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異世界クロニクル【改訂版】  作者: 葛西和春
第一章 異世界邂逅編
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第6話 出会い

「はい、おめでとうございます。これでリュウジさんも今日から冒険者です」


 にこやかに賛辞を述べるクラリスに苦笑混じりのお礼を言いながら、隆司はさっきまで行っていた『戦闘訓練』なる睨めっこを思い出していた。


 クラリスから「次は戦闘訓練を行っていただきます」と言われた隆司は、ビクビク三割ワクワク七割の心持ちでだだっ広い中庭に案内された。そしてそこで待っていたのは皮鎧を着た三十代ぐらいのおじさん。手には木剣を持ち、鋭い視線で隆司を睨んでいたのだ。

 その目つきからしてもなんだか強そうだなと感じた隆司は、多少体力に自信がある程度の自分でこの訓練に合格することができるのだろうかと秒を追うごとに不安が増していた。


 しかし、隆司が訓練の担当をしているらしいおじさんと対峙してから五分経っても一向に何も起きる気配はなかった。それどころか、おじさんは隆司を睨み付けるだけで木剣を振りかぶることさえしなかったのだ。

 そして、それからさらに五分ほど経った頃におじさんから告げられた「合格だ」の一言で、隆司はあまりの驚愕に冗談抜きで顎が外れそうになるほどの大口を開けたのである。


「あんなんでいいのか……?」

「いいんですよー。冒険者になろうって考える人たちがみんな戦えるわけじゃありませんしね。アレは戦闘技術をどうこうというよりは、担当官の放つ気迫とか殺気みたいなものに耐えられるかどうかがキモだったんですから」


 クラリスの説明になるほどと納得した隆司は、しかしどこかもやもやした気持ちを消化しきれなかった。


「戦闘技術なんて戦ってるうちに身に付ければいいんです。実戦でのスキルアップが不安なら誰かに師事してもいいですしね」

「まぁ、そういうもんですか……」


 やっぱり不完全燃焼なもやもやを吐き出すように呟いて、隆司は気持ちを切り替える。


「それでは……はい、これがリュウジさんのギルドカードです。このカードは身分証明の他、今までに就いた職業の履歴や熟練度、魔物の討伐履歴等を所有者の意思で閲覧することができますので、覚えておいてくださいね」


 すっとトレイに乗ったカードが隆司の目の前に差し出される。隆司は柄にもなくドキドキしながらカードに手を伸ばした。そして、隆司がカードに触れた瞬間、カードが微かに光る。とは言え本当に微々たる光だったので隆司は何かの錯覚だと思って気にしなかった。


「ふぅ、これで冒険者になったのか。やっと一歩だな」

「一歩、ですか?」

「はい、世界中を見て回るのが俺の夢ですから」

「そうでしたか。でしたら、冒険者はピッタリな職業ですね。高位の冒険者でなければ立ち入れない場所も多々ありますから」

「え、そうなんですか? それは知らなかった……」


 初耳な情報を入手しつつ、隆司は次に何をしようかと考えを巡らせていた。


「あ、そうだ。月風亭にツケがあるんだった」

「あら、そうなんですか?」

「はい、ガーランドさんの厚意で食事の代金を出世払いにしてもらってて」


 隆司の言葉にふふふと微笑んだクラリスは、「では」とカウンターから見て左側の壁を指した。


「あちらにある掲示板で依頼を選んでこちらのカウンターに依頼書を持ってきてください。そうすることで冒険者は依頼を受けます。

 また、こちらのカウンターから直接受けていただくことも可能です。ただ、今回は掲示板に張り出してある依頼をオススメします。比較的簡単ですしね。

 あ、もちろん、すぐに受けなくても大丈夫ですよ? リュウジさんのペースで依頼を受けていってください。あ、それとですね」


 クラリスはそこで一息置いて、


「依頼の難易度は主に七段階に分かれています。それぞれ難易度の高い順にS・A・B・C・D・E・Fとランク付けされておりますので、依頼を受注する際の目安としてご利用ください。また、ランクが変わると難易度ががらりと変わりますのでご注意くださいね」


