第19話 スパルタプラス
修行三日目。
というわけで、今日も今日とてやってきたのはニルドネの南門を抜けた先の平原。そこから少しだけ東寄りに行った辺りにある川辺であった。
「へぇ、こんなところに川が流れてるんですね」
川の水面を覗き込みながら呟いた隆司は、川底まで見えるほど透明感のある水に感嘆を覚える。
「あぁ、この川はこのままニルドネの森まで続くんだ。森の中心近くで泉みたいになってるから、ゴブリン達が水に困ることはないだろうな」
今度の討伐戦のことを考えてか、どうしても戦略的なことに頭を割いてしまっているセランだが、すぐに切り替えると隆司の方を振り返り、
「じゃあ、今日も修業を始めるか」
と不敵な笑みを浮かべるのだった。
「……は、はい。なんでそんなに嬉しそうなのかがとても気になりますが……」
「気にすんな」
はっはっは、と大きく笑ったセランは「まずは」と言いおいて川の側に生えていた木の陰に腰を下ろした。
「魔法を見せろ。それの出来で今日魔法を教えるかどうかを決める。使えないもんを使えるようにするより、今使えるもん――お前の場合は剣術だが、これをさらに使えるようにする方向で行く」
セランの説明に「なるほど」と納得しながら、隆司も木陰に腰を下ろす。
そして、昨日宿屋で復習していた時のように集中し、魔法を使うための行程を一つずつ慎重に行う。
そんな時、
「あれ? これってもしかして……」
「ん? どうした?」
集中しているように見えた隆司がいきなり疑問の声を上げたことにセランは何かあったのかと尋ねる。すると隆司は、自分の掌をじっと見つめた後、「ふぅ」と一つ息を吐いて魔力を鎮め、次の瞬間には――、
「ふっ」
と短く気息を吐き出した。そして次の瞬間、隆司の掌から煌々と輝く光球が生まれる。
それは紛れもなく『魔法』だ。
「な……! おいおいマジかよ……!」
セランの驚きはしょうがないことであった。そもそも魔法というのは一朝一夕で習得できるものではない。例え魔法を創りだした賢者から直接教わったとしてもたった一日で素早く魔法を完成させるまでになるには至らないだろう。事実、セランは自分の師から魔法の使い方を教わって一年でようやく光を生み出せるようになり、それから数年して現在のように呪文を唱えないで魔法を発動させる『無詠唱』という技術を会得したのである。その『無詠唱』の技術を昨日初めて魔法に触れた隆司が、やってのけたのだ。これで驚くなという方が無理というものだろう。
やがて、少しずつ弱く小さくなっていく光を見ながらセランは言う。
「今のはほんとに驚いたぜ……。もう『無詠唱』までやれるとは、これがお前が神様とやらに授かった力ってわけか」
顔を驚愕の色に染めたままそう言ったセランに、やってのけた隆司本人も「できるとは思わなかった」と苦笑いを浮かべていた。
「えぇ、そうみたいです。自分でもバカげた能力だと思いますけどね」
そう呟きながら、隆司は昨日のことを思いだしていた。
* * *
昨日の修行後、『月風亭』に戻った二人は夕食後にセランの部屋で明日の修行内容をどうするかについて話をしていた。
そして、その話の流れで、隆司は自分がこの世界に来た日に見た夢のことを話したのであった。自称神様を名乗る怪しげな男と話をしたこと、その際に自分が冒険者になることを決めたということ、なにより、その時に『適応学習』という異能力を開花させられたことと、今のところで分かっている『適応学習』の効果についても話した。
