第0話 始まり 1/2
初めましての方は初めまして。
そうでない方はこんにちは。
改訂版じゃない方から読んでくださってる皆さまには感謝で頭が上がりません。
あと、なにぶん遅筆なものですから、かなりお待たせしまくりまくりで申し訳なくて頭が上がりません。
例えどれだけの時間がかかっても『目指せ完結!』なので末永くお付き合いいただければ幸いです。
耳が痛いほどの静寂の中に彼らはいた。
その数は二十人余り。決して少なくはない人数だが、その部屋には二十人が入ってもまだスペースが有り余っていた。
魔法の光によって照らされた部屋はそれでもなお薄暗く、彼らの素性をうかがい知ることはできない。いや、例えその場が光で満たされていても、彼らの素性は分からないままだろう。なぜならばその部屋の中にいた全員がなにがしかの方法で顔を隠していたからだ。ある者はフードを目深まで被り、ある者は仮面をし、またある者は魔法の力によってその姿を変えていた。
誰一人としてお互いの素性を知らぬ異様な空間。
しかし、彼らにとってそんなことは些細な問題だった。この場にいる全員が同じ思いを持った同志であることを彼らは知っているからだ。
顔が見えない程度のことで今更どうということはない。
部屋の中を照らす光は、これから事を起こすために必要な『魔法陣』を描くのに支障が出ない程度にあればよかった。
「……まだか」
一人の男が苛立ち紛れに呟いた。黒いフードを目深にかぶったその男の視線の先には部屋の石畳の上に細緻な魔法陣を描く同志たちの姿がある。
あまり時間がないこともあり、黒フードにはその動きがひどく緩慢に見える。それが彼の苛立ちに拍車をかけているのは明白だが、こればっかりはどうしようもないのだ。小さなミスすら致命的な誤差になりかねない。焦って描いてもいいことは何一つないことは黒フードも知っていた。
だからこそ、大きな焦りを隠せない黒フードは、トントントンと靴で床を叩いてどうしようもない苛立ちを表していた。
「もう少し待て。あとは仕上げだけだ」
体中に包帯を巻いた男が黒フードを諭すように静かな声で言った。
その言葉に思わず反論しそうになった黒フードだったが、今回の作戦の要である魔法陣の作成に於いて、その大役をほとんど一手に引き受ける包帯の男の言葉には押し黙るしかない。
「とにかく早くしろ。ここを軍に嗅ぎつけられるのも時間の問題だぞ」
包帯の男に急かすような声で言った黒フードは、先程からしきりに頭上を気にしている。
そんな黒フードの様子を見て二人の同志が口を開いた。
「ここは地下にあるのよ? そう簡単には見つからないわよ」
「そうそう、だからちっとは落ち着けって……みっともないぜ?」
「なんだと……っ」
仮面を付けた女とサングラスをかけた男の言葉に黒フードは静かに怒りをあらわにする。すると、それに呼応するかのように黒フードの周囲に燐光が立ち上った。
「ちょ、待てって。こんなとこでそんな魔法使ったらシャレにならねぇでしょうよっ」
黒フードの魔法の気配にサングラスの男が慌てたように制止する。よく見ればサングラスの男以外の面々も一様に黒フードを止めるための行動を起こそうとしていた。
その時、
「できたぞ」
包帯の男が低く声を上げた。魔法陣が完成したことを知らせる言葉に、それまで一触即発だった空気が弛緩していく。それほどまでに、彼らにとってこの魔法陣、延いてはこれから彼らが行おうとしていることは重要なのだ。
「いよいよね」
「あぁ、あとは『召喚』するだけだ」
冷静さを取り戻した黒フードの『召喚』という言葉に、同志たちはそれぞれが反応を見せる。
「これで、この国を救える……っ」
「その通りだ。腐りきったこの国を、苦しみに喘ぐ民たちを救うのだ」
一人、また一人と、同志たちが万感の思いを込めて言葉を紡ぐ。
「さぁ、始めるぞ」
同志たちの言葉を聞きながら、黒フードの男は魔法陣に手をついた。そこから、ゆっくりと魔力を流していく。魔法陣を起動するためのエネルギーである魔力を魔法陣に充填するのだ。
「同志たちよ。魔法陣に魔力を」
黒フードは周囲の同志たちに視線をやりながらそう促した。
「ほ、本当にやるんだよな……」
