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Gold Plum ー 西多摩地区鎖国国家地帯 ー  作者: 宿り木
第一章 はじまりの種 ~梅宮みのりの場合~(高木)
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お嬢さま、種を植える①

 陽がかたむき始めた頃、みのりたち一行は墨良神社に到着した。平日の、しかも15時すぎとあってか、辺りは閑散としている。歩くたびに、砂利の擦れる音が響き渡った。黙々と歩くと、目の前に石の階段が現れる。1段目に差しかかったところで立ち止まり、みのりは境内のある上へ視線を向けた。


(ここの階段、こんなに長かったかしら?)


 今まで気にもしなかった冷たい石の塊が、今日はやけに多く重なっているように見える。先の見えない果てしなく続く石階段。それは、これからみのりが行おうとしていることを暗示しているようで、不安になってくる。


(このまま逃げてしまおうか……)


 内心で弱音を吐く。後方に控えていた碧の低く、それでいて心地好い声がみのりの耳をくすぐった。


「お嬢様」


 上げていた顔を後ろへそらすと、じっとこちらを見つめている4つの目があった。


「やめますか、お嬢様?」


 それは怖じ気づいた気持ちを見透かしているかのような言葉だった。碧は意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。それがみのりの不安を消し去り、やる気を鼓舞させた。


「何を言ってるの? やめるわけないじゃない! 私の未来がかかっているのよ」

「お嬢さま、カッコイイ」


 頬を染め、興奮した様子の紅の手が微かに変化し始める。5本あった指がなくなり、二股に分かれていった。手の大半が黒くて硬そうな爪に変わっていく。それは紛れも無い猪の足だった。


「べ、紅、落ち着きなさい。手が変化し始めてるわよ」


 いくら人目がないといってもここは獣人を嫌悪している人が多い地区だ。そんな場所で獣人がいると気づかれでもしたら厄介なことになる。みのりは慌てて紅の手を隠すように、両手で覆った。


「ごめんなさい」


 照れくさそうに紅が笑う。碧のわめき声が辺りを木霊した。


「お嬢様、ズルいです。紅の手を隠そうと見せかけて手を握るなんて―! 僕もしたいです」

「兄さん、うるさい」

「べ、紅ー」


 みのりは緊張感を感じさせない碧たちの会話に苦笑した。


「はいはい、そこでおしまい。そろそろ行くわよ」


 体を正面へと戻し、みのりはそびえ立つ石階段を1段ずつ上り始める。中ほどまでくると、境内から初老の男性が降りてきた。


(参拝者なんていないと思っていたのに……)


 みのりは男性に、微かな興味を持つ。気づかれないようにちらりと男性へ目線をやると、白髪混じり頭と黒一色の服が見えた。


(黒子みたい)


 目立たない服装とは違い、がに股で下りてくる歩き方はかなり人目をひく。今にも階段を踏み外しそうで、みのりはハラハラした。


(すれ違いざまにぶつかって、階段から落としちゃったら大変だわ)


 みのりは大袈裟なくらい端へ寄り、男性から距離を取った。


 老人が無事に階段を降り終えた頃には、見えなかった石段の終わりが見えてきた。みのりは安堵の溜息とともに、足を少しだけ早める。


 階段を上りきり鳥居の前で一礼すると、凛とした空気が全身を包み込む。みのりは肺がいっぱいになるくらい、その空気を吸い込んだ。境内の中に一歩足を踏み入れると、みのりを迎え入れるかのように木の葉が柔らかく揺れた。目の前に本殿が、向かって左側に手水舎、右側には摂社せっしゃが見える。その荘厳さに、唾をゴクリと飲み込んだ。


(気になる物があったら目につくはずよね)


 参拝を終え、辺りを見回しながらゆっくり歩く。後ろに控えていた紅が一歩前へ出た。突然の彼女の行動に驚きつつも、みのりは紅の後をついて行く。そうすべきだ、と直感のようなものを感じたからだ。


 着いた先は本殿の真後ろに当たる場所だった。若葉が生い茂る梅の木がひっそりと生えている。そばには、たわわに実った青い実を仰ぎ見るように石碑が建てられていた。その石碑には、実家でもある梅願神社から感謝の気持ちで送られた梅の木だと記されていた。


(この場所だわ)


 そう確信した。みのりはこげ茶色のスカートのポケットから箱を取り出す。碧が、左手にすっぽり収まっている箱を興味深げに覗き込んできた。


「この中に種が入っているんですか?」

「たぶん」

「え?」


 信じられないものでも見るかのような眼差しを碧に向けられる。みのりはそれに耐えきれなくなり、逃れるように明後日方向へ視線を向けた。


「もしかしてお嬢様、中身を確かめないで持ってきたんですか?」

「だって、そんな時間なかったし。鍵が掛かっている部屋にあったのよ。大事な物が入っているって相場は決まっているじゃない。私に間違いはないわ」


 口をあんぐり開けている碧を尻目にみのりは恐る恐る箱の蓋を開けた。大見得を切った手前、箱を開けないという選択肢はすでにない。だが勢いをつけて開けるほど、強気な気持ちにもなれなかった。


 まず最初に少し黄ばんでいる真綿が箱の中に敷き詰められているのが見えた。中央には萎んでシワシワになっている種が鎮座している。光の加減で茶色にも赤紫にも見える種を見て、みのりは胸の内でがっかりした。


(え、これ? こんな皺くちゃな種で大丈夫なのかしら?)


 もしかしたら自分は偽物を宝物庫から持ってきてしまったのかもしれない。不安が脳裏をよぎった。

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