第13話 隆司の正体
修行二日目。
朝から動くという言葉通り、前日よりもだいぶ早い時間から動き出した隆司達は、その足で昨日と同じ平原――ではなく冒険者ギルドに向かった。
相変わらずなぜか人のいないカウンターで本を読んでいたクラリスに挨拶をしてから依頼の掲示板に目を通し、適当な依頼を受けてからギルドを出た。
そして、脇目も振らず寄り道もせず依頼の目的地を目指した。道中で「なぜクラリスがあんなに暇そうにしているのか」と聞いたら、セランは「あそこは冒険者登録カウンターも兼ねてるから、暗黙の了解で新人冒険者専用カウンターって扱いになってるからだ」と教えてくれた。とは言え、クラリスのいるカウンターで依頼を受けること自体には何の問題もないのだとか。ただ、新人以外の冒険者がそのカウンターを使うと意味もなくバカにしてくる輩がいるそうで、隆司は注意を促された。
そうこうしているうちに目的地の近くまで到着する。ニルドネの街からそれほど遠くない所だが、昨日と決定的に違ったのは、そう遠くない距離に森が広がっていることだ。この森こそがゴブリン達に占拠されたという件の《ニルドネの森》であり、鬱蒼と茂る木々の隙間からは森の奥の様子をうかがい知ることはできない。
と言っても、今回は森の中に入るわけではないのであまり不用意に近づくことはしない。なので隆司達は森から距離を取った所にある、冒険者たちが休憩などに利用するらしい野営地に腰を下ろすことにした。
今回隆司達が受けた依頼は『ゴブリン退治』だ。他にもいくつか簡単な依頼を受けているが今日のメインはこれだった。
四日後に迫った『東の森の大規模討伐作戦』に先駆けて、街の周辺をうろついているゴブリン達を退治するという内容だ。
「ずいぶん駆け足じゃないですか? もうゴブリンに挑むなんて」とクラリスは心配していたが、セラン曰く昨日の修行中にセランの攻撃をあれだけ躱しまくったのだから、ゴブリン程度の攻撃を受けることはまずないだろうと言われ、半ば押し切られるような形で依頼を受ける旨を伝えた隆司であった。
「ふぅ」
ため息をつきながらガーランドにもらったナップサックを下ろす隆司。この中には回復薬などの薬の他、ガーランドが持たせてくれたお弁当や水筒も入っている。お昼が楽しみな隆司だがそれは後だ。
「リュウジ、この辺で昼まで修行するぞ。依頼の品も生えてるしな」
言って、セランは地面を指差す。今日受けたいくつかの依頼の中には先日隆司が受けたような採取依頼と呼ばれる形のクエストが存在する。薬屋からの『薬草の在庫が切れた』という依頼や、とある奥様からの『食卓に飾る花』という依頼、他にもこの付近で片付けられそうなクエストは片っ端から受けてきた。
「薬屋からの依頼、上薬草じゃダメなんですか」
隆司は足元の薬草を摘み取りながら、ふと湧いた疑問をセランに投げかける。
「ん、あぁ。薬屋からの依頼の場合はな。ただ煎じるのか、他の物と調合するのかで変わる。ただ薬草がほしいって場合は上薬草でもいいが、何かと調合するって場合は上薬草だとかえって手間が掛かることがあるからな。今回の依頼は調合の材料としてって話だから、薬草でいいんだ」
「なるほど」
セランの答えに納得した隆司は大人しく薬草を摘み取っていく。
やがて、必要数の薬草を取り終えた二人は、一度休憩を取ることにした。
地面に腰を下ろしたセランは、自分のバッグから水筒――と言っても皮袋に水を入れたものだが――を取り出して喉の渇きを癒す。隆司も同じように水筒の水を口に含んだ。
「そう言えば」
とセランが思い出したように声を上げた。隆司が不思議そうに目で訴えると、セランは隆司を指差しながら言う。
「リュウジ、ギルドカードの中身を見せてみろ」
「……中身?」
