第10話 ロズワール武具店
隆司とセランが逃げるようにしてやってきたのは、ニルドネの街の中央広場からやや東よりの商店通りだった。
隆司がセランのもとで稽古を付けてもらうにしても、鎧どころか武器も装備していないのでまずは装備を揃えようということになったのである。
「ってわけでリュウジ、どんな武器が使いたいとかあるか?」
問われ、
「いや、どんな武器があるかもよく知らないので……」
と答える隆司。
その答えに「そうか」と呟くように言ったセランは、次いで、
「じゃあ、今までどんな武器を使ったことがある?」
と二つ目の問い。
しかし隆司はと言えば、どこか申し訳なさそうな表情で、
「……そもそも武器を持ったことが無いです」
と言う始末。
「なんだ、今までは素手で戦ってたのか。それで武器を持ってなかったわけだ。最初からそう言えよ」
隆司の言葉をどう受け取ったのか、盛大な勘違いをしてしまっているセラン。隆司がちらりとセランの顔を伺うと、その顔は無邪気なまでの喜びが満ち溢れているように見えた。どうやら弟子をとったことがとても嬉しいようで、さっきから何を教えようかとか、着々と隆司育成計画を立てているような状態だ。
しかし隆司は、セランの喜色満面の顔を見て心苦しく思いながら、その言葉を口にする。
「あの、俺、今まで喧嘩の一つもしたことありません」
「……お、う?」
ワクワクとした笑顔から一変、セランの顔は苦笑なのか驚愕なのかよくわからない表情を浮かべていた。しかし、さすがにそこはベテラン冒険者なのか、すぐに気を取り直して三つ目の質問を繰り出した。
「ってーと、お前は戦いに関しちゃまるで素人ってことか?」
「う……すみません」
セランの問いかけになぜか謝ってしまう隆司。なんとなくセランの期待を裏切ってしまったような気分になってしまったのだが、どうやらそれは隆司の思い過ごしだったようだ。
何を言ってんだというような顔で「謝る必要ねぇよ」と言ったセランは、続いて「そうかそうか」と妙に納得した様子で頷いていた。
「よし、それじゃあ、とりあえずここに入るか」
本当にとりあえずと言った感じでセランが指差したのは『ロズワール武具店』という店だった。
木製の扉を押して中に入ると、扉に備え付けられていたベルがチリンチリンと来客を知らせる。
しかし、こじんまりとした店内からは何の反応もない。入口からでも見えるカウンターには誰一人いないし、それどころか人の気配が全くしない。留守かと思うと同時に不用心だなと思った隆司だが、一緒に入ってきたセランは馴染みの店だったらしく、足早にカウンターへ向かうとカウンター越しに大声を張り上げた。
「おーいっ、ロッズのじいさん! いねぇのかーっ」
店内どころか表の通りにまで響いたんじゃないかと思うほどの大声で店の奥に呼びかけたセラン。
すると、
「うるせぇな! こっちは武器打つのに忙しいんだ! 中断させんじゃねぇ、小僧が!」
セランにも負けず劣らずの大声を出しながら、店の奥から店主らしき男が姿を現した。隆司の胸の辺りまでしかない小柄な男。しかしかなり鍛えられているらしいその体はまるで岩を思わせる硬質な筋肉のおかげで隆司より一回りも二回りも大きく見える。顔は髪とひげで覆われ、その奥から覗くグレーの瞳は爛々と輝いていた。
「……ドワーフ族?」
「あ? いかにもそうだが……なんだこの小童は」
隆司の呟いたその言葉でやっと隆司に気付いたのか、不機嫌そうな目で隆司を睨み付ける店主。その目に一瞬後ずさりしかける隆司だったが、その前にセランに腕を取られてドワーフ店主の目の前に引きずり出された。
「おう、コイツはリュウジってんだ。今日から俺の弟子になったんだよ」
早口でまくし立てたセランは、ドワーフに睨まれてうろたえている隆司に「な?」と同意を求める。
「あ、は、はい。よろしくお願いします」
「ほう……セランの小僧っこが弟子とはなぁ」
慌てて頭を下げた隆司を見ながら、ドワーフ店主は感心したような吐息を漏らした。そして隆司のことを上から下まで観察し終えるとセランの方に視線を移動させる。
