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Gold Plum ー 西多摩地区鎖国国家地帯 ー  作者: 宿り木
第一章 はじまりの種 ~梅宮みのりの場合~(高木)
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お嬢さま、種を植える②

「これはまた……」


 箱の中身を一緒に見ていた碧の声音も、落胆しているように聞こえる。


(やっぱり偽物?)


 みのりは肩を落とした。しかし、紅だけは違った。うっとりとした表情で、クンクンと鼻を動かすように種へ近づいていく。


「どうしたの、紅?」

「お嬢さま、この種いい匂い」


 みのりはどこか夢心地でいる紅の顔と種を交互に見つめた。黄金梅の種に香りがあるなどということは聞いたことがない。だが、黄金梅の種を咲かせ、実を実らせた人間が梅の香りを纏うということは聞いたことがあった。もしかしたら、種から発している匂いが体を纏うようになったのかもしれない。嗅覚の優れている獣人の紅だからこそわかったのだろう。


「紅の鼻を信じるわ。この種を植えましょう」


 石碑と梅の木の間に小山のように盛り上がっている土を見つける。みのりは躊躇なく、そこを掘り返した。そしてできたばかりの穴に種を入れ、再び土をかける。


「お水ちょうだい」

「どうぞ、お嬢様」


 碧からペットボトルを渡された。その中身は自分たちが学校へ行っている間に、まいまいず井戸で汲んできたものだ。一見して普通の水と何ら変わらない水だが、みのりはゆっくりと土の上へかけた。水が地面に吸い込まれる同時に、突風がみのりたちを襲う。土を巻き込むような風に、目を開けていられなかった。


(これは成功なの? それとも失敗?)


 黄金梅を実らせる方法は伝聞として学んだことがある。それでも、その詳細について記されているものはない。だから今起きている現象の意味がみのりにはどちらなのか分かりかねていた。


 しばらくして風がやんだ。まぶたを開ける前に、碧たちの歓喜にも似た声が聞こえてきた。


「お嬢様!」

「お嬢さま!」


 その声に促されるようにみのりも目を開ける。種を植えた場所に小さな、それでいて立派な梅の木が生えていた。後ろに生えている梅の木を縮小したような木には、後ろの木とは違い実が1つも成っていなかった。


(失敗した……の?)


 体から全身の血の気がひいていくのがわかった。第1の種を植えると、鍵となる実が出現するはずなのだ。それが1つもないということは、失敗したということだろう。みのりはショックのあまり、崩れるようにその場でひざをついた。


(何が違ったの? 古文書に書かれている通りにしたはずなのに……)


 慌てるような碧と紅の声は、どこか遠くの方から言っているようで頭に響いてこない。そのときだ。小さな梅の木を睨みつけるように凝視していたみのりの目に、葉っぱとは違う黄緑色の何かが見えた。衝動的にその緑に手を伸ばす。パンパンに膨らんでいる蕾のようなものが1だけついていた。


(何かしら?)


 梅の実とは全く違う。どちらかと言えばほおずきに似ているそれに、みのりはそっと触れてみた。すると力を加えていないはずのそれが、転がるように手の中に落ちてきた。と同時に目映い光が辺りを包む。


 目を瞑っていたのは数分だったのか、あるいは数秒だったのか。まぶた越しに感じる光が弱くなり、目を開けた。


「え?」


 先ほどまで存在していた小さな梅の木が跡形もなく消え去っていた。白昼夢でも見ていたかのように何もなくなっている。みのりは愕然としながらさっきまで生えていた場所を触れようと手を伸ばした。すると手から、緑色のほおずきが転がり落ちた。


(もしかして、これが鍵?)


 鍵が出現したから、梅の木が消失したというのだろうか。そうとしか考えられないのだが、みのりは確証が持てないでいた。拾い上げ、舐めるように観察していると、手を叩く音が頭上から降ってくる。体をのけぞらせて後ろを向くと、満面の笑みを浮かべている碧と紅の姿があった。


「お嬢様、おめでとうございます」

「お嬢さまカッコイイ!」


 碧と紅がみのりを立たせてようとしている中、みのりは物思いに耽っていた。


(これが鍵かどうかはわからないけど、次のステップへ行くアイテムだってことは間違いないわ)


 そうでなければ梅の木と一緒に、この緑のほおずきも消えていただろう。そう結論づけ、ようやく体を喜びが駆け巡った。


「ほら見なさい。私に不可能はないわ」

「お嬢さま、ステキ」

「さっきまで、迷子の子供のような目をしてましたけどね」

「うるさいわよ!」


 みのりの怒鳴る声に、碧は悪びれもせず肩を竦めただけだった。そんな彼の態度を腹立たしく思ったが、それ以上に気分がいい。


「でもこれ何に使うのかしら?」


 みのりは右手でそれを転がしながら、首をかしげた。


「まぁ、いいわ。まずは第一段階終了ね。この調子でいくわよ!!」


 こんなところでくよくよ悩んでいる暇はない。みのりは緑のほおずきを失くさないように、種の入っていた箱へ入れた。ふいに若葉色の葉がざわめき出す。髪が乱れぬよう押さえると、先ほどは感じなかった梅の香りが微かに匂った。なんとなくそれが黄金梅に認められたようで。みのりは箱をゆっくりと閉めながら、この実を授けてくれた小さな梅の木に感謝の念を送った。

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