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異世界クロニクル【改訂版】  作者: 葛西和春
第一章 異世界邂逅編
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第18話 ホームシック

「凄い静かだな」


 日が落ちてから数時間。時計が無いため確かなことは言えないが十時頃だろうと考えた隆司は、元の世界ならまだたくさんの人が外を歩いているのにと思いながら、空を見上げる。

 吸い込まれそうな黒天を埋め尽くさんばかりに星が輝き、まるで地上を見守るように大小二つの月が優しく光っていた。


「お、月が二つある。さすが異世界」


 楽しげな口調でそう言い置いた隆司は、しかし次の瞬間にはつい数時間前までの慌ただしさが嘘のような静けさにどことなく寂しさを感じて黙ってしまう。

 これが元の世界なら夜遅くまで友人達と遊んでいるものだが、異世界で一人では一緒に騒げる人間もいない。


「……こういう、ホームシックみたいなのは初日に終えとくべきじゃないかなぁ……」


 などと冗談っぽく独りごちて、ベッドに倒れこむ。

 突如としてやってきた寂しさに、涙こそ流さなかったが大きく長い溜息を吐いた隆司。


「まぁ、こっちも楽しいんだけどさ……」


 見る物聞く物すべてが珍しい異世界は、隆司の有り余る好奇心を刺激しっぱなしで、街を歩いているだけでも十二分に楽しいと言えたし、セランのような親しみやすい知り合いもできた。しかし、それでもやはり同じ年頃の友達がいるかどうかというのは話が別で、そういう友達というのはいる方が気が楽だ。


「……まぁ、今はそれどころじゃないか。とりあえずゴブリン達をどうにかしないと、のんびり友達も作れないよな」


 気を取り直して起き上がった隆司は、気晴らしに散歩にでも行こうと部屋を出る。なるべく音をたてないように一階へ降りた隆司は、途中で出会ったガーランドにビビりながらも散歩してくる旨を伝えて月風亭を出た。


光よ(ルークス)


 月明かりがあるとはいえ薄暗い路地を照らすため早速魔法を活用する隆司。無事に発動した魔法の光球は、イメージ通り隆司の視界の邪魔にならないような位置に浮遊してついてきた。


「『追従』の性質は使えるかもしれないなぁ」


 などと、ぼんやり考えながら隆司は歩き出す。

 夜風がふわりとそよいで隆司の黒髪を揺らしていく。細い裏路地を通り抜け、大きな通りに出た。中央広場に続くメインストリートは魔法による街灯が灯されていたが、十分な光源とは言えない。事実、その光は足元をぼんやりと照らしている程度で、遠くまで見通せるほどの光量はなかった。


 しっかりと整備された道の脇には街路樹やベンチが設置されており、昼間はここで談笑する若者たちや、老人の姿を見ることができる。とは言え、今はすっかり暗くなり、人っ子一人見当たらない。道に面する建物は全て光が落とされていることからこの時間は寝ているのがこの世界――少なくともこの街では普通なのだろう。


 ゆっくりとした足取りでメインストリートを中央広場に向けて歩き続ける隆司。時折空を見上げて見事な天体を観察しながら辿り着いた中央広場は、道中と変わらず人の姿はなく、広場の真ん中の噴水が静かに水を吹き出しているだけだった。


