ドジっ娘、お嬢さまとすれ違う
「まずい、まずいわ……」
結局一度も確認できないまま、放課後になってしまった。小さく頭を抱えていると、ふいに横合いから声がかかる。
「何がまずいの?」
声に反応して視線をやった瞳に、相田の不思議そうな顔が映った。
「あ、いえ、なんでも……」
慌てて誤魔化すと、ホームルームから帰ってきた数学の松波隼人が、唸りながら職員室へ入ってきた。
「あー頭重い」
眉間を軽く叩きながら、松波が自席へと向かう。
「松波先生、風邪ですか?」
「んーどうかなあ?」
声をかける相田に答えながら、よっこらせ、と席へ座る。
「昨日なんだかんだで寝るの遅かったしなあ」
ぼやく松波を見ながら、麻里は彼が3年1組の担任であることを思い出した。
「松波先生、梅宮みのりさんって今日見かけました?」
「ん? 見たよ。ついさっき2組の教室前で」
「ありがとうございます!」
話の途中で勢いよく席を立ち、驚いて目を瞠る二人を尻目に急いで扉へ向かう。
「小越さん! 今日夜七時からの飲み会、忘れないでね!」
相田の声を後ろ手に、麻里は教室へと急いだ。
廊下を小走りに歩いていると、前方から見知った顔が歩いてきた。梅宮みのりのクラスメイトで、彼女の前に座っている子だ。
「山野辺さん!」
山野辺に駆け寄ると、少女が目をまたたいて見つめてきた。
「小越先生? どうかしたんですか?」
「梅宮みのりさんを捜しているんだけど、どこにいるか知らない?」
必死の思いで尋ねるが、山野辺は首を横に振ってきた。
「すみません。私、彼女とはあまり親しくないから」
気まずそうに視線を逸らす山野辺に、麻里は頷く。
「そう……」
「彼女、梅田さんと以外あまりお話もしてくださらないし。やっぱり私たちとは違うっていうか……」
ためらいがちに告げてくる言葉からは、山野辺の本音が滲み出ていた。
(つまりは、本当は仲良くなりたいのに、ってことか……)
麻里は自分の学生時代を思い出し、内心で苦笑しつつ山野辺を見る。
「そう。ありがとう。ごめんなさいね。引き止めてしまって」
礼を言って微笑みかけると、山野辺は、いいえ、と再度かぶりを振ってきた。
「ごきげんよう」
「さようなら。気をつけて帰ってね」
一礼して歩き出す山野辺へ頷き後ろ姿に声をかける。誰もいなくなった廊下を見つめ、麻里は小さく息を吐いた。
「もういない……わよねえ……」
とは思うものの、素直に戻る気にはなれない。
「やっぱり教室の様子を見ておくべき、よね?」
とりあえず、報告だけ先にしておけばいいか。麻里は携帯を取り出し、連絡先を検索する。上司の名前を見つけ、リダイヤルを押した。耳にあてながら窓の外へ視線を送りつつ廊下を曲がる。と、ふいに前方から人影が走った。
「麻里先生、ごきげんよう」
突然のことに目を瞠るも、挨拶をされたので慌てて笑顔を向ける。
「ごきげんよう」
口の端を思いきり上げながら返答したところで、携帯から見知った声が聞こえてきた。
『どうした? 進展はあったのかい?』
「いえ、それが……」
麻里は気まずい気分で視線を移す。 目の端に見慣れた桜色のブレザーと、陽の光にふわりとなびく黒髪が映った。流れるように揺れる髪の先へ、知らず視線が止まった。息を詰めていると、携帯越しに上司の怒号が飛んでくる。
『おい! 小越君! 聞いてるのか!』
「あ、はい! すみません!」
謝りながら先刻の女生徒たちへ視線を送ると、2人が手を繋ぎ足早に去っていくのが見える。高校になっても手を繋いでるなんて。共学なのに珍しいことだ。
「よっぽど仲がいいのね」
ぽそりと呟くと、上司の怪訝そうな声が聞こえてきた。
『どうしたんだい?』
我に返り慌てて返答する。
「いいえ、なんでもありません」
すると上司がそうか、とあっさり受け流し話を転じてきた。
『それで、どうなんだい?』
「は?」
『梅宮みのりとは接触できたのか、と訊いてるんだよ』
若干苛立ったような上司の声に、麻里は視線を泳がせる。
「ええっと。それが、ですね……」
どうやって説明しよう。麻里は急ぎ言い訳を考えながら、廊下を行く女生徒たちへ再度目をやった。長い黒髪を持つ少女と、茶色のグラデーションに染めているらしい少女。2人が階段を降りるその瞬間、黒髪の少女の筋の通った横顔が目の中に飛び込んできた。
「あ……」
麻里は口をぽっかりと開け、間の抜けた声を上げる。歳に似合わぬ憂いを帯びたあの横顔。間違いない。
『え? なんだい?』
麻里は上司の問いかけにも答えず、声を震わせる。
「……り」
『は?』
「梅宮みのりぃぃぃぃぃ!」
麻里は絶叫すると、携帯を切るのも忘れ全速力で少女たちの後を追った。




