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異世界クロニクル【改訂版】  作者: 葛西和春
第一章 異世界邂逅編
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第11話 弟子入り記念と変わり者の宿

「……ふぅ、疲れた」


 ロズワールの店を出てから約二時間。セランの後について露店や雑貨屋を見て回った隆司は、冒険者が本格的に準備をするとなるとここまで大変なのかと現実を目の当たりにし予想以上の疲れを覚えていた。


 疲れの主な原因は、セランがあちこちの露店を覗きまわって、店主に対して「これはどんな商品だ」とか「それはどれだけ耐久力があるんだ」とか、ともかく満足が行くまで質問攻めしながら隆司を連れ回したからだったりするのは言うまでもないだろう。


 ちなみにそんな感じで露店を見て回ったりしている最中に、セランが買い物をしているのを見ていた隆司はこちらの世界の通貨について何となくわかってきた。

 通貨の呼称は『ジール』。今のところ隆司が目にしたお金は硬貨のみで紙幣はない。そして、硬貨の種類は現在確認しているだけで銅貨、銀貨、金貨の三種類でこの他にも種類があるのかどうかは分からなかった。


 素直に聞いても良かったがあんまり怪しい行動をすると異世界人だとバレかねないし、と思いながらも隆司は自分の中から湧き上がる疑問を押さえつけるのに苦労していたのだ。

 また、それぞれの硬貨は十枚集まると一つ上の価値になるということも分かった。つまり、銅貨が十枚集まれば銀貨一枚、銀貨が十枚集まれば金貨一枚となるわけである。


 ちなみに、リンゴ(みたいな果物)を買っている人を見かけた時に分かったことだが、一つ100ジールで売られていたのを銅貨一枚で一個買っていたのを見たので、100ジール=銅貨一枚で、日本円に換算するとおよそ百円くらいだろうと適当に当たりを付けておいた。

 これでお金の基本的なことは分かったし、自分で買い物することもできるようになったぞ。


 と一つ賢くなった隆司だったが、そもそも今の自分は月風亭にツケがある身だということを思い出し、自身の貧窮具合に肩を落としたのだった。

 何はともあれ、ようやくセランが目を付けていたという店を全て回り終わってひと心地ついた隆司は近くにあった噴水のふちに腰を掛けて休むことに成功したのだった。……まさか座るのとほぼ同時にため息を漏らすほど疲れていたとは隆司自身も思っていなかったが。


「なんだなんだ、ため息なんかついて。お前俺より若いだろ?」


 横から声を掛けてくるセランに対して、隆司は「そういう問題じゃないですよ」とぐったりとした顔と声で言う。その疲労感のにじみ出る顔を見たセランは流石に連れ回し過ぎたかと今更になって反省の色を見せた。


「まぁ、実際のとこ冒険者なんかやってるとな、こういう露店なんかにはどうしても目が行っちまうんだよ。何か珍しい物はないか、役に立ちそうなものはないかってな。下手をすりゃ自分の命を預けるかもしれねぇ物だってあるし、妥協はできねえんだよ」

「……」


 セランにそう言われると、先輩冒険者からの言葉ということもあって納得させられる隆司。確かにセランの言うことは至極もっともで、冒険者は大抵の場合命を懸けているものだ。


 しかし、隆司はと言えば平和な場所からやってきて、死の危険など感じたこともなければ、スーパーやコンビニで売っている商品に命を預けなければならない状況に陥ったこともない。そのことに改めて気付かされた隆司は、今更ながらにちゃんとセランの買い物姿を見ていなかったことを後悔した。少しは学べることもあっただろうにと思うと、歯噛みしてしまう。


「あぁ、そうだ」


 苦虫を噛み潰したような隆司の表情をどう受け取ったのか、セランは突然声を上げた。そして、隆司が「なんですか」と問う前に、セランは隆司に向けて麻袋を投げてよこしていた。


「うわっ」


 なんとかキャッチに成功した隆司は、セランに「開けてみろ」と言われて麻袋を開く。そこには二つのリングが入っており、一つは指輪ほどの大きさで緑色の宝石が、もう一つは腕輪のようで黄色い宝石がそれぞれ装飾されていた。