「どういう心境の変化だ? まだ未熟な自分に弟子はいらねぇ、じゃなかったのか?」
ドワーフ店主がセランに向けて放った言葉に、隆司はようやく顔を上げた。その言葉に「そうだったのか」と考えながら、二人の会話を聞く。
「いや、そんなの弟子とるのがめんどくさいって本音を隠すための建前に決まってるだろ」
「はんっ。だろうな。だが、それを弟子の目の前で言ってもいいのか?」
「構わねぇよ。コイツは面白いからな、退屈はしなくてすみそうだ」
「ほぉ、小僧にそこまで言わせるほどか? 普通の小童にしか見えねぇが……?」
ドワーフ店主とセランが二人一緒に隆司の方に視線をやった。突然自分の方を向いた二人に一瞬かなり焦った隆司だったが、先ほどのように睨まれているというわけでもなく、むしろドワーフ店主は感嘆の表情を浮かべて再び隆司を観察していた。やがて、隆司のことを存分に観察したのか、ドワーフ店主は目を閉じて一つ息を吐くと、おもむろに隆司へと手を差し出した。
いきなり手を差し出されて理解の追いつかない隆司だったが、ドワーフ店主の放った言葉でその意味を理解する。
「わしはここで武具店をやっておるロズワールという。見ての通りドワーフだ。よろしくな」
あ、とドワーフ店主ことロズワールの意図に気付いた隆司は自分の右手をロズワールの右手に重ねた。ぐっと力強く握られた右手に思わず「うっ」と情けない声を出してしまった隆司だが、次の瞬間ロズワールが「がっはっは」と大きな声で笑ったので隆司の呻き声は誰にも聞かれなかったようだった。
気難しそうな見た目に反して意外と親しみやすい性格のようで、突然笑い出したのにはびっくりした隆司だが「まぁ、なんとかやっていけるかな」とこれからもお世話になるであろうロズワールに笑みを返した。
そんな時、セランが思い出したように「あ」と声を上げる。
その声を聞いたロズワールは気持ちよく笑っていたのを邪魔されたようで、「あぁ?」とセランを睨み付けて見せる。
しかし、そんな視線などお構いなしで、セランは話を進めた。
「まぁ、そう睨むなよ。でだ、ロッズのじいさん。リュウジに初心者用の剣を都合してほしいんだが、どうだ?」
セランの言葉にロズワールは「ふむ」と一つ唸る。次いで今一度隆司の方を見ると、にっと口の端を歪めた。
「いいだろう。初心者用の装備一式タダで都合してやる」
「おぉっ、ホントか! それは助かる」
ロズワールの言葉に嬉しそうにガッツポーズして見せたセラン。しかし、ロズワールが続けた「ただし」という言葉を聞いてその顔はぴしりと凍りついた。
「セランの小僧にはわしが新しく作った武器のモニターをやってもらおう。今回のは自信作だ」
そう言ったロズワールは小さくも大きな体を揺らしながら駆け足で店の奥――恐らく工房があるのだろう――へと消えていく。
それを見たセランは辟易したように肩を落とし、大きなため息をついていた。
「はぁ……、今回のはまともなんだろうな……?」
そんなに変なものを作るのだろうかとかなり興味を引かれた隆司。どんなものが出て来るのだろうと好奇心を高めて待つこと数分。工房から出てきたロズワールは2本の剣と、1着の皮鎧を持って出てきた。恐らく2本のうち1本の剣と皮鎧は隆司に都合してくれるという初心者用装備だろう。となると、ロズワールが持っているもう1本の剣は……。
「それが新作か?」
セランがロズワールに尋ねた。すると、ロズワールは大きく頷いて抜身のままのその剣をカウンターの上に置いた。
普通の剣よりやや長いと思われる両刃の刀身は光沢のある漆黒、幅は10センチに満たないが決して細くはない。それなりに肉厚な刃からは圧倒的な存在感が滲み出ているのが触れなくても理解できた。
その剣は誰から見ても業物と呼べる逸品であった。剣に関して素人の隆司ですら、この剣からただならぬ雰囲気を感じ取ったのだからその点は疑うべくもないだろう。
「おいおい、魔剣とか妖刀の類じゃねぇだろうな」