 すらすらと説明を終えたクラリスは、ふぅ、と息を吐いてぺこりとお辞儀をして見せた。

 相変わらず丁寧で聞きやすいクラリスの説明を聞き終えた隆司は、案内された通りに掲示板に向かう。

 さっきガーランドがいた時ほどではないが未だにいくつかの視線を感じつつ掲示板の前へやってきた隆司。


「うーん……」


 いざ掲示板の前にやってきた隆司だったが、張り出されている依頼の数が意外と多くてどれを選んだものか迷うものだ。隆司がうんうん唸って悩んでいると……。


「すみません、どいてもらえますか?」

「あ、すみません」


 突然背後から掛けられた声に隆司は驚きつつもなんとか謝り掲示板の前から一歩左へと体をずらす。


「ありがとうございます」


 鈴の音のように声が響いた。隆司の後ろから一歩二歩と声の主が前進し、掲示板の目の前で立ち止まる。


 隆司はその少女に目を奪われた。

 亜麻色の髪は緩やかにウェーブして腰の辺りまで届き、食い入るように掲示板を見る大きめの瞳は鮮やかな金色に輝いている。可愛さと綺麗さが絶妙なバランスで同居したその顔立ちを見た者は、彼女がこの殺伐とした場にいることに違和感を覚えても仕方のないことだろう。もちろんそれは隆司も同じだった。脇に抱えるように持つ可愛らしい人形が彼女の場違いな印象に拍車をかけていたことも、隆司がそう思った一因だろう。


「……、今回もナシ、か……」


 掲示されている依頼書に一通り目を通した少女は、目的の依頼が無かったのか見た目にもわかるほどがっくりと華奢な肩を落とす。

 しかし、気を落としていたのは束の間ですぐに気を取り直すとくるりと隆司の方を向いた。

 春の木漏れ日のような虹彩を湛えた瞳に隆司は目を奪われる。


「すみませんでした。あなたも掲示板を見ていたのに、横入りするようなまねをして」

「い、いや、いいよ。掲示板の目の前でぼーっとしてた俺も悪いし……」

「そうですか? 新人の冒険者ならよくあることだと思いますよ? 私も前はそうでした、か……ら?」


 少女の金色の瞳がなぜか驚きの色に染まる。そして、少女は黙り込んだまま隆司の顔を食い入るように見つめた。

 じっと注がれる視線に、隆司が居心地の悪さを感じ始めた頃、少女はお辞儀とともに口を開く。


「お久しぶりですっリュージさんっ」

「……は?」


 目の前で深々とお辞儀をするこの少女は何を言っているのか、隆司には全く理解できなかった。


(お久しぶり? 俺とこの子が?)


 困惑しながらも目の前の少女と会ったことがあるかどうか記憶を探る。しかし、記憶の中をいくら探しても目の前の少女らしき人物と会ったことはないという事実が分かっただけだった。


「あ、あのさ。誰かと勘違いしてないか? 俺と君は初対面だと思うんだけど?」

「え……?」


 隆司の言葉にがばっと頭を上げた少女は今一度隆司の顔に目を向けた。

 次第に少女の整った顔が近付いてくる。少女は隆司の顔をよく見ようとしているだけなのだろうが、隆司からすれば居心地の悪さをアップさせるだけの行為に他ならなかった。


「んー、間違いないと思いますよ? だってリュージさんですよね?」

「いかにも俺の名前は隆司だけど、そういう君は誰なの?」


 自分の言葉に間違いはないのだと主張する少女。そこまではっきり断言されると、自分が忘れているだけのような気さえしてくる。ならばせめて名前を教えてもらえれば思い出せるかもしれないと、隆司は言葉を投げた。


「忘れちゃったんですかっ? ミリーですっ。ミリー・フェルシャーですよっ。昔助けてくれたじゃないですかっ」

「ミリー……ミリー……」


 大声で教えてもらった名前を反芻しながらもう一度記憶を探る隆司。しかし、名前を教えられてもやはりこの少女と出会った記憶はない。というか、そもそも隆司はこの世界に来て三日と経っていないのだ。その間に出会った人など門番か月風亭の一家くらいのものである。


「やっぱり人違いじゃないかな? 顔が似てて、名前が同じだけでさ。俺は君に覚えがないんだ」

「そんな……っ」


 世界の終わりを目の当たりにしたかのような顔で言った少女――ミリーはがっくりと肩を落としてしまう。

 その落胆ぶりは先ほど目当ての依頼が無かった時と比べてもさらに気を落としているようだった。

 隆司としても奇妙なものである。顔が似ていて名前が同じ、自分で言っていても偶然が過ぎるような気がするのだから。やっぱり自分が忘れているだけで……なんてありもしないことを思ってしまう。


「あー、えっと、なんというか、ごめん。ぬか喜びさせちゃったみたいで」

「い、いえ、こちらこそすみませんでした。その、忘れてください」


 何とも言えない気まずさが二人の周りを支配していた。


(な、なんとか空気を変えないと……)


