4.先生、愛を書きたいです(愛の反対は無関心)
安藤は、新しく配属された編集長と仕事の打ち合わせをしていた。
次に出すための小説の内容について、だ。
安藤が小説案と簡単なプロットを提示、それについて編集長が意見する。
もしプロットの段階で売れ無さそうであれば、容赦なくボツにされるのだ。
今回もまたボツにされた。ニーズに合っていない、という理由で。
安藤自身は、ニーズとは合わせるものでなく、作り上げるものだという信念を持っている。
編集長からすれば、空気が読めないただのワガママ頑固オヤジである。
打ち合わせが終わり、家に帰った安藤は、ボツにされたプロットで短編小説を書きあげてしまった。
この男、1日20kbくらいのスピードで小説を書くことが出来る。
分かりやすく言えば、全角10240文字/日、原稿用紙25.6枚分だ。
ちなみに本1ページは約700文字だ。
数ページ程度の短編小説なら、数時間で十分書きあげてしまう。
自分のHPにボツにした小説を載せて満足し、新着メールをチェックする。
すると、悩める若者からメールが送られていた。
『拝啓。安藤先生こんばんは。
ハンドルネーム、なんか妖怪がしゃどくろう、を名乗っている者です。
先生が『小説家にニャろう』作家にアドバイスをしていらっしゃるのを知り、私も相談に乗っていただきたくメールしました。
相談に乗っていただきたい内容、それは『愛の書き方』についてです。
抽象的すぎてすみません。ですが、具体的に何を聞けば良いのかよく分からなかったのです。
あいまいな質問ですみませんが、何かご教授お願い申し上げます。』
安藤はメールを見て、にっこりした。
若者がこうして貪欲に何かを学ぼうとするというのは、ついつい応援したくなるものだ。
安藤は、なんか妖怪がしゃどくろうの投稿した小説を検索し、読む。
ジャンルは和風ファンタジー、主人公が妖怪と戦い、笑い合い、心通わせてゆく。
文章は改善の余地があるが、純粋に面白い。安藤はそう思った。
ついつい読みふけってしまった。
面白い小説を読んでいると、時間を忘れてしまう。
ああ楽しかった。読んで良かった。
ところで自分はどうしてこの小説を読んでいたのか……。
安藤は自分が相談を受けていたのを思い出し、自分のアイデアノートを引き出しから何冊も取り出した。
それらを読みつつ、あーでもない、こーでもない、と頭をかきむしり、メモ帳にアドバイス内容をまとめる。
よし、と掛け声とともに文章作成ソフトを立ち上げ、カタカタと文章を打つ。
『なんか妖怪がしゃどくろうさんへ。メールありがとう。
愛が書けないと悩んでいる君の小説、読ませてもらった。
とても面白かった。文章表現をあと少し磨くだけで、本に出せるレベルだ。
そして思った。
これほどの物が書ける君だからこそ、中途半端な知識で書きたくないのだろう。
つまり、なんとなく適当にそれっぽく書く行為を、君自身が許さない。
故に、あいまいな愛という物が書けなくて困っている、そういうことだろう?
昔からずっと、小説、劇、あるいは神話にも愛という物が出てくる。
賢明な君はもちろん昔の名著も参考にしようとしたのだろう。
そして失敗した。
何故か。
簡単な話だ、理解出来なかったからだ。
昔の人と今の人の感性は違う。
偉そうに「時代が変わっても、変わらない人間のドラマがある」などと言う古狸どもの言うことは無視するんだ。
時代が変われば感じ方は変わる。
「吾輩は猫である」と言われて、君は、ああ、あの名著か、と思っただろう?
昔の人の感性ではこうだ。
吾輩とか言うからどこの偉い人かと思ったら、ただの猫かよ、プークスクス。
このタイトル自体が一種のギャグだったのだ。
現代で、このタイトルを見て笑う者は居ないだろうね、悲しいがそれが時代の流れというものだ。
話が脱線したが、つまり愛というのは時代によって変わる。
よって、これこれこういう書き方がグッド、というアドバイスは出来ないのだ。
とまあ、突き離すようなことを言ったが、それだけだと君が困るね。
なので私が足りない頭を使ってアドバイスを与えるよ。
愛とは関心があること。
愛の反対は無関心である。
つまり、愛というのは強く強く興味を持っている状態と言い変えることが出来る。
君は妖怪についてかなりの造詣が深いことが小説に現れている。
それは君が妖怪にとても興味がある、愛しているからなんだ。
登場人物に誰かを愛させたいと思うなら、その誰かに対して興味を強く持つように仕向ける。
そうすれば愛が書けるのではないだろうか?
偉そうに言ったが、私だって愛なんてもの、よく分かっていない。
分からない物を書く時は、自分流で何かに例えたり置き変えたりしている。
知らないことは書けないから、知っている何かと関連づけて考えるわけだ。
今回は愛を関心と関連づけして考えた。
君がそれで納得してくれるかどうかは分からない。
でも考え方のヒントになったなら幸いだ。
君が自信を持って愛を書くことが出来るようになることを祈って。安藤将正』
この男、上から目線で独善的である。
安藤はメールを返信して満足し、なんか妖怪がしゃどくろうの小説の続きを読むことにした。
この小説は安藤を虜にしてしまった。
だが仕事をサボってまで読んだのは良くなかった。
後日、安藤は編集長に怒られることになった。
その年にまでなって、自分のスケジュール管理も出来ないのか、と。
そして、なんか妖怪がしゃどくろうから返信が来た。
やはり自分はまだまだ未熟なので、もう少し勉強してから愛を書きたい、と。
安藤は、未来ある若者の成長が楽しみになり、思わずにやりとしてしまうのだった。




