魔獣吠える
牙王が主催する武芸大会が始まった。
目下、優勝候補の一番人気は関口柔磨であったが、
その柔磨が試合場に現れたとき、見物客は唖然となった。
「何じや。」「どうした。」「何があった。」
あの水もしたたる色男である柔磨の容貌が別人のように
変わり果てていたのである。
あの女も羨む黒髪をバッサリ切り、坊主頭。
頬は痩せこけ、全身の肌はカサカサ。
太陽のように明るい笑顔は消え、凄惨で暗い気を放っていた。
坊主のような着物を着て、腰には短刀のみ指している。
その短刀は、母上の形見であり、そして・・・・・。
何も知らない見物客は、きっと試合で百合姫を殺した罪の
大きさに脅えているのであろうと噂する。
「ざまあみろ。」「いい気味だ。」「己の罪を思い知れ。」
口の悪い者は、かくのたまう。
「ちと、やりすぎたかのう。」
口ではそう言いながらも、牙王は見物客の反応に大満足していた。
「キャア~、怖い。父上。」
何より、柔磨の試合を楽しみに来ていた愛娘の美鈴姫も、すっかり
脅えて、すがりつくのである。
「文字通り、真剣勝負をいたせ。」
血を見るのが大好きな牙王は、そう命じる。
「御意。」
柔磨は、それだけ答えた。
かくして、一回戦は居合術の使い手、林田重信と試合が始まった。
高齢で引退を考えている現・武芸指南役の田島が審判として、
「始め。」の号令をかけた。
その瞬間、柔磨は獣のような雄叫びを上げ、林田に向かって疾走する。
こんな柔磨を誰が想像できたであろうか。
人間の皮を被った獣に襲われるような恐怖にかられた林田が、かろうじて
抜き打ちを放つも、あっさりかわされた。
それだけではすまなかった。
真剣を持つ右手の手首を左手で取られ、肘関節を極められたまま、
右手で袖を握られ、変形の大外刈りのような技で、固い地面に激しく
投げつけられた。
ズガン バキッ
柔磨は、止めと右の踵を林田の顔面に叩き込んだのである。
「勝負あり。」
田島が止める間もなく、林田は顔面血だらけで、あの世へと旅立った。
試合場は、シーンと静まり返った。
今まで華麗に優雅に勝利を収めた柔磨の見る影はない。
あまりの凄まじさに見物客の中には、気を失う者もいた。
吐き気を催す者もいた。
美鈴姫も、思わず、牙王の胸に倒れ込んだ。
「怖い、怖すぎる。」
体の震えが止めようにも止まらない。
この試合を見たすべての者h、ここに、柔磨が魔獣と化したことに
気づき、心の底から震え上がったのである。