一緒に帰ろう
いつの間にかにハーフタイムに入ったようで、水道に向かって歩いてくる足音。
慌ててポケットからハンカチを取り出し顔を拭った。
泣いている顔を見られたわけではないのに、恥ずかしくなってハンカチで顔を覆ったまま2歩下がった。
ちょっとした段差に気がつかずバランスを崩してしまった。
「「あっ」」
その場に転んでしまうかと思ったのに、私は後ろから誰かに支えられていて。
「ありがとうございます」
そう言ってハンカチを下げるとそこには先ほどまでピッチに立っていた神田先輩だった。
「大丈夫?ってそれより顔を隠したまま後ろに下がるなんてー」
と笑いだす先輩。
初めて話しかけられたのはこんな恥ずかしい姿で。
違った意味で涙がでそうだった。
すると
「なにしてるのかな?」
と後ろから声がした。
私は先輩に支えられたままで、慌てて離れて振り向くとそこにはにっこり微笑むあの彼女がいた。
「あっ、違うんです。」
何が違うのかも良く解らなかったけど一応そんな声を出してみたりして。
彼女は意味深な笑みを浮かべ私の顔をみると、神田先輩に向かって
「いいのかな?言っちゃおうかなぁ」
なんていい始めた。
「樹里、ちょっとまった。俺は転びそうになった彼女を助けただけで……」
と言い目を見開いた先輩。
私は周りも見ずに
「すみませんでしたー」
と元いた場所へと駆けてきてしまった。
何だったんだ、一体。
ちょっと前だったら興奮してきっと1週間は寝付けなかっただろう出来事。
先輩と話したうえに、転びそうになった私を助けてもらえるなんて。
それにあの人、先輩の知り合いだったんだ。
そりゃそうだよね、同じ学校だったら知り合いの可能性の方が高いよね。
そしてまた、今野と彼女が並んで歩くあの姿を思い出してしまった。
うちの制服を着ながら堂々と他校の生徒を応援する彼女。
樹里先輩かぁ。
辞書を思い出して、申し訳ない気持ちになった。
樹里先輩が私がおまじないしていたことを知るわけないけど、もう一度後ろを振り返って、ペコリとお辞儀をしてみた。
顔を上げるとそこにはもう一人増えていた。
一人というのは、そう今野。
後ろ姿だけでも直ぐに解っちゃうなんて重症だよ。
心の中で呟いた。
皆のところへ戻るとすかさず麻耶が
「まだ少し目赤いよ。」
と心配そうな顔をしてくれた。
歩美は
「大丈夫、先輩の姿みたらそんなの吹っ飛んじゃうから。」
って言われてしまった。
さっきその先輩と話してきたよ、なんて言ったら質問攻めに合いそうだ。
本当は違う人をみているのにね。
そうこうしているうちに後半が始まった。
先にボールを操ったのはうちの高校だった。
1人かわし2人かわし、後半が始まって間もないのにどんどんゴールへと近づいていく。
そして、ゴール間近のサイドで、神田先輩にボールが渡った。
こちら側からの応援の声がより一層高まって、凄い声になった。
あちらこちらから
「神田ー」「神田先輩ー」
などの声が飛んでいる。
私の隣の麻耶たちも例外ではない。
「あんた何ボヤっとしてるの、早く応援しなさい!」
って突っ込まれた。
でも出来ないよ。
だって、今目の前では必死にボールを奪い返そうと、神田先輩に今野がついてる所だったから。
心の中では誰にも負けない声で今野に声援を送っていたのだから。
息を呑む展開というのはこういうことをいうのだろう。
先輩も今野も一歩も譲らず、ボールに食らいついている。
そして、一瞬の隙をついて、神田先輩が前へ出た。
あっという間の出来事だった。
そして、そのままシュートを決めた。
ワアーっと歓声が湧き上がり、手を叩く周りのみんな。
でも私は、手を叩くこともせずに今野を追っていた。
今野は一瞬膝をついて、項垂れたが直ぐに立ち上がり、自分の定位置へと戻っていった。
こんなに真剣な顔をしている今野は初めてみた。
格好よかった。
一秒一秒、時間が経つ程に今野の事が好きになってしまう私がいた。
もうどうしようもない位に。
結局試合は1−0のままうちの高校が勝った。
試合が終わってもみんなの興奮は冷め遣らず
「やっぱり、神田先輩はかっこいいね。」
なんて、先輩の話でもちきりだった。
そんな中、歩美が
「でもさぁ、あの神田先輩に引っ付いてた15番もかっこよくなかった?」
といい始めた。
麻耶も
「やっぱり、私もちょっと思った。今度チェックいれちゃおうかなー」
って。
15番、今野のことだ。
愛だけは解っているから、困ったような顔をして私を見ている。
麻耶は
「でも香梨菜は先輩だけを見てればいいんだからね」
私はまた言うタイミングを逃してしまったみたいだった。
そして、みんなで校門の前までくると突然麻耶が声をあげた。
「ねえ、ねえ、あれ15番じゃない?誰か待ってるのかな?」
相手チームはとっくに解散していた。
きっと樹里先輩を待っているんだろう。
私はそんな場面を見たくないので足早に通りすぎようとしたその時。
「よう」
と今野が口を開いた。
「お疲れ、残念だったね」
と返した。
話掛けないで、樹里先輩が来るまでのつなぎなんて耐えられないから。
そう思っていたのに、今野はまた話掛けてくる。
「お前、もう帰るの?」
と。
隣で麻耶たちが知り合いなの?と興味深深の顔でこちらをみている。
もう限界。
「じゃあ、またね」
と行こうとしたら、
「一緒に帰ろうぜ。」
と言われた。
一緒に帰ろうぜ?まさか樹里先輩と3人で?
冗談じゃない。
これ以上私、落ちたくないから。
そう思ったのに
「じゃあ、また宜しくねー」
と愛が麻耶たちを引っ張って行ってしまった。
愛ーっ、なんて事を。
しぶしぶ、今野の顔を見ると、ポリポリと頭を掻きながら
「行こうぜ。」
と私の前を歩き始めた。
2人で?樹里先輩は?
そうは思ったものの、周りには私しかいなくて。
急に鼓動がせわしくなる中、私は今野の背中を追いかけた。