机上の空論
――ふとした瞬間陥る、希望論。
ポキッ、とシャーペンの芯が折れる音がして黒板を写す手が止まった。それと同時に写しきれていない部分が教授の手によって消された。この教授の話はとても面白いのだが、少々文字を消すスピードが速いことが難点だ。
「やば……。綾子、書けた?」
急いで小声で隣に座っている友人に話しかける。
「バッチリ。後で見せるね」
「ありがと、助かる」
どういたしましてと言うように、綾子は左手を軽く振り、また黒板の文字を写し始めた。
私もまた黒板の文字を写し始める。だが、チラチラと彼女の真剣な横顔に目が行く。ダメだなぁ、と思いつつもこうなると頭の中は隣の彼女のことでいっぱいだ。
ふとした瞬間、いつも願ってしまう。
もしも、彼女が私を愛してくれたらって。
そしたら、この荷物1つ分の距離は縮まるかもしれない。私がドジだからと、服の袖をつかむことを許してくれている彼女が、手を繋ぐことを許してくれるかもしれない。
デートだったたくさんできるだろう。何気ないことが嬉しくって楽しい、毎日がキラキラと輝いて……きっと素敵なんだろう。キスやセックスをしたいとは思わない。……今のところは。ただ、一緒にいたい。
いつもこのクールにカッコいい彼女に助けられてるんだ、少しくらい支えたい。弱いとこだって見せてほしい。……うまく慰めれるか、アドバイスできるか分からないけど、それでも力になりたいんだ。彼女の隣で、恋人として。
でも、それは同性の私には無理な話で、何よりも――
授業終了のチャイムが鳴った。
はっと、現実に戻り慌ててノートを鞄にしまう。
「ユキ、あの後もぼーっとしてたでしょ」
先に教室をでた綾子に追いつくと、彼女が振り向きざまにそう言ってデコピンをしてきた。
「へ? あ、うん……ごめん」
私より背の高い彼女のことを少し見上げて謝る。
「もう、後でノート見せるから。次からはしっかりね?」
ユキは可愛いんだからーっと、彼女は言いながら私の横に並び、歩幅をあわせて歩いてくれる。
そういう小さな行動や言動が私の心をドキドキさせる。格好いい。
「綾子ー」
「あ、ちょっと待って! じゃあ、ユキ、またあとで!」
そんな幸せな時間は、一瞬で消えた。
綾子には彼氏がいる。この大学で知り合った、とても素敵な男性。
彼と彼女が仲睦まじく手を握って歩くのを、見つめることしかできない。
同性の私には彼女と付き合うことは無理な話で、何よりも彼女には彼氏がいる。
ぎゅっと自分の服の袖を握る。私には、この想いを彼女に伝えることはできない。
「愛してる」
そうつぶやく言葉は、いつも小さくて聞き取れない独り言。
もしも、彼女が私を愛してくれたら……。
それは、私の叶わない机上の空論。