セランの言葉を理解できなかった隆司は思わず聞き返してしまう。隆司のその反応を見たセランは一瞬だけ眉根をひそめたがすぐに苦笑いのような表情を作って言った。
「ギルドカードを持って魔力を込めてみろ」
「魔力を込める?」
再び疑問符。当然ながら元の世界では魔法はおろか魔力さえ存在しなかったので、隆司にその手の話がするりと伝わるはずがない。
「なんだ、それもか」
呆れるような声音でそう言ったセランは、おもむろに腰を上げて隆司に近付く。そして、手甲を外した手で隆司の右手首を掴むと何かに集中するように何もない空間の一点を見つめた。
「? セランさ……、えっ!」
セランの様子を訝しんだ隆司だったが、途中で自分の体に起こった変化に気付いて驚きの声を上げる。
体の中を何かが流れている感覚とでもいうのだろうか。不快な感じはしないが、少なからぬ違和感を覚えた。
「よし。今、何か感じたな?」
「……はい」
セランの問いに素直に返事をする隆司。
「それが魔力の流れってやつだ」
魔力の流れ、そう言われて隆司はこれがそうなのかと納得する。それは表情に出ていたようで、隆司の顔に納得の色を見てとったセランはさらに説明を続けた。
「今のは俺が自分の魔力をお前の体に流したが、これを自分の魔力でやるんだ。魔力の流れをカードを持つ手に集めて、カードに注入するみたいなイメージでやればギルドカードの中身が見られる。……やってみろ」
唐突に「やってみろ」と言われても、隆司にとってはこれが魔力との邂逅である。そう簡単にうまくできるわけがない。とりあえずさっきの感覚をなぞるようにやってみようと、意識を集中させる。
すると……、
「あ」
「できたな」
ギルドカードの表面にホログラムのように何かが浮かんでいる。
そこには隆司の名前と年齢、性別、種族といったような情報が列挙されていた。
====================
名前:リュウジ・モモチ
種族:人間
年齢:20
性別:男
職業:冒険者[F]
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「へぇ、すごいですね。こういう仕組みなんだ」
「感心してる場合か。こんなことは誰にだってできるぞ」
無事に魔力の操作をできたこととギルドカードの仕組みを目の当たりにしたことでちょっとした感動を覚えた隆司は心の底から感嘆する。そんな隆司を見たセランはため息混じりに「次だ次」と急かすのだった。
「あ、すいません。俺にも魔力とかあるんだなぁってちょっと感動しちゃって」
「あるに決まってるだろ。犬だろうが植物だろうが生きてるもんには大抵魔力があるもんだ。それこそ……、異世界人でもな」
「へー、そう、なん、で……?」
突然のことに絶句し、ギルドカードを取り落す隆司。言葉の後半は殆どセランに対する問いかけのようになっていた。「なぜ、自分の正体を知っているのか」と。
「やっぱりそうか」
セランは立ち上がりながら隆司の頭をポンポンと叩いた。まるで「しっかりしろ」とでも言うようなその行動に、隆司ははっとなってセランを見る。
「おかしいとは思ってたんだ。まずSランクって聞いても反応が薄い、こっちの世界の人間は大体ガキの頃に『村や町の外にはSランクの怖いモンスターがいるから外に出るな』なんて言われて育つから、どれだけヤバいのかってのは知ってるモンだ」
隆司の目の前に腰を下ろしたセランは、顔の前で指を一本立てて見せた。次いで二本目を立てる。
「あと、ガーランドから旅人だって聞いてたが、本人は戦闘どころか喧嘩もしたことないって言うしな。旅人ならどれだけうまく立ち回っても一回や二回の戦闘は経験するもんだ。……そういや初めて会った時『上薬草』の存在も知らなかったみたいだしな、普通なら子供でも知ってる」
