結合
「なにやら、不穏な空気が……」
私はネット通話で話す。
とはいっても、後ろを振り返っても、誰もいない。
横を見ても、斜め下を見ても、誰もいない。
当然だ、私の自室には、私しかいない。
それ以外、いてたまるものか。
彼氏とのネット通話も楽しいが、こうなってしまっては、なにやら不安なままであろう。
「ごめんね」
そう私が彼氏に言うと、通話を切断する。
そして、椅子から立ち上がった瞬間、めまいがする。
立ちくらみのようだ。一瞬の出来事ではあるが、しゃがみ込む。
「さあ、御手を」
白手袋をつけた、凛々しい口調の男性が、私の目の前に手を差し出す。
「ありがとうございま……」
手を掴み、そこで考える。
私の部屋には誰もいなかったはずだ。
では、この手は誰だ。
恐る恐る顔を前にあげると、片眼鏡、シルクハット、燕尾服の紳士がいた。
後ろにある手には、金色のステッキが握られている。
「お嬢さん、立ちくらみですかな?」
「え、……」
思わず何も言葉が思い浮かばない。
ああそうか、頭が真っ白になるのはこういう感覚のことなんだ。
そう納得すると、グイッと引っ張られる。
周りは確かに私の部屋だ。
「申し遅れました。私、あなたの道先案内人です」
「え、なにそれ」
私は、理解の範疇を超えていて、素で聞き返す。
「いやいや、今は分からなくても結構。後々分かることでしょう」
そう言うと、思いっきり、私の部屋の扉を開けた。
バァッと、風が部屋を吹き飛ばす。
まるで夢でも見ているかのような光景だ。
「そう、夢かもしれません。でも、それが現実とあなたが信じれば、それは夢であろうと現実になるのですよ」
そこには、たくさんの道が見える。
「どれもが正解で、どれもが不正解なのです。あなたが正しいと思う道を、歩みなさい」
道先案内人と名乗る紳士は、私の未来を見せてくれた。
今の彼と別れて悲嘆にくれる未来。
別の誰かと結婚する未来。
子供が生まれて幸せな未来。
超大金持ちになる未来。
国会議員になる未来。
彼氏と大喧嘩して、刺される未来。
その他いっぱいの未来がある。
「さあ、あなたなら何を選びますか?」
そこで、夢みたいな世界は終わり、気付けば再びパソコンの前に座っていた。
ネット通話を楽しんでいて、立った直前へと。
未来はたくさんある。
ここから何を選ぶのかは、私次第。
それだけしか覚えていないけど、きっとそれでいい。
この道で正解なんだ。
「ねえ、結婚しない?」
気付けば、私は彼にそう言っていた。