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異世界クロニクル【改訂版】  作者: 葛西和春
第一章 異世界邂逅編
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第5話 冒険者ギルド

「うわー……すげー」


 という感嘆の声と共に、隆司は辺りをぐるりと見回した。ニルドネの街の中でも一際大きな石造りの建物。ここが冒険者ギルドニルドネ支部。

 木造の扉を開いて入った先には、雑然とした空気。入った瞬間、ギルド内のほとんどすべての視線が隆司達に向き、次の瞬間には興味を失ったらしきいくつかの視線が霧散して消えた。


「そう言えば、リュウジはギルドに来るのは初めてか?」


 きょろきょろと辺りを見回していた隆司を見て、ガーランドが苦笑いしながら問いかける。


「はい、生まれて初めて入りました」

「ははっ、そうか。ま、確かに用がないヤツには一生縁がない場所だろうからな」


 隆司の答えに「そうかそうか」と笑いながら、ガーランドはギルドの中を堂々と歩きだした。

 ギルドの入口から正面にまっすぐ進んだその先には客たちのスペースと職員たちの働くスペースとを分けるようにカウンターがあり、そのカウンターもまた仕切りで三つに区切られていた。そのうち左と中央の二つは冒険者らしき人々で埋まっていたが、残りの一つ、右のカウンターだけはなぜかぽっかりと空いていた。

 どうやらガーランドはそのぽっかりと空いているカウンターに向かっているようで、まっすぐにそこへ歩いて行った。


(――なんか、凄い視線を感じる)


 ギルドの中へ進めば進むほどに隆司はそう感じていた。正確に言えば、視線を浴びているのは隆司ではなくガーランドであることは隆司にもわかる。なにせ、巨漢の上に褐色の肌に禿頭で、更には左目に大きな傷跡を持つ、本職がヤクザな人たちでも一目見ればビビりそうな見た目のガーランドである。ただ歩いているだけでもいたずらに注目を浴びてしまっても仕方のないことであった。

 ただ、隆司には、その視線の中に恐怖や警戒以外の、尊敬のような感情が見え隠れしているように感じられ、その不思議な感覚に何度も首をかしげていた。

 ……と、


「おぶっ」


 考え事をしながらあたりを見回していた隆司は、突然現れた壁――ではなく立ち止まったガーランドのたくましい背中に激突してしまう。


「な、なにが……」


 思いっきりぶつけた鼻を左手で押さえながら隆司はガーランドの背中越しに前へと視線を向けた。

 見れば、どうやらすでに目的のカウンターに着いていたらしい。

 天井から『クエスト受付兼冒険者登録カウンター』と書かれたパネルがつり下げられたカウンター。


 そこの担当と思しき人物は、人が来なくてヒマなのか、目測で十センチ以上もある分厚い本に目を落としていた。文字がびっしりと書かれたそれを恐るべき速度で読むライトブルーの髪の女性は、目の前にいる隆司達には全く気付いていないようだ。


「おい、クラリス」


 ガーランドがよく通る低音で受付嬢の名を呼ぶ。

 すると、突然のことで相当驚いたらしい受付嬢――クラリスは肩を跳ねあげて「ひゃいっ」とよくわからない悲鳴のような返事をした。

 そして、驚愕の表情を隠すような完璧な営業スマイルと、慌てきった声で言葉を始める。


「ぼ、冒険者ギルドへようこそっ。ご依頼で……あら、ガーランドさんじゃないですか。どのようなご用件ですか?」


 ギルドの定型句と思われる言葉を口にしながら、次第に落ち着きを取り戻したクラリスは、目の前の人物を見知った人間であると認めたらしく、途中から語調を親しい者へのそれに変えていったのだった。