 21年生きてきて女の子とここまで気まずい雰囲気になったのは初めてだ。と言うかこんなに食い気味に話しかけられたのが初めてだ。

 そんなことを思いながら、隆司はこの空気を打破するべく頭を動かす。

 そして、苦し紛れに疑問に思ったことを口に出した。


「と、ところで、なんで俺が新人だってわかったの?」

「え、えっと、雰囲気です。何もかもが珍しいって感じに見えたので」


 突然の話題転換に隆司の意図を察したらしいミリーは、思ったままを伝えて隆司の反応を待つ。


「そうなのか……分かるもんなんだな、そういうの」


 ミリーの言葉に素直に感心した隆司は、自分にもそういうのがわかるだろうかと辺りを見回してみたが、ギルド内にいる誰も彼もが自分よりもベテランだということ以外は何もわからなかった。思わず顔をしかめてしまう。


「……ぁ」

「ん?」


 隣から聞こえた小さな声に隆司はそちらを振り返った。見れば、ミリーが呆けた顔でをこちらに向けているではないか。その頬が少しだけ紅かったのはさっきまでの勘違い騒動を引きずっているからだろうか。


「どうかした?」

「あ、ご、ごめんなさい。やっぱり、その、似てるなって思っちゃって」


 先程のことを蒸し返すようなことを言っているからだろう、ミリーは申し訳なさそうな顔で言ってから照れ隠しするように笑った。

 昔助けられたという人物に重ねているのだろうが、そんなに自分と似ているのだろうかと隆司は興味をそそられる。

 それにしたって勘違いと分かった直後にその人物に重ねられると隆司としては微妙な気分だ。だが、ミリーの気持ちも分からないでもない。


(それだけ思い出深い人ってことなんだろうしな)


 そんな風に考えた隆司は、ますます『自分が覚えていないだけ』なのではないかと妙な申し訳なさを感じてしまう。

 だが、覚えていないものは覚えていないし、知らないものは知らないのだ。ミリーには悪いが、さすがに身に覚えのないことをさも覚えているかのように振る舞うなどという器用なことは隆司にはできない。


(まぁ、その本人に会う手伝いくらいはしてあげられればいいかな)


 自分に何ができるかもわからないにもかかわらず、そんな風に思ってしまうお人好しな隆司。

 しかし、隆司がそれを言い出す前に、ミリーが口を開いた。


「あの、それじゃあ、私は行きますね」

「あ、あぁ。気を付けてね」

「ふふ、ありがとうございます。リュージさんこそお気を付けて」


 すっと自然な動作でお辞儀をして見せたミリーは、もう一度隆司の顔を見て微笑んだ後、くるりと踵を返して真ん中のカウンターへと向かって行った。恐らくこれから何か依頼を受けるのだろう。


 その後ろ姿を何となく見送った隆司は、再び掲示板へと目を向ける。

 雑多に貼り付けられた依頼書をじっくりと見回していく。

 西の洞窟の盗賊退治、畑の手伝い、菓子屋や宿屋の手伝い、子どもの世話、絵のモデル、東の森に果物を取りに、ペットの捜索、魔物退治etc――。


「色んな依頼があるよな……どうでもよさそうなのまで」


 依頼書を一通り見た隆司は、予想以上に難易度の低い依頼ばかりで思わずげんなりしてしまう。とは言え、気を急いで身の丈に合わない依頼を受けた挙句、失敗――下手したら死ぬ可能性もある以上軽い気持ちで決めていいことでもない、ということに隆司は直感的に気付いていた。


「ふむ……、これにしよう」


 隆司は一枚の依頼書に手を伸ばす。『薬草求む』と書かれた依頼書には、『教会で使うための薬草が少なくなってきたので採取してきてほしい』というような説明が書かれている。ちなみに報酬は300ジールだった。恐らく『ジール』というのがこの世界での通貨の呼称なんだろう。とは言えそれがどれくらいの価値なのかがよくわかっていない隆司は「銅貨にすると何枚分なんだ?」という疑問が浮かんできただけに終わったが。


 さて、初仕事としては非常に地味だが大した危険もなさそうだという理由からその依頼を受けることに決めた隆司は、自分の興味が他の依頼にそれる前にその依頼書を掲示板からはがしてクラリスの待つカウンターへと向かった。

 隆司がカウンターに向かってくることに気付いたらしいクラリスは、例の分厚い本をぱたんと閉じて隆司に応じる体勢で迎える。


「これ、お願いします」

「ありがとうございます。さっそく依頼を受けていただけるんですね」

「はい、なるべく早くいろんなことに慣れておきたいので」

「ふふ、そうですか。では、頑張ってきてくださいね」


 優しい笑顔でそう言ったクラリスは、受理手続きが終わったらしい依頼書を隆司に渡した。

 クラリスの激励を受けて、よし、と気合を入れた隆司は冒険者になってからの初仕事に言い表せない高揚感を感じながら、ギルドを出たのだった。

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