三浦は白石の肩に顔を埋める。
いつも派手な彼女の裏にはこんな面があったんだと、白石は思った。薄くて脆い虚勢を張っていただけだった。本当は純粋無垢な女の子なのだ。
そんな三浦が、白石はまるで自分を見ているみたいだと心の中でふっと笑った。
「俺たち、似たもの同士だな」
まだ鼻をスンスンと言わせる三浦の背中に片腕を伸ばし、もう片方は三浦の頭にぽんと置いた。
「あはは、そうかも」
2人は鼻もつきそうなくらいの距離で目を見合わせて笑った。
それから、三浦は陽斗のことを"大ヒーロー様"と呼び、訳が分からない陽斗はただただ困惑するだけだった。
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