死中に活あり
謎の美女を助けんと虎に勝負を挑んだ者は、柔磨であった。
「菊姫様、この柔磨が命にかけてお守りいたします。」
「どうして私の名前を知っておる。」
菊姫の問いに答えず、悲し気な笑みを浮かべた柔磨は、
水月に当身を入れ、菊姫を 気絶させた。
菊姫を守るため、虎との闘いに集中するためである。
密林の王者相手に、命を捨てる覚悟を決めていた。
「如何なさいます。牙王様。」
勢い込む家老に対して、虎王院牙王はニヤリと笑った。
「魔獣対野獣。こんな面白い対決を邪魔するではない。
遊び心がないのう。」
こんな遊びがあるものか、神をも恐れぬ悪魔の所業である。
「攻撃は最大の防御なり。」
柔磨は、自分から突っ込んだ。
今だかって、自分から突っ込んでくる人間にあったことがないので、
「生意気だ。」とばかりに虎は迎え撃つ。
柔磨は飛鳥の如く宙に舞うと、全体重を乗せた跳び蹴りを
虎の顔面にくらわした。
ズガン
人間ならば、一撃必殺の技も虎には通用しない。
余計怒らすだけである。
今度は虎の方から、突っ込んできた。
ガキッ
生意気な人間の首を嚙み切ってやらんとする攻撃をかわした柔磨は、
虎の側面に回り込み、左の脇に虎の首を抱え込んだ。
振りほどこうと暴れる虎に、渾身の力を振り絞る。
ズガン ドガン
脇に抱えたまま、右腕、右膝で虎の顔面に攻撃を加えるが、
どれも決定打にならない。
『それならば』
ドスッ
柔磨は、右手の手刀で虎の右目を突き込んだ。
どんな生物でも目は急所である。
グオオオ~
虎は、苦しみの雄叫びを上げた。
『よし、もう一度。』
その時、柔磨の背後から襲うものがあった。
虎の尻尾による攻撃であった。
ブラックジャック並みの破壊力を持つ攻撃をかろうじてかわすも、
かすっただけで意識を失いかけ、地面に片膝をついた。
その隙に虎は離れた。
ガルルル
「うおおお~。」「やれ、やっちまえ~。」「殺せ、殺せ。」
この虎のうなり声に、刑場は興奮の坩堝と化した。
牙王まで身を乗り出していたが、当然、虎を応援している。
柔磨は頭がクラクラして、立ち上がることができない。
絶対絶命の危機に、何故か生前の母上の教えが蘇った。
「死中に活あり。」
遊びの時間は終わりだ、食事の時間だとばかりに大きな口を開けて、
虎が襲い掛かった。
刑場の誰もが、魔獣が野獣に喰われたと思ったが、地面に血を流して
倒れたのは、虎であった。
頭から喰われると思った刹那、腰の短刀を神速で抜き、
虎の口に突き込んだ。
体はどんなに固い筋肉と骨に守られていても、口の中は別。
短刀は、虎の脳を貫いた。
もちろん、柔磨とて無傷ではすまない。
右腕を噛み砕かれた。
噛み切られなかっただけましかもしれないが、神経は断たれ、
骨も粉砕されたに違いない。
ヨロロロと立ち上がった柔魔は左手で短刀を拾い、握りしめる。
「母上が、百合が守ってくれた.・・・・・」
その姿に、刑場は感動の嵐に巻き込まれた。
拍手が鳴りやまない。
命をかけて、美女を救った。
まさに、男の中の男。誰にでもできることではない。
やはり、みんなの英雄である。
口々に、柔磨を褒め称える。
「おのれ、許さん。どうしてくれよう。」
わざわざ大金を払って手に入れた、しかも自分の名字にある虎を
殺され、しかも人気回復となってしまった。
牙王は、怒り心頭であるが、ここは我慢のしどころ。
城主としての威厳と貫録を示さなければならない。
そんなことは関係なく、柔磨は菊姫に活を入れるのであった。