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第0話 始まり 2/2

 フードの下から覗かせた不敵な笑みを浮かべたまま、黒フードは仰々しく両腕を広げた。


「よく『最後の時間』を稼いでくれたっ」


 黒フードの言葉が終わると同時、彼の足元の魔法陣が光を増す。無事に魔法陣が起動した証拠だ。


「逆賊どもの思い通りにさせるなっ。魔法陣を破壊しろ!」


 兵士たちの指揮官と思しき者の号令に、幾人かの兵士が魔法を発動させるべく魔力を練り始めた。


「それこそさせるかよ!」


 サングラスの男が魔法を使おうとしていた兵士たちに攻撃し、魔法を発動できないように邪魔をする。抜き放ったナイフで手近な魔法兵の喉を掻き切り、小さな火の魔法を放って魔法兵の眼球を焼く。


 しかし、サングラスの男は一人であるのに対し、魔法を使おうとしている兵士の数は多い。とても彼一人でどうにかできる数ではない。その上、魔法兵の前には大きな盾を持った兵士がいるせいで魔法陣の近くにいる黒フードたちにはどうすることもできない。


「くっ、このままではっ」

「邪魔させないっ」


 黒フードの焦りの声に続いたのは大柄な男の物だった。だが、その表情に先程までの怯えた様子は全く見えない。

 その巨体に似合わぬ速度で兵士たちとの距離を詰めた大柄な男は魔法兵の前を固めていた前衛の兵士たちを薙ぎ払うべく全力を振るって突撃した。

 巨体と、大盾がぶつかり合う。まるで爆弾が炸裂したような衝撃とともに一部の大盾兵が後方へ吹き飛んで行った。

 しかし、


「バカめ……!」


 指揮官の嘲笑と同時に大柄な男が膝をつく。その顔は、何が起こったかまるで分らないと言っていた。


「貴様のように筋力だけで何でもできると思っている奴は五万といる。そういうバカに現実を教えるため、この大盾には受けた衝撃を倍にして返す魔法が掛けられているのだ。まぁ、それでも吹き飛ばなかったのは大したものだがな」


 指揮官の男は、その嘲笑の表情をさらに歪めて笑う。

 そのあまりの醜さに黒フードはフードで隠れたその顔を厭悪(えんお)にしかめた。

 やがて、魔法使いたちの詠唱が完了し、一斉に魔法が放たれる。複数の魔法が怒涛の勢いで魔法陣へと迫る。


「そうは、いかんっ」


 黒フードの男が腕を払う動作をすると同時、彼の前に不可視の壁が出現する。それは魔法による攻撃を阻む光の壁。黒フードの彼が最も得意とする魔法の一つで、万全の状態であれば小さな町程度の大きさならすっぽりと包み込んで守れるほどだ。


 だが、いかんせん現在の黒フードは万全ではなかった。膨大な魔力を必要とする今回の儀式には彼の膨大な魔力が必要だったのだ。その殆どを魔法陣に注ぎ込んだ今の黒フードでは壁を展開できる範囲など知れていた。


「はははははっ、国随一の魔法使いと謳われた貴様も疲弊しきっていてはその程度か! あっけない物だなぁっ!」


 余裕を含んだ指揮官の醜悪な笑い声が、魔法の炸裂音が響く部屋に木霊する。

 魔法陣発動までの時間が迫る中、未だに軍の魔法使いたちが魔法陣を傷つけられずにいる現状において、指揮官の男が余裕でいられるのはひとえに圧倒的な物量があったからだ。加えて、標的である黒フードたちが著しく消耗していたというのも大きいだろう。


