魔獣の告白
「菊姫様、もう大丈夫です。ご安心ください。」
意識を取り戻した菊姫が見たものは、息絶えた虎と
右腕がボロボロになった柔磨であった。
「まあ、酷い傷・・・」
「こんなものかすり傷です。気にしないで下さい。」
苦痛をかみ殺したその笑顔に、菊姫は胸がキュンとなった。
母性本能も、くすぐられる。
『 駄目。こいつは父上と姉上を殺した憎っき仇。』
菊姫は、心を鬼にして柔磨をキッと睨んだ。
神の悪戯か、菊姫は、百合姫の妹であったのである。
柔磨は悲し気に訴える。
「菊姫様の父上の命を奪ったのは事実です。
いくら戦場においてでも、菊姫様に恨まれても仕方ありません。
只、一つだけ、お知りおき下さい。
拙者、百合姫様を殺してはいません。」
「戯けたことを申すな。あの日、お前が姉上を殺したのを
私もしかとこの目でみたぞ。」
「それは、・・・・・」
「それみろ。答えられないであろう。この嘘つきめが。」
冷たく罵倒する菊姫に対して、暫し悩んだ柔磨は真実を話す決心をした。
それは、牙王に対する裏切り行為。
即刻取り押さえられ処刑されるかもしれないが、この菊姫だけは
逃がしてやろう。
それができれば、この命捨てても惜しくない。
腰の短刀が後押ししてくれた。
「拙者、仮死の術を使ったのです。
武芸の神髄は活殺自在。必殺の技もあれば、三年殺しの技もある。
仮死の術もあるのです。」
「ほう、それなら姉上はどこにおる。」
刑場にいる者全てが、全身を耳にしていた。
「拙者の家に眠っております。」
「ほらみろ、お前が殺したのであろう。」
「・・・・・」
「今度は、だんまりか。恥を知れ。」
じっとうつむいていた柔磨は、顔をきっと上げた。
澄んだ綺麗な瞳から涙が溢れている。
今度は泣き落としかと身構えるものの、菊姫はその涙に女として
胸が締め付けられる思いであった。
「百合は、自害されました。
拙者を愛したばかりに・・・・。
確かに、百合を殺したのは拙者かもしれません。」
「何と・・・・。もっと、詳しく話せ。」
この男の言葉に嘘はないと確信した菊姫に促された柔磨は
あの一夜の契りを話すのであった。
それは、柔磨の心の傷をえぐることになるが、しかたなかった。
墓場から百合を助け出して家に連れて帰ったこと。
母上に見つかり、厳しく叱りつけられたこと。
母上の用意してくれたおにぎりと茄子の漬物とみそ汁を美味しい、
美味しいと言って食べてくれたこと。
こんな自分と夫婦みたいだ、幸せだと言ってくれたこと。
お互い男女の睦ごとは初めて同志で契りを交わしたこと。
翌朝、母上が遺書を残し切腹した姿を二人で発見したこと。
そして、百合が遺書を読んで、自害したこと。
どうしようもない悲しみと苦しみに胸が引き裂かれ、暴れたこと。
全てを包み隠さず、詳しく話した。
衝撃の告白に菊姫は言葉を失ったが、溢れる涙を止めることが
できなかった。
刑場で柔磨の話にもらい泣きをする者は、多かった。
柔磨が魔獣と化した理由がわかり、死に場所を探していたことに
気づいたのであった。
やはり、柔磨は英雄であったことを再確認したのである。
柔磨の裏切り行為と人気復活に怒り狂った牙王は、叫んだ。
「そんな作り話を誰が信じるか。猿芝居じゃ。
お涙頂戴、ちゃんちゃら可笑しいわ。」
その時である。
「嘘ではない。」「真実だ。」
牙王に意見するものが現れたのであった。