セランはつばを飲み込みながら絞り出すように呟いた。確かに、深い黒の刀身は一見しただけでは怪しくも見える。ただ、その剣からは禍々しさは一切感じられなかったのも確かだ。
「馬鹿を言うんじゃねぇ! ……銘を《黒き王》、この辺じゃ珍しいゾルカ鉱石をふんだんに使った作品だ。そのおかげでこの妖しくも美しい漆黒の刀身になった」
「ゾルカ鉱石か……それなら納得だ」
ロズワールの自信に満ちた紹介に、セランが《黒き王》と呼ばれた漆黒の剣をとってそう言った。隆司としても剣の美しさについては大いに同意するところだ。しかし、今の隆司としては先ほどから話に出ている『ゾルカ鉱石』という物への興味を満たすことの方が優先度は高かった。
「あの、ゾルカ鉱石ってなんですか?」
隆司の突然の問いに答えたのはロズワールだ。離れた場所に移動して試しに剣を振り始めたセランを横目に見ながら、隆司にゾルカ鉱石について教えてくれた。
「ゾルカ鉱石ってのは、とてつもなく軽い鉱石でな。それでいて下手な鋼よりも硬ぇんだ。《黒き王》を見りゃわかると思うが、この鉱石で作った武具は夜の闇みたいな漆黒になる。最近じゃ帝国製の武器は殆どがこのゾルカ鉱石でできてらぁ。ただな、硬い分砕けやすい。それに、どれだけ耐熱加工しても温度の変化に弱くてな、火山とか極寒の地で運用するのには向いてねぇ」
「へぇ」
意外と丁寧な説明をしてくれたロズワールに感謝しつつ、隆司はセランへと視線を移す。見れば、素振りし終えた直後のようで剣を見ながら「まぁ、うん」と何を思っているのか微妙な感じで頷いていた。
その様子を見ていたロズワールが真剣な顔でセランに尋ねる。
「どうだ?」
と一言。するとセランは、なぜか苦笑いしながらこう答えた。
「いやぁ、バケモンみてぇな剣だぜ、これ」
「ふん。当然だ」
セランの言葉に憮然と返したロズワールだったが、その顔はどこか嬉しそうだ。隆司は、これがツンデレってやつか、などと全く関係のないことを考えて一人頷いていたが、幸い(?)にも二人には見られていなかったようで突っ込まれることはなかった。
「ただ、今一つ使いきれてねぇ気がするんだが……これはなんでだ?」
セランの言葉に隆司は首をかしげる。そして、さっき素振りを終えたセランがしっくりこないという感じで頷いていたのを思い出す。
それを聞いたロズワールは今度は隠そうともせずに嬉しそうな顔をして見せた。
「おう、やっぱり分かっちまうか。さすがだな」
「いや、そういうのはいいからよ」
もったいぶるように笑みを浮かべるロズワールを急かすような視線を送ったセラン。その視線を受けてロズワールは「せっかちな奴だ……」といったような表情でため息をついた。どうやら、タメにタメてからドドーンと発表したかったようだ。
「《黒き王》にはな、ゾルカ鉱石以外にもある素材を使ったんだ。この辺はおろか最近じゃ滅多にとれねぇだろう素材をな」
「だからもったいつけるなっての。なんなんだよ、その《とある素材》ってのは」
「聞いて驚け、かの傲慢な簒奪者、搾取の大公、闇夜の王――《ヴァンパイアキングの心臓》だよ」
ロズワールが嬉しそうに語った《とある素材》の名を知ったセランはあまりの驚愕から《黒き王》を取り落しそうになる。しかし、すんでのところで慌ててその柄をしっかり掴み直し、何度目になるか、その剣身を凝視した。
「ヴァンパイアキングの心臓……そんなものが……」
目を瞬かせながらあまりにレアな素材を使った《黒き王》に視線を向けているが、よほど驚いたのか顎が外れるんじゃないかと思うくらいに口を大きく開けてぽかんとしていた。
しかし、そこに水を差すのが異世界人・百地隆司である。
「あの、その《ヴァンパイアキングの心臓》っていうのはなんですか?」
「「……」」
隆司の問いにセランとロズワールが程度の差違はあれど呆れたような顔をした。
「お前、《ヴァンパイアキングの心臓》を知らないのか?」