思い出したように三本目の指を立てたセランは、まっすぐ隆司の目を見ていた。隆司も目を逸らせずにセランの言葉を聞き続ける。
そして、セランが四本目の指を立てた。
「それにギルドカードの展開の仕方を知らなかったろ、アレは最近じゃ一般人でも普通のことだぞ? 冒険者騙って報酬かっさらうやつが出始めてから、冒険者は必ず身分証明のためにギルドカードを提示するからな、どういう仕組みで情報が展開されるのかも知れ渡ってる」
淡々と語られるセランの言葉を聞きながら、頭の片隅で「そうだったのか」と自分のうかつさを悔やむ隆司。
隆司の反応を見てどこか満足そうに笑顔を見せたセランは、全ての指を開き、隆司に手の平を見せながら続けた。
「何より決め手は、さっき魔力を流した時に魔力の通りが悪かった。まるで初めて魔力に触れるみたいな感じだ。この世界にいて、ましてや旅をしてて今初めて魔力に触れましたなんてことはあり得ねえからな。この五つの点から見て、お前はこの世界の人間じゃないと思ったわけだ」
言い終わって一息ついたセランは、「どうだ? あってるか?」と、まるでなぞなぞの答え合わせを待つ子供のような無邪気さで隆司の返事を待った。
セランのそんな態度に、異世界人だとばれてしまったことに身構えていた隆司は一瞬で毒気を抜かれてしまう。ため息を一つついてから、答えを待つセランに向けて口を開いた。
「その通りです。俺はここじゃない別の世界から来ました。ただ、どうやってきたのかは自分でも分かりませんけど」
「へぇ、そーなのか。大変だったんだなぁ」
どこか遠い目で、苦労したんだなぁと頷くセランは、しかしそれ以上のリアクションはなく、隆司が異世界人であることが分かったからと言って特に大きな反応を見せなった。
「いや、へぇって、それだけですか?」
「あ? それ以上何を言えってんだよ。お前が異世界人だろうが魔族だろうが関係あるか。敵意はねぇし、むしろ友好的だ。話も通じるし、コミュニケーションに問題はねぇ。何よりお前は今俺の弟子だ。初の弟子が異世界人ってのはなかなかねぇだろ。俺は面白いと思うね」
「……」
隆司は唖然としていた。セランのあけすけな態度にもだが、なによりも得体の知れなさが世界をまたいでいる隆司を「俺の弟子だ」と言い切ってしまう度量の広さに。
「しっかし、どうりで耳慣れねぇ響きの名前だと思ったぜ」
「え、そうなんですか?」
セランの言葉に、考え事などどこかへ追いやって素で返事をしてしまう隆司。
「おう、少なくとも俺が今まで行ったことのある地域じゃ聞いたことはねぇ」
言われて、隆司は徐に近くに落ちていた枝を拾って自分の名前を地面に書いて見せる。『百地隆司』と漢字で書かれたその名前を「こういう字を書くんですけど」とセランに見せた。
「ほぉ、見たことねぇな。お前のとこじゃこう書くのが普通なのか?」
「はい。ちなみに、百地が『モモチ』で苗字、ファミリーネーム。隆司が『リュウジ』で名前、ファーストネームです」
とそれぞれの字を丸で囲み、その横に異世界の文字で自分の名を書いて示した。
「……ふむ。ところでリュウ……リュー……違うな。りゅう、じ。りゅうじ……隆司、か」
「はい、それで問題ないです」
早くも隆司の名前を正しく発音したセランに軽く驚きながら、続きを促す隆司。
「あぁ、隆司はなんでこっちの世界の文字を書けるんだ?」
「……あ」
言われて初めて気付いた隆司。確かに、異世界人である隆司がなぜ異世界の言葉を話し、文字を書けているのだろうか。
「あー……、なんででしょうね?」
「ま、コミュニケーションに問題がねぇからありがたいが、なかなか謎だな」
指摘したセラン本人もそこまで深く考えてのことではなかったようで、隆司の判然としない答えを聞いても軽く流していた。