その話を聞いたセランは、隆司が異世界人であったと知った時と同じように笑ってこう言った。
「つまり、色んな方法でお前をしごけば必ずある程度以上の結果が出るってことだな?」
と、とても不敵な笑みを湛えながら。隆司は嫌な予感をバシバシ感じながら苦笑いをすることしかできなかったが、そうしている間に隆司の修行三日目の予定が決まったようだった。
結論、『明日の修行を始める前に魔法の出来を見る。修行の内容をどうするかはそれを見てからだ』と。要は修行の内容についてはほとんど何も決まらなかったということである。
* * *
「よし。無詠唱で魔法が使えるなら、戦闘でも役に立つな。今日は魔法も教えていこうと思う。よって、今まで以上にハードだ!」
「え……マジですか」
「とても楽しい一日になりそうだな、隆司!」
ふっふっふと昨夜以上に不敵に笑うセランの言葉に、魔法なんか使えない振りをしておけばよかったと本気で思った隆司であった。
そんな隆司の心のうちなどお構いなしでセランは楽しそうに立ち上がる。それを見て隆司も立ち上がると、セランは早速魔法を使って光を生み出した。
そして、その光が小さく収束していくにつれて、セランの右手には先日ゴブリンに殺されかけていた隆司を助けた際に振るわれた影の剣が握られていた。
「今日はまずコイツを覚えてもらう」
そう言って、にやりと笑ったセランは落ち着いた口調で話し始めた。
「これは『影操術』という。魔法で生み出した光でできた影を自分の意のままに操るって技術だ」
得意げに説明するセランは右手に持っていた影の剣を指差して見せる。セランの意図通り隆司は影の剣に注目した。
次の瞬間、剣の形をした影はあっという間にその姿を斧へと変える。
「おぉっ」
あまりの早業に興奮気味に声を上げた隆司は興奮と同時に、セランが『影操術』と呼ぶ技術の自由度に驚嘆した。
「これは便利だ。今みたいに自由な形に変化させられるし、普段はただの影だから荷物にならない。それに武器が無いって時にも安心して戦闘に入れる。特に武器が壊れて使い物にならなくなった時なんかに役立つ。俺もちょっと前に武器が壊れちまってからは『影操術』で武器を作って戦ってたしな」
「あ、それで初めて会った時武器を持ってなかったんですか?」
「ま、そういうことだ」
隆司の問いに手短に答えたセランは、「よし」と一言発すると、
「とりあえず、今からコイツで斬りつける」
と隆司に向かって影色の斧を突きだして言った。
「は?」
何の前触れもなく「斬りつける」などと言われて「はいどうぞ」と言える方がどうかしているのだから、隆司のこの反応は至極まっとうだろう。
「は? じゃない、今からこの斧で斬りつける。それもかなり本気で。だから躱すなり、受け止めるなりしてみろ」
「いや、あの、それはなんの修行なんですか?」
「これは剣術……まぁ、接近戦の修行だな。ゴブリンは基本的に魔法は使ってこない。だから今回の討伐作戦では接近戦をどれだけしっかりこなせるかで勝敗が決まる。ってわけで、敵の攻撃を躱す修行だな」
――おかしい。
隆司はセランの言動に違和感を覚えた。というかセランがボケたのでなければ、さっきこう言っていたはずだ。
『まずはコイツ――影操術――を覚えてもらう』
と。なのになぜ、突然修行の内容が変わるのだろうか。いや、もちろん理屈は隆司にもわかる。ゴブリンは基本的に接近戦しかしてこないのだから、そのために回避や防御の術を徹底的に鍛える。その理屈は分かるが、なぜ急に……?