などとセランから逆に聞き返されるありさまだったが、知らないものは知らないのだ。だから素直に「はい」と答えるより他になかったし、そもそも隆司としては自分の中で跳ね回る大きな好奇心をなんとかなだめようと必死で、その為なら誰から呆れられようと知ったことではなかった。
「まぁ、滅多に出回るような素材でもないんだ。小童が知らんでもしょうがないだろう」
未だに呆れたような色を残す顔でそう言ったロズワールだが、どうやら説明をしてくれる気はあるようで、カウンターの向こう側にある椅子に腰を掛けるとまるで昔話でも語るようにゆっくりとその口を開いた。
「《ヴァンパイアキングの心臓》というのはな、夜の一族と呼ばれるヴァンパイアの頂点にまで上り詰めた最も強いヴァンパイアの魔力の核――魔力の結晶のことだ。だから別にホントに内蔵を抉ってるわけじゃない。だがな、ヴァンパイアってのは魔族の中でもかなり高位の存在でなぁ。倒すのが難しいからその素材が出回ること自体滅多にないんだ。それも心臓なんて珍品中の珍品よ」
いやぁ、運が良かった。と締めくくったロズワール。話を聞いて《ヴァンパイアキングの心臓》については何となくわかったものの、今度は「魔力は結晶化するものなのか」と新たな疑問が生まれた隆司。
しかし今の空気の中、質問攻めで場を壊すほど空気が読めないわけではない。隆司は新たな疑問をとりあえず保留にしておくことにして、説明をしてくれたロズワールに「ありがとうございます」と頭を下げた。
「さて、……だが肝心なのは素材じゃねぇ。その素材を使って、どういう理由で使いきれてないと俺が感じたかが問題だ」
そう言えば、と隆司は本題を思い出す。話を本筋に戻したセランとしても、あまりにも珍しすぎる素材が使用されたと聞いてすっかり頭の中から消えていたようだが。
「あぁ、そうだったな。その剣、《黒き王》は《ヴァンパイアキングの心臓》を使ったことでとある特殊能力を持ってるんだ」
「特殊能力?」
「あぁ、刀身に触れた魔力を吸収し、蓄積し、解放する、という能力をな」
「――げッ! ……っはーぁ、そりゃ大層な能力だ」
「ま、数回の素振りだけでそれに気付いたお前さんも大層なモンだがな」
驚くセランを横目で見ながら褒めたロズワールは、「前は剣の良し悪しも分からん生意気な小僧だったのになぁ」と昔を思い出して目を細めていた。
「で、この剣のモニターをやれと……いいのか? いつもと同じ条件だろ?」
セランが困ったような顔をしながらロズワールに尋ねた。
あれほどの剣だ。試験運用のためとは言え、それを振るえるのは剣士としてかなりの誉れだろうと思った隆司。しかし、それはセランにとっては違うのだろうかと疑問が渦を巻き始めたその時、ロズワールの放った驚愕の言葉に、隆司はセランの困惑を納得せざるを得なかった。
「あぁ、いつも通りだ。その剣の使い勝手や感想さえ聞かせてくれれば、その剣は報酬として小僧、お前にくれてやる。小僧ほどの剣の腕なら《黒き王》を腐らせることはないだろうしなぁ」
その言葉は確かに驚きだ。そして、セランが困惑したように「いいのか」と尋ねた理由も隆司は察した。セランを信頼しているからということもあるのだろうが、それでもただ試し斬りに付き合ったというだけで《黒き王》ほどの剣を報酬としてあっさり他人の手に渡す。それは異世界人の隆司から見ても明らかに見合っていない報酬だ。
しかし、当のロズワールはと言えばそんなことは全く気にしておらず、まるで息子の旅立ちを前に感慨にふける父親のような優しげな表情でセランの持つ《黒き王》を見やっていた。
その姿を見た隆司は、ロズワールと《黒き王》、その間にとてつもない絆を感じた。或いはただの錯覚かもしれないが、何となくその絆を「いいな」と思ってしまったのだから、それは錯覚ではないのだろうと考えておく。
「まぁ、ありがたく貰っとくよ。ちょうど今度大きな討伐作戦があるしな」
「討伐? 東の森のゴブリンどもか?」
「あぁ、さすがにもう静観してる場合じゃなくなったからな。王都が動かねぇなら自分たちで何とかするしかねぇ」
「そうか。やはり王都の騎士どもは動かんか。……クソッたれめ」
