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Gold Plum ー 西多摩地区鎖国国家地帯 ー  作者: 宿り木
第一章 はじまりの種 ~梅宮みのりの場合~(高木)
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お嬢さま、謎を解く②

「えっ? 墨良神社ではないの?」


 驚いているこちらを気にするふうでもなく、碧は当然とでも言うようにそうですよ、と返してきた。そのいつも通りの態度に、みのりは苛立ちを覚える。


「なぜ? そんな悠長なことをしている暇はないのよ。早くこの種を植えなけ……」

「今のところ、お嬢様が家出なさったと気づいた者はおりません」


 みのりの声を遮る形で碧が少し大きめに声を発した。その声にみのりは言葉を飲み込んだ。


「それに今日はご当主様がその墨良へいらっしゃっています。すでにご帰宅されたとの報告がありますが、念には念を入れておいたほうが」


 赤信号だったのか車が停車すると、碧はおもむろに左耳につけていたイヤホンのプラグを中央にある機械から取り外した。それと同時に、車内に聴きなれた声が流れる。


『B班、後2時間後に再びお出かけになられるからその場で待機。A班は明朝4時までにご自宅前に待機。C,D班は申し送り後帰宅して良し。以上だ』


 それは警護室室長であり、碧と紅の(義)父でもある梅田保憲うめだやすのりの声だった。どうやら、本家の警護室と警護車を繋ぐ無線を傍受していたらしい。


「…わかったわ。なら決行は明日ね」


 確かに碧の言う通りだ。この家出はなんとしてでも成功させなければ。焦りは禁物だ。みのりはスカート越しに触れる種をぎゅっと握り締め、視線だけこちらに向けている碧に向かって小さく頷いた。



※ ※ ※ ※ ※



 あれからすぐみのりたちは、碧が予約をしたという果杷駅近辺のホテルに到着した。普段なら決して選ぶような場所ではないが、突発的なものだったのだから仕方ないだろう。


 その夜、みのりは碧たちに古文書について読めない箇所を素直に話した。本来なら見せてはいけない門外不出の古文書だが、どうでもいいことだ。そんなことよりも、古文書を読み解くことの方が重要だろう。古文書をじっと見ていたが一向に何も思い浮かんでこない。静まり返っていたところに、紅が急に口を開いた。


「お嬢さま、水」

「え、水が欲しいの? それならあそこにあるわよ」


 みのりは机の上に置かれているミネラルウォーターへ視線を向ける。しかし紅は、違うと言って首を横に振った。すると、何か分かったのか碧が少し興奮した様子で声を出す。


「そうか! お嬢様、違いますよ。紅の言っている水とは古文書の文字のことです」

「どういうこと?」


 意味がわからず首をかしげるみのりに、碧は得意げな顔を見せた。


「花を育てるとき、土の中に種を入れたら次は何をしますか?」


 碧の質問でみのりはやっと理解する。


(そうか、水よ、水。何で気づかなかったのかしら。そういえば、水って文字は……)


 紅と碧のヒントに刺激を受けてか、古文書の文字を少しだけ思い出した。


「ナ…ガ、ルル、…フ…カ…キ、ミズ」


 みのりは古文書の文字を指で一文字ずつさすりながら、読み解いていく。


「わかったわ! この『古』は『流るる深き水』に掛かっているのよ」


 パズルのピースがはまったような気分だった。みのりは満面の笑みを浮かべ、碧と紅の顔を見る。たった1語、2語だとしても、自分にとっては大きな前進だった。


「ありがとう紅! あなたは天才よ」


 みのりは、隣に座っている紅へ身体ごと向ける。紅が嬉しそうに笑っていた。みのりは感謝の意を伝えるため、彼女に抱きついた。


「ちょ、ちょっとお嬢様! 僕だってまだ抱きしめてないのにずるいですよ」


 みのりの行動に碧が慌てた様子で、割って入ってこようとする。だがその前に、紅の一喝が碧の動きを止めた。


「兄さん、うるさい」


「べ、紅ー」


 大の男が今にも泣き出してしまいそうな情けない顔をしたまま少女にすがりついている。そんな碧の態度に、みのりは見るに見かねて仲裁に入った。


「はい、はい、そんなことより、続きよ、続き」


 みのりの声に申し訳なさそうに眉を下げる紅に対し、碧はしぶしぶといったように彼女から離れる。


(これで紅が碧の気持ちを受け入れたどうなるのかしら?)


 漠然とした疑問がみのりの脳を過ぎった。


「お嬢さま?」


 黙ったまま二人を見ていたみのりを不思議に思ったのだろう。紅の窺うような眼差しと声で、みのりは我に返った。


「えっと、そうそう水のことだったわね。でも深くて流れる水ってなんのことかしら?」

「そうですよね、地下水なんてことはないですよね。うーん」


 腕を組んで考えるが、中々思いつかない。再び静まり返った部屋に音を鳴らしたのは、またもや紅の小さな声だった。


「元気の水」

「元気の水? もしかして、まいまいず井戸のこと?」


 みのりの言葉に紅は頷くだけだった。確かに、あの水を飲むと身体が軽くなるという噂がある。今でも枯れることのない水は無料で取ることもできるとあってか、飲料用として持ち帰る人も多いと聞く。しかしそれだけで、その水が古文書の差しているそれだと決めつけてよいものだろうか。みのりが黙ったまま考え込んでいると、碧が紅の意見につけ足した。


「まいまいず井戸は梅願神社ができる前からあの場所に存在するそうですし、何より深い水ですよ。ですから、古文書に書かれている『古』、『深き水』に当て嵌まりますね。さすが、僕の紅」

「あの井戸って、そんなに古いの?」

「ええ、そう言われているそうですよ」

「そう。……それなら決まりね」


 みのりは頭の整理をするため少し目を閉じた後、碧へと視線を向けた。普段より少し低めの声を発する。


「碧、明日私たちが学校へ行っている間にその水を取ってきなさい」


 碧は居住まいを正し、いつもの落ち着いた声ではい、とだけ返事をした。

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