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Gold Plum ー 西多摩地区鎖国国家地帯 ー  作者: 宿り木
第一章 はじまりの種 ~梅宮みのりの場合~(高木)
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お嬢さま、遭遇する

 駐車場へ到着するなり、碧に後部座席へ押し込められる。座り位置を安定させる前に車は静かに発進した。慌ててシートベルトを締めようとするみのりの耳に、腹立たしい名前が聞こえてきた。


「おや、あれは梅畑家の三男坊、梅畑涼介君じゃないですか? 昔、彼と川で遊んだことがありましたよね。覚えていますか?」


 碧の言葉にみのりは身を乗り出して前方を見た。西門の入り口付近にモスグリーンの服を着た青年が気だるげな感じで立っている。5歳の頃に出会ってから、二度とあんな屈辱を味わうのは嫌で避けていた。その彼が、今視界の中にいる。あの頃より随分と成長しているが、幼い頃の面影がちゃんと残っていた。何を考えているかわからない軽薄そうな顔つきは変わっていないみたいだ。


(あの男のせいで、私はっ!!)

「碧、あの男を轢きなさい」


 固く握り締めていた拳から、涼介のいる方向へ人差し指を突き出した。


「はいはい、お嬢様。寝言は寝てから言ってくださいね」


 半分以上本気で言った言葉を、碧は簡単に聞き流す。本当に実行されたらそれはそれで止めに入ったかもしれない。だが、相手にすらしない碧の態度に、みのりは顔をしかめた。


「ちっ、使えない男ね。なら、見つからないようにスピードを出しなさい」


 どうせ自分の願いは聞き入れられないのだ。それならば涼介の顔を見なくて済むよう、さっさとこの場から立ち去りたい。それだというのに、碧は校舎内の10km/h制限を守ったまま車を走らせていた。


「そんなに毛嫌いしなくても、中々骨のある子だと思いますがねー」

「碧、うるさいわよ。私の命令が聞けないとでも言うの?」


 涼介の何を見てそう思うのかわからないが、この男はなぜかあの頃から涼介を買っている。これほど主人である自分が嫌悪しているというのにだ。みのりは一向にスピードを出そうとしない碧に対し、癇癪を起こし運転席の背凭れを殴った。


「はいはい。仕方ありませんね。しっかりつかまっていてくださいよ」


 その言葉と同時に、背中が後ろに引っ張られる。フロントガラスの端から涼介の姿が、先ほどと比べものにならない速さで大きくなっていった。外から後部座席など見えないとわかっていたが、みのりは顔を失せて涼介から遠ざかるのを待った。


 車の速度が遅くなったのを感じ、伏せていた顔を上げ窓の外を見る。学園はとうに過ぎ、どこかの住宅街を走っていた。


「紅、あの男ちゃんと生きてた?」

「目、真ん丸」

「ふん、図太い男ね。まぁいいわ、それよりも大丈夫なの?」


 腹の虫はおさまりそうになかったが、みのりはそのことを一時忘れることにした。そんなことよりも、今は無事に種を植えることができるのかが気にかかる。さっき本家に家出がバレた聞かされたことを思い出し、碧に尋ねた。


「ええ、大丈夫ですよ。対策はバッチリですから」


 前方を見たまま碧が、得意げに応える。みのりは首をかたむけた。追っ手が来た場合の話し合いをした記憶がなかったからだ。


「対策?」


 みのりの問いに碧はえぇ、と頷くと、本家の警護室と警護車を傍受している無線機の音量を上げた。


『…・・・お嬢様を乗せた車は現在、井米いまい地区方面へと向かっている。近衛隊1班は学園側より井米地区方面へ移動。2班は藤端ふじはし地区より回り込め。繰り返す、近衛隊……』


 もう用は済んだといわんばかりに音量を下げる。だが、みのりの脳内には無線機から聞こえてきた言葉が繰り返されていた。


「どういうこと?」


 今現在、自分たちが向かっている先は墨良神社のある中央区なはずだ。それなのに無線機からは違う地区の名が言われていた。


「囮です。まず、この車には電波妨害が施されているため携帯の電源が入っていたとしてもGPS機能がまったく使えません。ですが学園内や大きな道には防犯カメラやオービスが設置されているため、車種とナンバーさえわかれば追跡可能となります」

「えっ? ってことは、追跡されてるってこと? どうするのよ!」


 黙って碧の説明聞いていたみのりだったが、驚きのあまり問い詰めるような口調になる。それに対し碧は、ケロッとした顔で応えた。


「この車は追跡されていません。今、追跡されているのは僕が友人に頼んで囮になってもらっている車です。この車と同じ車種とナンバープレートをあらかじめ用意しておきました。その車でわざと防犯カメラやオービスがある道路を走ってもらっているんです」

「大丈夫なの?」

「はい。大丈夫ですよ。まぁ、どれくらいかく乱してもらえるかは微妙ですが、危なくなったらナンバープレートを外してしまえば良いだけですし、裏道も知っていますからね」

「そう。でも意外ね、碧に友達がいるだなんて」


 物心つく頃には側にいた碧に友達がいたという事実を知り、みのりは驚きよりもショックを覚えた。


(こんな男に友達ができて、どうして私にはできないのかしら?)

「最初は渋るんですけどね、魔法の言葉を言うと快く引き受けてくれるんですよー。いやー、人徳ってやつですかね」

「兄さん、それ脅し?」


 ボソッと呟くように発せられた紅の突っ込みに、碧は心外だといわんばかり眉を下げる。


「紅、僕はそんなあくどいことはしないよ。拒否権だって向こうにあるんだからね。僕はただお願いしてるだけさ」


 爽やかな笑みを浮かべている碧に胡散臭さを感じながらも、みのりは疑問を口にした。


「ちなみに、その魔法の言葉って何?」

「人によって違うんですけど……そうですね、例えばお嬢様の場合でしたら……。そうそう梅畑涼介君に初めて会った日、彼に言われた言葉が夢に出てきたのかうなされて1週間くらいおね……」

「わー、わかったわ。わかったから、それ以上は言わなくていいわ」


 人の恥ずかしいネタを暴露しようとするなんて、紅の言う通り脅しだ。きっと、囮で走ってくれている人にも似たような手を使って脅したに違いない。みのりは善人ぶった笑みを浮かべている碧を睨みつけた。


「そうですか? まぁ、小さいときは誰でもしてしまいますからね」

「だから、それ以上は言わなくていいって言っているでしょう」

「わかりましたよ。そう怒鳴らなくても」


 仕方がないなというように溜息をつく碧に、みのりはさらに大声をあげた。


「怒鳴らせているのは誰よ!」


 碧のせいで荒くなった息を整えながら、窓の外を見ると見覚えのある景色が見えてきた。


「はいはい。っと、お嬢様。そろそろ墨良神社につきますよ」


 真剣な面持ちに変わった碧の表情が、もう遊びは終わりだと言っているようで、みのりはゴクリと唾を飲み込んだ。そしてスカート越しに触れる箱を握り締めた。

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