「なんだかなぁ」


 露店でにぎわっていた昼間の様子と比べてみるとかなりのギャップがある。気分を変えるために散歩に出た隆司としては、余計に寂しさを煽ってしまった気がしてならない。

 ぐるりと辺りを見回して、手近なベンチに腰を掛ける。特にやることもなくしばらくぼーっとしていた隆司は、やがて星を見るためにベンチに寝転がって明かりを消した。

 すっと周りが暗闇に包まれ、こんなに暗かったんだなと改めて感じた隆司。


「これで月が無い日とかは、かなり暗そうだなぁ」


 と、光を生み出す魔法を覚えられてよかったと切に思いながら、夜空に視線を彷徨わせた。

 元の世界とは全く違う。知っている星座もないし、そもそも今のように小さな星まではっきりと見えるなんてありえなかった。

 そうして十数分間、赤や青、緑に黄色と彩り豊かに夜空を飾る星たちを眺めていた隆司は、背中の痛みに体を起こした。


「ベンチに寝転ぶもんじゃないな」


 苦笑しながら独りごちて、周囲に目をやる。あまりの暗さに目を細めて、明かりを消していたことを思い出した――その時、


――補助スキル【暗視】を取得――


 無機質な声が頭に響き、新たなスキルを覚えたことを隆司に教えた。それと同時に隆司の視界が明るくなり、光の魔法を使おうとしていた隆司は魔力を鎮めてため息をつく。


「……こんな夜中にも仕事熱心なことで」


 相変わらず時も場所も無視でアナウンスしてくれる勤勉さに呆れながら、隆司はポケットからギルドカードを取り出した。スキルの一覧を思い浮かべながら魔力を流す。

 表示された文字の列に目を這わせた隆司は、セランにも「異常だ」と言われたスキル群を見て再びため息をついた。


「今日覚えたスキルは……【観察眼】に【格闘術(脚)】、【警戒】もか。あとは【格闘術(拳)】、【魔力増加[小]】、【光の知識】と【冒険者の心得】……と、今覚えた【暗視】か」


 隆司は、セランと一緒に見た時にはなかったスキルを指折り数えて確認する。こうして見ると確かに異常だと思う。覚えているスキルがどうこうというより覚える速度がである。魔法を教えてくれていた時にセランから聞いた話では、魔法にしろスキルにしろギルドカードに認識されるほど確かなものとして習得するにはそれなりの時間がかかるはずらしい。それこそ、最短で三日から一週間ほどかかるのが普通であるとのことだった。


「それをこうポンポンと……」


 ぼやきながら、数日前に夢の中で出会った神様(自称)を思い出す隆司。『才能の開花』という理由で授かった能力の効果なのであろうとは思うが、ここまで規格外とは思いもよらなかったぞあの野郎、と内心で文句を言っておく。

 ふぅ、と小さくため息を吐いてから、これでもう何度目のため息だろうかと苦笑してしまう隆司。

 その時、タン、タンと石畳を叩く音が広場に響いた。一瞬警戒して立ち上がるが、よく聞けばそれは足音のような規則性があり、次いで音の方に目をやればそこにはゆったりとした足取りで広場を歩く少女の姿があった。

 月の光に照らされた亜麻色の髪は緩やかにウェーブを描き、横顔からでも認められる瞳は温かみを象徴するような穏やかな金色の虹彩を発している。両腕で胸の前に抱かれた可愛らしい人形が、つい先日の昼間には殺伐とした場所で出会った少女に神秘的な雰囲気をプラスしていて何とも印象的だ。


「あら?」


 隆司に気付いたらしい少女――ミリーが隆司の方を向いて小さく微笑む。


「こんばんは、リュージさん。また会いましたね」

「あぁ、うん。こんばんは、ミリー」


 小走りに駆け寄ってきたミリーのあいさつに隆司もあいさつを返す。


「お散歩ですか?」

「うん、まぁ、そんなとこかな。ミリーも散歩?」

「はい、今日は月がきれいだったので」


 そう言って月を仰ぎ見るミリーに倣って隆司も夜空に輝く月に視線を向ける。銀色に輝く大きな月と、それよりも一回りほど小さい青白い光を放つ月。

 確かに綺麗だ。色とりどりの光を放つ星たちもさることながら、何よりも目を引くのはやはり二つの月だろう。異世界からやってきた隆司からしてみれば、月が二つあるということそれだけで驚きを禁じ得ないのだが、それがこうして神秘的な光を落としているのだから驚きよりも先に感動の波がやってくるのは仕方のないことだと思う。


