頑固おやじ、ネバネバを見せる(朝川)
≪ 山波善郎視点 ≫
善郎は家の中から妻が出てくるのを待ちながら、みのりを屋内へと促した。
「狭いところですが、どうぞ」
手で奥を示すと、みのりが神妙な面持ちで頷く。よほど緊張しているのだろう。
(和子の奴、何をやっているんだ)
善郎はなかなか顔を出さない妻に苛立ち、今一度奥へ呼びかけた。
「おい!」
「はいはい」
ぱたぱたと音がして、茶色の長袖シャツにカーキ色のパンツを履いた妻が奥から駆け寄ってくる。隣にいるみのりへ目をとめると、丸顔を少女に寄せて小さくまばたきをした。
「……あら?」
小さく首をかしげ、しげしげとみのりを眺める。だが、何度考えても見知った人物ではないと思い至ったらしい。
「ずいぶんとかわいらしいお客様だこと」
当たり障りのない感想を述べつつ小首をかしげるその仕草は一見すると穏やかだが、明らかに何か言いたげである。
「初めまして、お邪魔します」
みのりが澱みのないお辞儀をすると、和子が面食らったような顔をして口に手をあてた。
「まあまあ、ご丁寧に。初めまして」
居住まいを正しお辞儀をし返した妻が、得心顏でこちらを見やり頷いてきた。
「今お茶を入れますから」
「おう。早いとこ頼む」
事情ありと察してくれたなら話は早い。善郎はややこしい事態を回避できたことに感謝して、みのりを廊下へと誘った。
「さ、みのり様。どうぞこちらへ」
台所へ入っていった和子に向かい、お構いなく、と声をかけるみのりに気遣いながら居間まで案内した。背後のみのりは、何が珍しいのかきょろきょろとあたりを忙しなく見回している。
(まあ、なんせお嬢様だからなあ)
一般家庭には馴染みがないのだろう。そう一人内心で結論づけて座卓を見ると、今朝置いてあったはずの植物がなくなっていた。
「どこ行ったんだ!」
血の気が引いた。
(まさか捨てたんじゃあるまいな!)
怖い考えが頭をよぎる。
「おい! おい!」
軽くパニックを起こしながら大声をあげると、ピンクのエプロンで濡れた手を拭きながら妻が顏を出した。
「はい。なんですか?」
少し呆れぎみな様子でやってきた和子に、善郎は尋ねる。
「あの鉢植えどこやった?」
「それなら庭の盆栽のところに戻しましたよ。持ってきましょうか?」
問いながら庭へ出ようとする和子を止め、首を振る。
「いや、いい。俺が持ってくる」
善郎は、そうですか、と頷き再び台所へ戻る和子を尻目に庭へ出た。 鉢植は盆栽棚の端にちょこんと置かれていた。
(何度見ても気持ち悪いなあ)
胸の内でぼやきながら室内へ入り、立ったまま待っていたみのりの前に持っていく。
「これなんですが……」
鉢植を座卓に据え、座布団に座ってくれるよう手で促すと、みのりは座りながら鉢植に顔を寄せた。目を丸くしてつぶらな瞳を何度もしばたたく。
「なんですか、このネバネバ」
「いや、それは俺にもぜんぜん。娘が植えたらこんなことになりまして……」
もっと気の利いたことが言えればいいのだが、他に言いようもなく。頭をかきつつなんとも決まりの悪い気分で答えると、みのりが畳みかけるように尋ねてきた。
「これの他には、これだけが生えてきたのですか?」
ええ、と善郎は素直に頷き、それから首をかしげる。
「植えたのは梅の種のはずなんですがねえ」
もしかしたら、梅の種ではなかったのかもしれない。何しろずいぶん昔から保管されていた品物だ。何かの要因で中身をすり替えられていたとしても、少しも不思議ではないだろう。腕を組んで考え込んでいると、みのりが難しい顔で顎に手をあてた。
「そうですか……ですが、きっとこれにもちゃんと意味があるはずなんです」
「意味……ですか? このネバネバにですか?」
どう見てもそんな大層な物には見えないが。眉根を寄せて否定の意を表すが、みのりが真剣な眼差しを向けてくる。
「そうです。これを見てください」
みのりがポケットからビロードの小箱を出してきた。押しつけられるように差し出された小箱を開くと、中には大事そうに綿でくるまれた、 まるでほおずきのような物体が入っていた。
(なんだ? これは?)
目をまたたいていると、台所から和子がお盆を持ってやってきた。
「おまたせしました。粗茶ですが」
のんびりとした動作で座り、お茶と羊羹を置いていく。
「ありがとうございます。いただきます」
「いえいえ、どうぞ。ごゆっくり」
丁寧に礼を述べてくるみのりに対し小さく手を左右に振った和子が、ちらりと視線を寄こし居間を出ていった。
(こりゃ、後で質問責めだな)
善郎は近々身に降りかかるだろう面倒事に溜め息を落としながら、目の前にある奇怪な植物たちを検分した。