震えの混じった声。黒フードが声の方を振り返ると、そこにいたのは同志たちの中でも一際大きな男だった。黒フードは「何を今さら」と呆れながら大柄な男を睨み返す。
「当然だろう。我々はやらねばならんのだ。この国を救うために、民を救うために……『異界』から救世主を召喚するのだ。貴様もそれは納得していたはずだろう」
厳しい口調で言い放ち、大柄な男に「早くしろ」と目で訴える。
それでもなお逡巡していた大柄な男だったが、鋭く睨み付けてくる黒フードに気圧されるようにして魔法陣に魔力を送り始めた。
やがて、魔力の充填作業の終わりが見えてきた頃、それを見計らったかのように同志たちの頭上が騒がしさを増していく。
「ちっ、軍の連中に気付かれたみたいだな」
サングラスの男が頭上を睨みながら吐き捨てるように言った。周囲にいた同志たちも同じように頭上の様子を気にかけ始める。
「まったく、もう少しで事が成るというのに……戦うことしか頭にない連中は待つということを知らんらしい」
黒フードが心底忌々しそうに呟いた。辺りに重く響いたその声には表しようのない憎悪が含まれていることを他の同志たちは知っている。彼らもまた、黒フードと似たような思いを、その胸の内に秘めているのだ。
徐に、仮面の女が立ち上がる。
「あたしが時間を稼いでおくわ。あたしは皆ほど魔力を貯められないからね」
「僕も行こう。魔法陣を描くという大任は果たしたが、ここでこの策が折れるのも癪だ」
仮面の女と包帯の男が続けて言った。
もう少しで魔力の充填が終わるという時に邪魔をされるというのは一番避けたいことだっただけに、二人の提案は非常に喜ばしいものだ。
黒フードは二人にうなずくと、言った。
「少ししたら私も行く。すまないが、少しの間頼んだぞ」
「ふふ、分かったわ」
妖艶に微笑んだ仮面の女は、包帯の男を伴ってこの部屋に続く唯一の扉へと向かった。
二人が部屋を出て幾らもしないうちに、戦闘音が響く。
部屋の緊張感が一気に高まるのを感じながら、黒フードは部屋に残った同志たちを見回しながら言った。
「さぁ、我々は我々の務めを果たすぞ」
黒フードの言葉で自分たちの今すべきことに意識を向け直した面々はとにかく魔法陣に魔力を注ぎ込み続ける。
やがて、一人、またひとりと部屋の外へと足を向ける同志たち。魔力の充填を終えた者たちは、魔法陣を守るべく自らの意思で武器を取り、戦場へと赴く。
「もう少しだ……!」
ようやく叶う。皆の願いが。
そんな喜びの思いも束の間、部屋の扉が蹴破られる音と同時に放たれた大音声が黒フードたちの鼓膜を震わせた。
「そこまでだ逆賊ども!」
声と共に何人もの兵士たちがなだれ込むように部屋に突入してくる。
鎧同士のぶつかる耳障りな金属音に顔をしかめながら、黒フードは素早く敵の兵力を分析する。
一番前に見える大きな盾で武装した兵士たちは、恐らく遠距離魔法を防ぐために連れて来られたのだろう。その後ろに控える魔法兵たちの何人かが詠唱を開始しているのも見える。歩兵も数人見て取れるが数で押すというほどの人数でもない。
戦術も戦略も何もない。大盾兵の向こうから魔法を撃ち続けて相手を一方的に蹂躙することを目的としているだけの、ただただ無様な力押しだ。
「くそがっ、あとちょっとって時によぉ!」
サングラスの男は毒づきながらその身を翻す。そして、たった今扉を蹴破って入ってきた乱入者達に飛び掛かった。
サングラスの男は残り少ない魔力を振り絞り、魔法を発動させる。それを合図に、彼の周囲の空気が震え、兵士たちを襲う。
彼が扱う中でも最も簡単な「圧縮した風圧を叩きつける魔法」を受けて、部屋に入ってきた兵士の約半数が吹き飛び、壁に叩きつけられた。ほとんど魔力を使いきった状態でここまでの反撃ができるとは思っていなかった兵士たちは、想定外の反撃に二、三歩後ずさる。
しかし、次の瞬間には体勢を立て直した兵士たちが、一斉に部屋の中心へと突撃を開始した。
それを見て、サングラスの男は悔しそうに表情を歪める。
「ちぃっ、足止めにもならなかったか……っ」
確かに、彼の行動によって敵の動きが止まったのはほんの数秒のことだ。とても『足止め』できたとは言えないだろう。
だが、そんな中で唯一黒フードだけは余裕綽々に口の端を歪めて見せていた。