「すげぇなぁ……」


 思わず口をついて出た言葉はもちろんミリーの耳にも届いていて。


「ふふ、やっぱりリュージさんはリュージさんですね」

「え? それってどういう?」

「あ、ごめんなさい。私ったらまた……」


 なるほど、と隆司は悟った。また例の隆司によく似た恩人と重ねていたらしい。


「いや、気にしないで。……それにしても、そんなに似てるの? 俺とその恩人さんはさ」


 何となく聞き返した隆司の言葉に、ミリーは表情を輝かせる。


「はいっ、それはもうっ」

「ちょ、ミリー、静かにっ。今は夜なんだからさ。周りに迷惑だよ」

「ご、ごめんなさいっ」


 予想外に大きな声で肯定したミリーを落ち着かせて、さっきまで座っていたベンチに座らせる。隆司もその隣に腰を落ち着けて、話の続きを促した。


「綺麗な黒い髪に鮮やかな紅い瞳、顔も雰囲気も……子どもの頃、私を助けてくれた時のまんまです」


 嬉しそうにそう言ったミリーは、じっと隆司を見る。その視線がどうにも気恥ずかしかった隆司は、逃げるように顔をそむけた。

 ちょっと前にもこんなことがあったなぁと思いながら、隆司は頭の中でミリーの言葉を繰り返す。


(昔のまんま、か。だったらなおさら俺じゃないよなぁ……ミリーが子供の頃ってことは少なくとも十年かそこらは前のはずだ。その頃は俺だって小学生だし、そもそもこの世界に来てないし。うーん、ますますその恩人に興味がわいてきた。どんだけ似てんだろうな)


「……やっぱり、リュージさんがリュージさんな気がします」


 呟くような言葉に隆司は思考を中断する。


「そんなことはないと思うけど……どうして?」

「乙女の勘です。確信めいたものがあるんです」


(乙女の……要は女の勘か、意外とバカにできないものが飛び出してきた……)


 元の世界にもやたらと勘の鋭い女友達がいただけに、隆司としてはミリーの言葉をあっさり看過することは出来なくなってしまった。

 とは言っても、やはり隆司にはミリーが言うような記憶はないわけで、どうしたものやらと考え込むことしかできない。

 そんな隆司を見て、困らせてしまったと思ったのか、ミリーは申し訳なさそうに話題を変えた。


「あ、そう言えば、リュージさんはセランさんに弟子入りしたとか?」

「え、あぁ、うん。……ミリーはセランさんのこと知ってるの?」


 隆司は急に話題が変わったのを不思議に思いつつも、ミリーの言葉に応える。


「直接の面識はありません。でも、セランさんはSランク冒険者ですからね。すごい有名人なんですよ」

「へー、そうなんだ」


 隆司からしてみれば親戚のおじさんと言った感じだが、やはり周りから見ると違うらしい。その証拠に日中街ですれ違う人々は冒険者であるか否かに関わらず、様々な視線をセランに向けていた。ただ、誰も彼もが遠巻きにセランのことを見ているばかりで話しかけてくるような様子は一切なく、周りのそんな様子を見た隆司は「話してみれば普通のおじさんなのになぁ」などとセランにバレないようにぼやいていたものである。


「ほんと、親しみやすいおじさんなんだけど……」


 今頃は宿屋のベッドの上で眠っているであろうセランのことを思い出しながら、隆司は苦笑混じりにぽつりと呟く。その呟きはしっかりミリーの耳にも届いていたようで、苦笑する隆司を見ながらミリーも小さく微笑んだ。


「……そういやミリーも今度の討伐戦に出るのか?」


 ふと、目の前の少女も冒険者であったことを思い出した隆司はそう尋ねた。するとミリーはさっきとは打って変わって真剣な表情を作ると口を開いた。


「はい。この街はいい街ですから、魔物なんかにめちゃくちゃにはさせません」


 そう言って人形を抱く手に力を込めたミリーは、そこで何かに気付いたように隆司に問いかけた。


「も、ってことはリュージさんもですか?」

「あぁ、そうなんだ。だからセランさんに弟子入りしたようなもんだし」

「でも……大丈夫ですか?」


 ミリーは心配げな瞳で隆司を見上げる。ミリーの心配することはよくわかる。つい先日冒険者になったばかりの隆司が経験も浅いままに大規模な討伐作戦に身を投じようというのだ。新人の冒険者が背伸びをして身の丈に合わない依頼を受け、そのまま死んでしまったなどという話を聞いたこともあるミリーとしては、隆司が生き急いでしまっているように見えるのだろう。それでなくともミリーにとって隆司は昔自分を助けてくれた恩人かもしれないのだ、放っては置けないのだろう。


 しかし、心配されている隆司からしてみれば、今日のゴブリン達との戦闘で新人冒険者にしては高いレベルで戦えるということが分かったし、「油断しなければいくらでも戦えるだろう」というセランからのお墨付きもあったので四日後に控える大規模討伐に関しては何の心配もしていなかった。


「うん、大丈夫だと思う。セランさんからも「問題ないだろう」って言われてるしね」


 とりあえず殺されない自信はある、という感じで微笑んでミリーを安心させることに成功した隆司。

 その後隆司は、淡く照らす月明かりの下、ミリーと歓談してから月風亭へと戻ったのであった。


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