「これは……?」


 思わず疑問を発した隆司に、セランが「それはな」と説明をしてくれる。


「指輪の方は『疾風の指輪』って言ってな、装備者の素早さを向上させる。腕輪の方は『大地のリング』、こっちは装備者の防御力を上げる効果がある。お前にやるよ」


 セランの説明に、そして何より最後の言葉に「え」と驚く隆司。それなりに高価そうなものだと感じたが故の驚きだったが、セランの様子からは投げ渡されたそれがどれほどの価値なのかを推し量ることは隆司にはできなかった。


「い、いいんですか?」


 これまでの疲労などどこへ行ったのか、驚愕に震える声でそう尋ねる隆司。その様子に思わず微笑んだセランは、


「いいんだよ。俺の弟子第一号ってことで、記念品とでも思って受け取れ」


 そう言って、大きな声で豪快に笑った。

 セランの何とも太っ腹な行動に思わず惚れそうになった隆司であった。


「じゃあ、ありがたくいただきます」

「おう、ちゃんと装備しとけよ。街中で振り回すと下手すればお縄になる武器や防具と違ってアクセサリーは装備してるだけなら何もお咎めはねぇからな。手軽に身体能力のアップもできて得することの方が多いぞ」


 セランの言葉に、なるほど確かに、と納得する。しかし次いでセランが「ま、それでも武器を振り回すバカはたくさんいるんだけどな」と笑いながら言ったのを聞いて、隆司は笑いごとじゃないと心の中で訴えながら苦笑いを浮かべていた。


「さて、そしたらそろそろ……」

「そうですね、そろそろ行きましょう。時間もないですし」


 セランの呟きにすかさず同調する隆司。時刻はもう夕方で、そろそろ夜のとばりも落ちようかという所だ。とは言え、冒険者ともなれば夜に活動することも珍しくないだろうしと考えた隆司は、今のうちに暗闇の中で動くということに慣れておきたかったこともあり、セランから返ってきた言葉に今日でもう何度目になるか分からない驚愕の表情を浮かべたのだった。


「あぁ、宿に帰らねぇとな。食堂の席がなくなっちまう前に帰りつきてえもんだ」

「はい?」


 思わずと言った感じで隆司の口から飛び出た疑問符は、少しだけ閑散とし始めてきた中央広場に大きく響いたように思えた。

 セランの発した言葉の意味を理解するのに少々かかった隆司だったが、ようやく理解の追いついた頭は付いて行く人を間違えたかなぁ、などと失礼極まりないことを考えていたのだった。


 * * *


 翌日。相変わらず朝に弱い隆司は、おおよそゆっくりとした動作でベッドから這い出るとしばらくの間床の上で死んだように動かなくなった。

 やがて、自分が床の上で寝ていることを自覚した隆司は、未だに半覚醒状態の頭を何とか持ち上げて上半身を起こす。


「ふ、ああぁぁ……ぁあ」


 大きなあくびに合わせて伸びをすると共に睡魔の誘いに乗って上半身を後ろへ倒す。すると、ガスンという鈍い音が隆司の後頭部の辺りから響いた。


「ぐ……っ!」


 頭を抱えて床を転げまわった隆司は、ぴたりと止まるとおもむろに顔を上げ痛みのもとを睨み付ける。そこには何の変哲もない椅子。ただ、たとえ何の変哲もない木造の椅子であったとしても、不意を打って後頭部に喰らえばそれなりのダメージにはなるし、下手をすれば死ぬことだってある。故に隆司はその椅子のことを心底恨めしそうに睨み付けていた。


「誰がこんなトラップを……」


 などと、頭の悪いことを言ってから隆司はようやく思い出した。

 昨夜、ここにはセランがいたのだ。

 買い物を終えて宿に帰るというセランについて行ってみれば、どんな巡り合わせかそこは隆司の泊まっている『月風亭』だった。なんでも宿の亭主であるガーランドとは何度かパーティを組んだこともあり、その縁でかなり仲がいいのだとか。


