牙王 吠える
「クロオード・・・、伯母上・・・・」
牙王に意見に意見したものは柔磨によって命を奪われたはずの
黒鬼と初老の婦人であった。
実は柔磨は百合姫の時と同じように、仮死の術を使って世間の眼をあざむき、
秘かに墓場から救い出して、自分の家に匿っていたのであった。
その時、二人には事情を説明していたのである。
そして、二人から、菊姫が百合姫の双子の妹であること、生まれてすぐに
里子に出されたことを教えてもらったのである。
この時代、双子は忌み嫌われる存在であった。
菊姫は成長してから自分の出生の秘密を育ての親の伯母上から聞かされていたが、
百合姫は菊姫の存在を知らなかった。
ちなみに、黒鬼ことクロオードは、幼い頃、乗っていた船が遭難して砂浜で
倒れているところを伯母上が助けられた。その後、引き取られ、菊姫と実の
兄妹のように育てられたのであった。
クロオードと伯母上が生きていたことに感無量の菊姫をよそに、
牙王が怒り狂う。天地を引き裂かんばかりに、吠える。
「ワシに意見する者がどうなるか、わかっておろう。
この裏切り者ともに、捕まえろ。抵抗するなら、殺してもかまわん。
ただし、その菊姫は殺すなよ。まだ、他の遊びに使えるからな。」
どこまでも残虐な心の持ち主である。
見物客が逃げ惑う中、牙王の家来がドドドと殺到するが、右腕が使えなくとも、
柔磨はまだ十分闘える。
それに、棍棒を振り回す黒鬼、華麗なる剣の舞を見せる伯母上、人間相手なら
何とか鞭を使える菊姫が一緒なので、心強い。
家来たちが、次々と地面に倒れていくのを見た牙王の髪は逆立ち、眼は吊り上がった。
「たった四人に何をしておる。ええい、弓矢、いや鉄砲部隊を呼べ。」
バーン バーン バーン
一斉に鉄砲部隊の銃口が火を噴いた。
「危ない。」「危ない。」
黒鬼が柔磨を、伯母上が菊姫を胸に抱え、己の身を楯に守る。
黒鬼と伯母上の背中に血の花が咲いた。
「離せ。」
「いいえ、離しません。柔磨様には菊姫様と一緒に生きてもらいたいのです。」
「クロオード・・・・」
「伯母上、離して。」
「私も同じ気持ちです。百合姫様もそう望んでいるはず。」
「伯母上・・・・・」
この四人の美しい姿に見物客は逃げるのを忘れた。
牙王の惨い仕打ちに、心から腹を立てた。
そんな不穏な気配を敏感に察知した牙王の形相は、もはや人間のものとは
思えないほどに変化した。
「殺せ。」
鉄砲部隊は、その言葉に凍り付いた。
しくじれば、殺される。必死になって四人に狙いを定めた。
四人の命はもはや風前の灯・・・・。
と思えたその時、牙王に刃向かう者が新たに現れたのであった。