「おう、今日はコイツの冒険者登録に来たんだ。よろしく頼む」


 そう言ったガーランドは、後ろで顔を覗かせていた隆司の首根っこを掴むと自分の前に立たせる。

 突然の浮遊感に襲われた隆司は内心でヒヤッとしながらも、努めて平静を装いクラリスの前に直立してみせた。


「……!」


 どうしたというのか、クラリスは驚きの表情で隆司の顔を見、そしてガーランドの顔を見る。そして、もう一度隆司の方へ視線を戻すと、


「ガーランドさんが新人紹介ですか……?」


 珍獣でも見るような視線で隆司を見ながら、信じられないといった口調で驚きをあらわにしていた。


「そうだ。何か問題か?」

「い、いえ! 問題どころか、大歓迎です、はいっ」


 ガーランドの疑問に大声で答えを返したクラリスは、わたわたと慌てながら矢継ぎ早にまくしたてる。


「で、でも、珍しいですね、ガーランドさんが新人紹介なさるなんてっ。今までにこんなことなかったのにっ」

「ん、そうだったか?」

「えぇ、そうですよっ」


 隆司は二人の会話を聞きながら「へぇ、そうなんだ」などと呑気なことを考える。そして、ふと辺りを見回してみると、周囲の冒険者たちの視線が自分達に集中していることに気付いた。それに加えてなんだかざわざわと騒がしい。


(な、なんだ……?)


 隆司は心の中で後ずさりながらその理由を考えたが、いくら考えてもその理由は全く思いつかない。


「あ、あの……」


 耐えかねた隆司は今なお「ギルドマスターからも後進の育成を手伝ってほしいと何度も言われてるじゃないですか」とか「俺はそういうことは向いてないんだ。代わりに簡単な護衛の任務なら受けてやってるじゃないか」など、話し込んでいる二人に声を掛けた。


「どうしたリュウジ?」

「どうかされましたか?」


 ほぼ同じタイミングで応えてくれた二人に、こんな衆人環視みたいな状況の中で無視しないでくれてありがとうと心の中でお礼を言って、


「えっと、なんだか注目を浴びているようなのですが?」


 周囲の視線がガーランドではなく自分に向いているということをひしひしと感じながら、おどけた口調で二人に尋ねた。

 すると、二人は辺りをゆっくりと見回し、何事か納得したような表情の後で隆司に言った。


「これはきっと、ガーランドさんのせいでしょうね」

「ま、だろうな」


 ん? ガーランドさんのせい? と隆司は今一度首をかしげる。そんな隆司の反応を見たクラリスが分かりやすく説明を入れてくれた。


「ガーランドさんは、その昔《雷霆(らいてい)戦団》っていう有名な戦団の一員だったんです」


 隆司はおぉ、なんかすごそうな名前だ、と思うと同時に思春期特有の浮いた匂いを感じてしまう。とは言え、それを表情に出すことはなかったが。

 そんな隆司の失礼な思考など分かるはずもないクラリスは本当に誇らしいと言わんばかりのイキイキとした表情でつらつらと語り続ける。


「そんなすごい人が怪我で冒険者をやめちゃって、故郷の街に戻ってくるって聞いた時はギルドマスターも『これで後進育成に力を入れてどんどんクエストをこなしてもらえば、ニルドネの街も有名になってどんどん大きくなっていきますねぇ! そうすれば……』とかなんとかクドクドと欲望に満ちた期待を語っていたんですが、実際に帰ってきたガーランドさんは実家の宿屋でお料理を作るのに忙しくて弟子をとったり戦闘訓練に参加したり等の後進の育成はおろか有望そうな新人を連れてくるということもないですしで、ほとほと困り果てていたんです。それがこうして今日、新たな冒険者を連れてきてくれたではありませんか! これはもう奇跡と言っても過言ではないですっ。なにせ、今じゃガーランドさんの眼鏡にかなう人なんていないんじゃないかって噂まで立つくらいで……まぁ、それぐらいすごい人だったんですから、しょうがないこととは思いますよ? 実力はそりゃもう戦団内でも一、二を争うという噂で……!」


 クラリスの声がだんだん熱を帯び始めてきたことを肌で感じた隆司は、この感じはマズイ、どこかで止めないと延々と聞かされることになると直感する。

 しかし、今この場で隆司が頼れる相手と言えばガーランドしかいない。というわけで、ガーランドにちらりと視線を向けると、ガーランドはガーランドでクラリスが自分のことを揚々と語ることに居心地の悪さを覚えていたようで、すぐに隆司の視線の意味を理解してくれた。そして、今もなお身振り手振りを加えながら語り続けるクラリスに向け、苦笑混じりに言った。