 だからこそ、指揮官は油断していた。それ故に気付けなかったのだ。

 己の首筋をほんの一瞬の間に横切った白刃に。


「油断大敵だぜ、おっさん」


 断末魔さえもなく倒れる敵の指揮官。

 大将首を掻き切ったサングラスの男は一矢報いてやったと笑みを浮かべる。そのあまりにも場に不相応な顔を見た黒フードも、同じように口の端をにやりと歪めた。

 しかし、指揮官を失ってもなお、軍の魔法使いたちの攻撃は止むことなく続いた。


「チッ、魔法嫌いの筋肉バカが魔法使いを連れてるからおかしいとは思ってたけどよっ」

「あぁ、どうやらあのバカではなく別の誰かの差し金のようだ」

「面倒くせぇなぁ」

「まったくだ」


 二人がため息混じりに会話をしている間も、第四波、第五波と次々に魔法が撃ち込まれる。それをサングラスの男が魔法で相殺し、その撃ち漏らしを黒フードが魔法壁で対処する。普段はいがみ合うような間柄の二人だが、この状況においては最高のコンビと言っても過言ではなかった。


 だが、形勢はそれを嘲笑うかのように物量で圧倒する軍の方へと傾いて行く。

 何度か敵の魔法が魔法陣をかすめることも多くなってきた。

 それでも未だに魔法陣に致命的なダメージを負わせるような魔法を撃ち漏らさずにいるのは二人の気力のなせる技だろう。

 しかし、その気力とていつまでも続くわけではないのだ。


「しまった!」


 一瞬の隙を突いて放たれた魔法が魔法陣の要とも言える場所にめがけて飛んでいく。サングラスの男が手を伸ばすが、届くはずもなく魔法が閃光をまき散らして炸裂した。


 数瞬の間、敵軍の魔法使いたちにどよめきが広がる。

 魔法陣を打ち砕いたかに見えた先程の魔法。しかし、すんでのところで割って入った黒フードが受け止めていたのだ。それも、生身によって。


「させぬ……、数多の同胞が命を懸けたこの希望……砕かせはせん、ぞ……」


 魔法の直撃を受けて崩れ落ちる黒フード。その右腕は跡形もなくなり、左腕も真っ黒に焦げて使い物にならなくなっていた。

 しかし、意識さえも怪しい状態でありながら、黒フードはそれでも魔法壁を解かなかった。何としても悲願を果たすという執念と、仲間たちの想いを遂げてみせるという責任が、黒フードの意識を繋げているのだ。


 軍の攻撃が、一層激しさを増す。黒フードが動けなくなった今こそが最大の好機であると誰もが悟っていた。サングラスの男がどれほど己を酷使しようと、限界はあるのだ。魔法壁を発動させるだけで手いっぱいの黒フードなどは言うにも及ばなかった。


「くそっ、くそがぁっ!」


 サングラスの男の慟哭にも似た咆哮を聞きながら、黒フードは残った左腕で魔法陣に触れる。


「叶うなら、術式が万全な状態でお呼びしたかった……しかし、このままではお呼びすることさえできなくなる」


 黒フードは、敵の魔法使いたちに気付かれぬよう静かに、魔法陣に干渉する。

 起動準備中の魔法陣に無理に干渉するなど自殺行為にも等しいが、そんなことを言っていては彼らの悲願は果たされないのだ。己の身などどうなってもよかった。


(召喚物固定術式の条件を『知性のある存在』に変更、上位存在召喚術式解除、『敵性排除』設定されている大別特定術式も解除、性格選別術式、召喚座標固定術式解除、召喚時の知識獲得行程を『生存優先』に条件変更、能力選別術式解除、適性判別術式を解除…………これで、術式行程がいくらか省略されるはず……あとは)


 黒フードは決死の思いで残った魔力の全てを魔法陣に注ぎ込む。少しでも早く発動するように魔力の循環も促しながら。


「この国を、民を、お救いください……」


 全ての魔力を使い果たした黒フードが意識を失う。同時に魔法壁をも解除され、それを待っていたかのように敵の魔法が撃ち込まれる。


 その瞬間、その場の誰もが魔法陣の破壊を確信した。

 ある者は腕を掲げ、ある者は膝を折り、ある者は喜びを叫び、ある者は絶望に慟哭する。

 様々な感情が薄暗い地下室の中を反響して、この戦いの終わりを告げた。


――直後、魔法陣から膨大な光が放たれ、全てを埋め尽くした。

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