1.先生、ブックマークが欲しいです(読者層の意識)
この小説はフィクションです。
『初めまして安藤先生。僕は『小説家にニャろう』で小説を書いている者です。
毎日1話、一所懸命書いているのですが、ブックマークが一向に伸びません。
どうかアドバイスをください。ハンドルネーム ぴぴぴ電波少女より』
安藤はメールを見て、苦笑した。
物を教えて欲しいなら、まず手紙の書き方と敬語の勉強から始めろ、と言いたいほどなっていない文章である。
だが、自分を頼ってきたというのは悪い気はしない、そう安藤は思った。
『小説家にニャろう』というのは、最近若い書き手で流行っている小説投稿サイトだ。
昔は自分で小説原稿を出版社に持ち込んでいたというのに、最近は小説家の敷居がずいぶん下がったものだ。
安藤はぴぴぴ電波少女の投稿した小説を読む。
そして自分なりの解析を手持ちのメモ帳にメモし、アドバイスを考える。
よし、と掛け声とともに文章作成ソフトを立ち上げ、カタカタと文章を打つ。
『ぴぴぴ電波少女さんへ。メールありがとう。君の必死な気持ちが伝わったよ。
君の小説、少々読ませてもらった。
その上で疑問を1つ、書かせてもらうよ。
あの小説、いったい誰に対して書いている?
読者に対して、に決まっている、と君は言うだろう。
だが、君がどんな読者を想定しているのか、君の小説からは全く分からない。
女性を想定して書いているのだろうな、というのは何となく分かる。
しかし、対象の年齢層は? 中学? 高校生? 大学生? 社会人?
職業は? 学生? OL? 専業主婦?
それぞれの年齢層で、夢や悩みや考え方が違うってのは分かるね?
中学生と社会人の悩みは全然違うだろう?
小説に反映する夢や悩みは、当然、読者対象の年齢層に重ねるようにするものだね?
ところが君の小説は、それがボヤけている。一体あの小説、誰に共感してほしいんだい?
例えば君の小説には、侯爵令嬢宅で働くメイドの愚痴が延々と続く話があったね。
中学生は、働く苦労に伴う愚痴なんて共感できない。
つまり、彼女達にとってつまらない話になったわけだ。
じゃあ君の小説は大人向けかというと、そうでもない。
主人公は男に囲まれるのを夢見てる少女だ。う~ん……。
要するにだね、どっちつかずなんだ、君の小説は。
主人公に合わせて少女向けにするのなら、メイドの愚痴の話なんて書くべきじゃない。
そんなものは丸々全部カットだ。
そういう無駄な場面が、何度も続いている。
君の想定してる読者像がボヤけているせいだ。
まずは、どんな人に読んで欲しいか考えてごらん。
そうすれば、必要な物、余計な箇所が見えてくるはずだよ。
君の小説のブックマークが伸びることを祈って。安藤将正』
この男、上から目線で独善的である。
安藤はメールを返信し、気分転換は終わりと、自分の仕事に取り掛かることにした。
後日、ぴぴぴ電波少女の小説のブックマークが伸びた。
ほんの少し。ランキングに載る人から見ればスズメの涙ほどだが。
それでも、ぴぴぴ電波少女からしてみたら奇跡そのものであり、調子が出てきた彼女は、その後ますます研鑽を重ねることになり、やがてランキング上位へと昇り詰めるのであった。