「クラリス。リュウジが困ってるぞ」


 と。するとクラリスは、はっと我に返ったような顔をし、次いでまたやってしまったというような表情で頬を赤らめた。

 そんなクラリスの様子と周りの反応を見て、隆司はまぁ、それだけガーランドさんがすごい人ってことなんだろうな、と理解する。

 そして、


「こほん。え、えーと、それでは。新人登録ということですので、こちらの書類に必要事項をご記入ください」


 ばつの悪そうな顔で、一枚の紙を差し出してくるクラリス。


「こちらの用紙に、お名前と年齢、性別、種族、出身地をご記入ください。特に出身地に関しましては何かあった際に確認等のためご連絡申し上げることがございますのでご記入よろしくお願いします。なお出身地をご記入なさらなくても登録可能ですが、その場合は後見人を立てるという形で身分を保証していただくことになります」


 先ほどまで我を忘れてガーランドの話をしていたことをなかったことにするかのように早口でまくし立てたクラリス。一息でまくし立てたせいか、或いは先ほどの恥ずかしさを引きずっているのか、クラリスは肩で息をしていた。

 しかし、隆司にはクラリスの様子など目にも入らず、記入用紙のある一点を見つめながら気を揉んでいた。


「出身地か……」


 日本って書いても分からないよな……、と異世界人ならではの悩みを頭の中でぐるぐるさせながら、とりあえず書けるところから書いていく。

 名前、年、性別、種族……。


「んー」


 やはり出身地の欄でペンが止まってしまう隆司。その様子を不思議に思ったガーランドが隆司に問いかける。


「どうした隆司?」

「あ、いや……その、ですね。俺の出身ってむちゃくちゃ田舎で、連絡手段とか全然ないんですよねぇ……」


 苦し紛れに当たり障りのない理由を提示した隆司。

 しかし、


「魔法があるだろ。通信魔法が」


 ガーランドのその言葉に「あー」と二の句を告げなくなる隆司。必死に頭を動かしながら「やっぱり魔法とかあるんだなぁ。俺にも使えるかなぁ」と少しだけ夢と期待を膨らませた隆司は、更に苦し紛れに言葉を続ける。


「や、それが魔法とかも通じない場所にありまして……」


 さすがにこれは苦しいかと思った隆司だが、カウンターの向こうで話を聞いていたクラリスが何やら納得したように、


「……なるほど、魔力無効化地域に出身地があるんですね」

「ふむ、それは難儀だな」


 と、それならしょうがないと言わんばかりの面持ちで頷くのだった。

 隆司としては、ホントになんでもアリだな、と異世界の何でもアリな世界観に感謝していた。


「……とは言え、出身地がご記入いただけないとなると後見人を立てていただくことになりますが、そのような方に心当たりはございますか?」

「あー……」


 クラリスの言葉に唸るも、異世界からやってきた隆司にはそんな当てがあるはずもない。


「それなら俺が後見人になろう。リュウジの身元は俺が保証する」


 隆司の背後から聞こえてきたよく通るバリトンボイスは、今の隆司にとってはまさに救いの声だった。


「い、いいんですか?」

「問題ない。これも何かの縁だろう」


 そう言ったガーランドは隆司からペンを受け取り、登録用紙の後見人の欄に自らの名前を書く。そして、ガーランドはそのまま用紙に記入漏れがないかをざっと確認してからクラリスに渡した。


 用紙を受け取ったクラリスも一度だけ内容を確認して、奥の方へ持って行く。そこで別の人間――恐らく書類などを管理する担当の者だと思うが――に用紙を渡してすぐさま隆司達の方へ戻ってきた。


「では、次の手続きに移っていただきます。こちらへどうぞ」

「じゃあ、俺はそろそろ宿に戻るぞ」


 仕事に戻るというガーランドに「ありがとうございました」と丁寧に腰を折ってお礼をした隆司は、クラリスに促されるまま素直についていく。さすがに書類を書いただけで冒険者になるなんて甘い話があるわけはないと思っていた隆司としては、これから何が起こるのかワクワクしながら付いて行ったのだが……。

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