 嬉しそうにそう語るセランに、自分もここに泊まっているということを話すと、盛大に笑われた。何がおかしいのかと問えば、月風亭という宿はなぜか普通とは少しかけ離れた冒険者が最終的に行き着くのだとか。そう言った後で「ま、ただの噂だけどな」と笑い飛ばしたセランを見て、じゃあ自分はなんなんだろうと考えつつセランの後について月風亭へと帰った隆司であった。


 そして、宿の中に入ったら入ったで、美人女将のアリアがセランを見て「久しぶりだねぇ」とそのまま談笑を始め、その騒がしさに気付いてやってきたガーランドがセランを見るなりヤクザ顔負けの顔をほころばせて歓迎したり、何だったらそのまま宿の客を巻き込んで宴会が始まったり、酔っ払ってきたセランが「俺の初めての弟子だ!」などと言って隆司自身が矢面に立たされたり、そのせいで実は大して飲めもしない酒をぐいぐい勧められた挙句泥酔してぶっ倒れたりと隆司からしてみれば微妙に散々だった。


 そしてその夜、いつの間に運ばれたのかわからないが借りていた部屋のベッドで目が覚めた隆司。ズキズキと痛む頭に手を添えながら辺りを見回すと、窓際で月を見ながら酒を飲んでいるセランの姿を認めたのだ。

 先ほどのことを悪ノリしたと謝るセランはベッドの脇まで椅子ごと移動すると、未だに杯を傾けながらガーランドとの思い出話に花を咲かせ始めたのだ。どこで出会ったとか、最初の印象は微妙だったとか、その頃はお互い自分が一番強いと自惚れてたとかそんなことを延々と話し続けたセランはやがて、コップの中の酒がなくなったのか物足りなさそうに杯の底を眺めると、何かを諦めたように肩を落とした。そして、立ち去る直前、思い出したように「明日は昼から動くぞ」とそれだけ言い残してセランは自分の部屋へと帰って行ったのだった。


 セランが出て行った部屋の中には窓から入ってきた月明かりだけが存在感を増して部屋を照らし、次第に眠気に襲われた隆司はズキズキと痛みを訴え続ける頭を柔らかな枕に埋めて眠りについた。

 そして、現在に至る。昨夜のことを思い出せる限り回想し終える頃には隆司の頭は覚醒しきっていた。


「さて、朝ご飯を食べよう」


 頭が覚醒するにつれて空腹を訴えてきたお腹の要求を叶えるために食堂へ向かう。……前に、昨日セランと買い物していた時に買った服に着替える。布でできた質素な作りの服は、元の世界の服に比べれば肌触りは微妙だったが着心地そのものは悪くなかった。

 着替えを終えた隆司は階段を下りてカウンターの前を通過しようとして、ふと思い出したように慌てて食堂とは逆方向へと曲がる。


「危ない危ない。まずは顔を洗ってさっぱりしよう」


 呟いて、そこから少し行ったところに存在する裏口へ。裏口の近くに備え付けられた棚にはいくつかの綺麗なタオルが置かれており、客はこれを自由に使っていいのだとか。例えば隆司のように起き抜けに顔を洗ってさっぱりしたい時に使うとか、急な雨に降られて濡れてしまった体を拭きたい時など、裏口には常に清潔なタオルが置かれているので意外と助かるのだ。


 タオルを一枚取って裏口から外へ出ると、そこには水を汲むために設置された井戸があった。釣瓶で水を汲んで近くに置いてあった木桶に水を移すと隆司はしゃがみこんで水がなみなみと張られた木桶に両手を突っ込んだ。


「冷てぇ……」


 地下から汲み上げた水はキンと冷えていて少し痛いとすら感じる。隆司は意を決したように両手で水をすくうと顔面に叩きつけるようにして顔を洗った。あまりの冷たさにわずかに残っていた眠気も残らず吹き飛ぶ。すぐさまタオルで拭いて水気を取って、


「これでよしっ」


 気合一声。頭もすっきりしたし、これで朝食の間に眠気を感じることはないだろうと思う。

 裏口に戻って使用済みタオルを専用のかごに入れ、空腹を訴えるお腹の指示通りに食堂へ向かった。

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