「さぁ、始めるぞっ!」
セランの意図が分からず困惑する隆司をよそにセランは隆司に向けて一足飛びに距離を詰める。それとほとんど同時に繰り出された袈裟斬りを隆司は危なげなく回避してみせた。
思った以上に簡単に躱せた。そのことを体で実感した隆司はセランがまだ本気ではないことを感じ取る。
まだ余裕だ、そう思った隆司はセランの意図を知るためにセランの顔に視線を向けた。その表情から少しでも何らかの情報を得られればと思ってのことだったが、セランの表情は不敵な笑みを作っているだけでそこからはセランの真意と言ったようなものは感じ取れなかった。
やがて、少しずつセランの攻撃が躱しにくくなり、何度かセランの攻撃が掠り始めてきた頃、セランは思い出したように口を開いた。
「あぁ、そうだ。『影操術』で作った武器ってのは常識はずれに鋭利だから、お前が腰に提げてる普通の剣程度じゃ真っ二つだ。躱せるなら躱せばいいが、受け止めるなら同じ『影操術』でなきゃ無理だぜ?」
「な……!」
戦慄。ここにきてもたらされたその情報に隆司は背筋にひやりとしたものが走り抜けるのを感じた。
例えセランが本当に隆司を斬るつもりがなかったとしても、今現在ギリギリでセランの攻撃を躱している隆司には関係なかった。もしこれで何か――足の運びを、重心の位置を、躱す方向を誤ったら、その瞬間に体は綺麗に両断されていることだろう。そんな最悪の事態を思い浮かべてしまったら、もうセランの真意がどうこうと考えている場合ではない。
「くっ……!」
何がどうあれ『影操術』を覚えなければ隆司にあとはなかった。刻一刻とその速度を増しているセランの攻撃を躱し続けるのは限界があるし、かと言って受け止めようにも普通の剣では役に立たないのだ。
「くそっ」
と毒づいた隆司はセランの攻撃を躱しながら、光を生み出すための魔法を使おうとしていた。
その瞬間。
「これで、本日一回目の死亡だ隆司」
「――え」
がすん、と、鈍い音が聞こえると同時に側頭部に衝撃。
あ、何かで頭を殴られたんだなと思った時にはすでに隆司の意識は暗転していた。
* * *
数時間後。
「おいおい、マジかよ……」
今日で二度目の心の底から出た驚きの言葉。セランは目の前の光景に開いた口が塞がらなかった。
確かに、自分は隆司の才能を面白がって『影操術』については何も教えることなくいきなり修行を開始した。もちろんすぐにできるとは思っていなかったし、それとは逆に『隆司ならすぐにやってのけるだろう』と期待もしていた。
――だからと言って、だ。
「まさか影操術まで無詠唱でやってのけるとはなぁ……」
正確には影操術の起点となる光魔法を使わないで影操術を発動させたということなのだが、そんなことは今のセランにはどうでもいいことだった。
実際のところ、影操術を光魔法なしで発動させることは可能だ。セランにもできるので、それを隆司がやって見せたこと自体には驚きはなかった。セランの驚きは隆司が魔法に触れてからまだ一日ほどしか経っていないにもかかわらずそれをやったことに対して向けられたのである。
隆司ならやるだろうとは思っていたが、それがこんなに早いとはさすがのセランも思っていなかった。
影操術で造形した武器で隆司を追い詰めに追い詰め、手を変え品を変えて隆司を気絶させては叩き起こしてを繰り返すこと数十回。途中からはずっとセランの持つ影の武器を注視し、その形が変わるたびに、或いは戦闘開始時にセランが発動させる影操術を観察する度に、少しずつ影操術を発動させるための方法を見出していったのだろう。
やがて、隆司の努力は実る。
それはセランが影色のレイピアで隆司に突進した時のことだった。隆司の影が何の前触れもなく膨張し、爆発したのだ。突然の出来事にセランは脳が知覚するよりも早く、ほとんど直感のようなものでそれを感じ取り突進をやめて後方へと跳び退いていた。
見れば、隆司の影は隆司の周囲の地面に円形に広がり、その影からは鋭利極まりない影色の棘が四方八方に飛び出していた。
「ちょっと追い詰めすぎたかな?」
後頭部を掻きながら苦笑混じりに言ったセランは、それでもやはり隆司の見せた才能を面白がるような目で見ていた。単純にどこまでできるのかという好奇心というのもあるし、セラン自身が隆司相手にどこまでやってもいいのかを確かめるための実験の意味合いもあった。かくしてその実験の結果、セランが想像していた以上の成果を得られたわけである。
