無縁仏の墓地での怪異
ザクッ ザクッ
その夜、あるお寺の無縁仏を弔う墓地で、寺男が百合姫を土葬する穴を
せっせと掘っていた。
「ふう、やっと掘った。
さてと、・・・・、やっぱり美しい女だな。
これほどの女、今までに見たことがない。
このまま埋めるのももったいないというもの。
少し、楽しませてもらおうかな。」
仏に仕える身でありながら、寺男が百合姫の形の良い胸をもみ、
それだけに飽き足らず衣服を脱がそうとしたところで、思わぬ邪魔が
入った。
「コホン、お仕事ご苦労様でござる。」
そこに、柔磨が現れたのであった。
「これは、これは、柔磨様。いつも、すみませんね。
はい、はい。わかっておりますとも。
私はこれにて。お休みなさい。」
片手に花を持ち墓参りの用意をした柔磨に大枚の金子をもらった
寺男は、逃げるようにお寺に帰って行った。
柔磨は百合姫の体を土葬用の棺桶から出すと、背中に回り、
精神を集中させると、心臓のある場所に掌底を打ち込んだ。
八ツ
すると、不思議なことが起こった。
真夜中の墓地、何も知らない者が見たら腰を抜かすであろう。
死んだはずの百合姫がパチリと眼を覚ましたのである。
「ここは、どこじゃ。」
「はい、我が国の無縁仏を弔う寺でございます。」
柔磨は、百合姫の手を取り、立たせた。
「そなたは、確か・・・。」
「はい、関口柔磨でございます。」
「それは覚えておる。
私が聞きたいのは、そなたは私を殺したはず。
なぜ、私は生きておる。」
柔磨を問いただす百合姫は、墓地にあっても神々しい。
「・・・・・・・」
「答えぬか。」
「笑わないでくれますか。」
「ふん、戦で負けてから笑ったことなどないわ。
早く、答えんか。」
「この柔磨、敵の試合場においてあくまで気高く美しい
百合姫様のお姿に心を奪われました。
あの城主のことです。
私に破れた百合姫をどんな残虐な嗜好で殺すかもしれません。
それなら、私が仮死状態にしてから、助け出すことに決めました。
百合姫様には、生きてほしいのです。」
百合姫はこの男の言葉に嘘はないことを確信した。
「なるほど、仮死の術か。
しかし、そなたの行為は城主をあざむくことになるのでは。」
百合姫は聞かずにおれなかった。
どんな危険が待っているか、子供でもわかることである。
「それは、十分承知です。
でも、そうしたいと拙者の魂が叫んだのです。」
「魂とは大袈裟な。笑ってしまうわ。」
口ではそう言いながらも、百合姫は笑みを浮かべた。
思えば、戦でこの男には父上を討たれ、牙王に一族郎党を
殺されてから、笑うことを忘れていたのに、こう何か不思議な
気持ちであった。
心が温かくなる。顔が火照るのは、気のせいか。
「ところで、その花は何じゃ。」
己の心を誤魔化すように、柔磨に尋ねる。
「はい、拙者、戦場で手にかけた者の冥福を祈るため、
人目を忍んでお墓参りをしておる次第です。
百合姫様の父上も、ほらここに眠っております。」
柔磨はまだ新しく掘った跡がある場所に花を置いて、
般若心経を唱えるのであった。
その後ろ姿に、百合姫は心を打たれた。
『何と心優しい男か。強いばかりではない。
こんな男は、今まで出会ったことがない。』
胸の中が火事を知らせる半鐘のように騒がしい。
しかし、素直になれない百合姫は何も言わず、柔磨の横で
父上の冥福を祈るのであった。
その美しい横顔を見つめる柔磨もまた、己の心の変化に
動揺していたのである。
まさか、武芸一筋の己が百合姫に一目惚れしたなどとは
夢にも思わなかったのである。




