母上の決死の愛
満ち足りた幸せな一夜を過ごした二人を、神は斯くも残酷な運命に導いた。
いつも柔磨より早起きの母上が起きてこない。
不思議に思って、母上の部屋に行った。
そこで見たものは・・・・・。
白装束に着替えた母上の切腹した姿であった。
豪の者でも難しい十文字切腹である。
「母上~」
絶叫を上げて母上の体を抱き上げたが、すでに冷たくなっていた。
そこへ、百合姫が駆けつけて、息をのむ。
言葉を発することができない。
傍らに、母上の達筆で書かれた遺書があった。
柔磨が、慌てて読む。
『 我が息子・柔磨へ
あの小さかったお前が、よくぞ立派な男に成長したものぞ。
母親として嬉しく思う。
あの日、お前は私に心配をかけまいと、百合姫との試合を
告げなかったが、私は知っておった。
親馬鹿と笑うなかれ、顔を隠して見に行ったのじゃ。
お前の武芸の腕は十分知っておるが、心優しいお前のことが
心配であった。
案の定、お前は百合姫を殺せなかった。
世間の眼はごまかされても、私の眼は節穴ではない。
私はあの瞬間、こうすることをすでに決意しておったのじゃ。
断じて、息子を取られた腹いせではないぞよ。
母の名誉を汚すなかれ。
心優しいお前のこと、百合姫を一人で放り出すことはできまい。
かと言って、年老いた母親を一人置き去りにできまい。
事が露見した場合、牙王のどんな恐ろしい刑罰が待っていることは
わかりきっておる。
それならば、私が先に、亡き夫の元へいくのが一番じゃ。
お前たち、若い二人は共に手を取り生きるがよい。
孫の顔を見ることができなかったのは残念じゃが、百合姫、元気な
孫を産んでおくれ。
くれぐれも、愚息を宜しく頼む。
天より、夫ともに見守っておるぞよ。
達者でな。
母・巴美より 』
母上の遺書を読んだ柔磨は号泣した。
それしかできなかった。自分の迂闊さを呪った。
そんな柔磨の姿を黙って見つめていた百合姫が取った行動とは・・・・。