そんなセランの期待をいい意味で裏切った隆司はと言えば。セランの攻撃が息つく暇もないほど怒涛の連続攻撃だったせいもあってか、肩で息をしているような状態だ。
これ以上面白がって修行を続けていても得られるものは少ないだろうと直感したセランは疲労の色がはっきりと見て取れる隆司の顔を見ながら一旦休憩にすることを告げた。
その言葉を受けた隆司から「いくらなんでもやり過ぎだ」という非難の視線を浴びたが、セランは構うことなく休憩の体勢に入った。
「過ぎたことに囚われない。冒険者として最も大事な資質の一つだぞ」
などと、もっともらしいことを言い訳がましく呟きながら。
* * *
「……ふぅ」
とセランに対する諦めを疲労感と共に吐き出した隆司は、限界を訴える体に従ってその場に腰を下ろした。無事に『影操術』を習得したとは言え、セランの攻撃を躱し続けたことに加えて、試行錯誤を重ねながら魔力を練り上げ消費しまくったおかげで体中がへとへとである。この後もまだ休憩を挟んで修行を続けると言うのだから、隆司としては体が持つかどうかがひたすら心配だった。
とは言え、午後からは恐らく依頼をこなしながらの修行となるはずなので先ほどのようにセランと一対一でしごかれるということにはならないだろう。そう考えた隆司は、その点だけは安心だと胸をなでおろした。
――補助スキル【魔力回復[小]】を取得――
――補助スキル【闇の知識】を取得――
「……」
頭の中に響いた無機質なアナウンスを無言で聞き流しながら、ふと自分の影を見下ろした隆司は、ついさっき『影操術』を発動させた時の感覚を思い起こしていた。
まるで自分の手足が増えたような感覚。今までに感じたこともない、言い知れない感覚だったが、不思議となじむような、奇妙な感覚を覚えたのだ。これが、今までずっと自分に付き従ってきた影だからなのか、それとも魔法という技術そのもののおかげなのかは定かではないが、これから使い続けていくうえで扱いに困るようなことにはならなさそうだと内心で安堵していた。
「隆司」
「……! は、はいっ」
考え事に集中していた隆司は突然名前を呼ばれて飛び上るほどに驚いてしまう。
「お、おう、悪い。驚かせたか?」
「あ、いえ、考え事をしてたので」
眉根を寄せて、悪いことをしたという表情で謝ってくるセランに、気にしないで下さいと言っておいて、セランがしようとしていた話の続きを促す。
「あぁ、それなんだがな。今日受けてる依頼はそんなに難度が高くねぇから結構な数引き受けたんだ」
「えぇ、それは知ってます」
なにせセランが依頼を受けるとき隆司自身もそこにいたのだ。知っているのは当然とも言える。
「それでな。疲れてるとこ悪いんだが、そんなにゆっくりもしてられないからよ。早速向かうぜ」
セランの言葉に、さっき吐き出した疲れがどっと戻ってきたような感覚に襲われる隆司。そんな隆司を見て再び苦笑したセランは、「自分でやっといてなんだが」と前置きしてから、
「どんだけ疲れてても依頼されたことをやらきゃならない事態ってのは必ず来る。その時のための心構えを今しとくんだと思って、これからに備えるつもりで踏ん張ってくれ」
またもやそれらしいことを言い訳がましく言い、続いて乾いた笑いで誤魔化すと、木の下に置いてあった二人分の荷物を担いで「行くぞ」と一言。
文句の一つも言ってやろうかと隆司だったが、戦い方を教えてくれているうえに、これからの冒険者生活の心得までレクチャーしてくれている。しかも、その師匠が、疲れている隆司を気遣って無言で隆司の荷物まで持ってくれているのだ。そんな男前な姿を見せられて、それでもまだ文句を言おうというのなら、男がすたるというものだろう。
結局、隆司はスパルタすぎる師匠セランにたった一言の文句も言うことなく、黙ってついて行ったのだった。
この日隆司は、ギルドで依頼達成の報告をしている最中にクラリスから、
「昇格おめでとうございます」
という賛辞をいただいたとともに、冒険者ランクがFランクからEランクになった。
Sランク冒険者であるセランが付き添っているとは言え、セランは殆どの場合後ろや横からアドバイスしているだけなので、実質的に依頼をこなしているのは隆司だけだ。
その事実を踏まえれば、冒険者になってほんの数日で昇格するというのはなかなか異例のことなのだが、隆司としてはどうでもいいことだった。
だから、そんな隆司の反応に対してその場にいた冒険者一同が十人十色様々な反応を見せたのも、また別の話ということで。