ロズワールが毒づいたのを見てセランは「いつものことじゃねえか」と宥める。しかしロズワールはいら立ちを隠そうともせずに「ふん」と鼻を鳴らして返事をするとそっぽを向いてしまった。そんなロズワールの様子に肩を竦めたセランは隆司に苦笑いして見せた。
「……ん? もしかして、小童、お前さんも討伐作戦に参加するのか?」
ふと気づいたようにロズワールがそう尋ねる。
「はい、そのつもりです。それでセランさんが稽古を付けてくれることになったんです」
「なるほどなぁ、こいつぁ確かに面白いかもしれんなぁ」
隆司の答えを聞いたロズワールは何を思ってのことなのか、呆れたような表情をした後本当に面白い物を見たというようなにやにやとした笑みを浮かべた。
隆司は、面白いと言われてもその理由がわからないので首をかしげるしかないのだが。隆司の釈然としてない表情を見て察したのか、ロズワールは椅子から腰を上げてから口を開く。
「大規模討伐作戦に初心者装備で挑もうなんて奴は、もう笑うしかないと思うが?」
毛むくじゃらの顔が笑い声を押し殺して震えている。やがて、堪え切れなくなったのか、ロズワールは「くっくっく」っと小さく笑いながら工房の方へと消えていった。
「……」
言われてみればそうだ。三日で何が変わるかはわからないが、それでも多少マシになるという程度でセランのように一騎当千の働きができるはずはない。その上装備までショボいのなら、なぜ大型討伐作戦に参加するのか、その理由が理解できないだろう。経験を積むためにしたってそんな大規模な作戦でなくてもいいはずだ。
「俺……もしかして場違いですかね」
先ほどギルドで見せた弱気の虫が再び鎌首をもたげた隆司。しかし、それを一刀両断したのはまたもやセランであった。
「知らねぇよ。そう思うなら、これからの稽古を死ぬ気でやれ。今度の作戦でお前をまともに戦えるようにするために俺が稽古を付けてやるんだからな」
こと隆司に至ってはどうにかなるという確信めいた思いがセランにはあった。それはただの勘みたいなものだったが、長年の経験から培われた自分自身の人を見る眼を、セラン自身が疑う余地はなかった。
リュウジは必ず何かただならぬものを持っていると、セランは感じていたのだ。
「はい」
セランの言葉をゆっくりと咀嚼した隆司はもう一度確かに決意して静かに頷く。それを見たセランも満足げに大きく頷いて、にっと笑顔を見せたのだった。
「話はまとまったか?」
隆司が再び決意を固めたころを見計らったようなタイミングでロズワールが声を掛けた。
隆司が声の方に視線を向けてみるとどうやら工房から出てきたところのようだった。その手には先ほどとは違う剣と鎧を持っている。
大柄な体を揺らしながらカウンターの方へと歩を進めるロズワールは隆司に向けてこう言った。
「こいつを持ってけ」
短い言葉と共にカウンター上に剣と鎧が置かれる。両方ともさっきとは違うもののようだが……。
「さっきのは正真正銘の初心者用装備だったがな、これはちと違う。性能はそこまで変わらんが、それぞれ特別な素材を使って作ってあるからな。剣には攻撃力を、鎧には防御力を上げる特殊効果が備わっとるんだ」
「へぇ、すごいですね。……そんなものタダで貰っちゃっていいんですか?」
「あぁ、初心者用の装備は在庫が余っとるからな」
「そうなんですか。それじゃあ、ありがたく使わせてもらいます」
ありがとうございます、とロズワールに頭を下げた隆司。それを見て、ロズワールは隆司に「頑張れよ」と激励の言葉を贈った。
「よし、じゃあ、そろそろ次行くか」
セランが《黒き王》を鞘に納めながら隆司に声を掛ける。刀身と同じ色の鞘は、先ほどは持っていなかったので恐らく隆司がロズワールと話をしている最中に店内で適当なものを見繕ったのだろう。
「あ、はい」
と隆司が返事をしたのを確認したセランは、ロズワールに「またな」と短く挨拶をして店を後にした。そして、隆司もセランと同じようにロズワールに挨拶をしてロズワール武具店を後にしたのだった。