一夜限りの契り
「これは、何という食べ物じゃ。」
百合姫は、母上が用意してくれていたおにぎりを見て、驚いた。
「おにぎりでございます。」
柔磨は笑いをこらえて、神妙な顔で答えた。
「鬼斬りとな。強そうな名前よのう。
そうか、これがそなたの強さの秘密か。
して、どうやって食べるのじゃ。」
「そのまま、手でつかんで召し上がるのがよいかと。」
お城で、文字通りお姫様育ちであった百合姫は、何も知らないのは
無理のない話である。
「おっ、」
「どうなさいました。」
「美味しい。こんな美味しい物、生まれて初めて食べたわ。
中に入っているこの甘酸っぱいものは、何じゃ。」
「梅の実を漬けて干したもので、梅干しと申します。」
「何、梅とな。梅の花は知っているが、実ができるとは知らなかった。
そなたは、物知りじゃのう。」
「いや、それほどでも。」
柔磨は可笑しくてたまらなかったが、喜ぶ百合姫の姿を見て、
温かくて幸せな気持ちに満たされた。
いちいち、茄子の漬物やみそ汁に感嘆の声をあげ、質問する百合姫が
愛おしくてたまらなかった。
思えば、母上以外の女とこうやって食事をするのは初めてであった。
口ではあう言って怒っているが、母上の細やかな気配りに、心から
感謝した。
「そなたは、うらやましいのう。こんな美味しい食事を毎日、
食べられるとは。私など、食事はいつも御付きの者に見守られ、
冷え切った料理ばかりじゃった。
この料理は、温かい。愛情がこもっておる。」
「ははあ、ありがたき幸せ。」
柔磨は、素直に喜んだ。母上に聞かせてやりたかった。
「それにじゃ、・・・・」
まだあるのか首をかしげる柔磨に、百合姫は恥ずかしそうに
体をもじもじさせて言った。
「何でございますか。」
「言っても、笑わぬか。」
「はい、誓います。」
清水の舞台から飛び降りるような決意を固めた百合姫は
思わぬ言葉を発した。
「私とそなたは、夫婦みたいじゃのう。
幸せとは、こういうことであろうな。」
それが百合姫の精一杯の言葉。恥ずかしそうな上目遣いに、
柔磨は、思わず百合姫の手を握りしめる。
「百合姫様・・・・」
「百合でよい。」
「では、百合。」
「何じゃ、柔磨。」
「愛しております。」
「私もじゃ。愛しておるぞよ。」
見つめあう二人には、もう言葉は要らなかった。
生まれも育ちも違うこと、敵・味方であることも、
お互いが恋愛経験もなく男女の睦ごとを知らないことも、
関係なかった。
お互いの魂が魅かれ合い、求め合った。
血で血を洗う戦国の世に、今一つの愛が生まれた。
それがどんな危険にさらされるか、どんな結末に終わるかは、
神のみぞ知る。




