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死神の宿るBAR

作者: 安西雄治

※短編の課題文より


「自殺しようとしている女学生にでくわした」

「いらっしゃいませ」

 カランカランとドアに付いている鈴の音が客の来店を告げた。その音に反応して、反射的にその言葉が出る。そして、どんな客が来たのかも気になって見てしまう。男なのか女なのか、年齢はどれぐらいか、普段は何をしている人なのか……。店の店主をやっていると、毎日の経営に追われて、外の世界をじっくり見ることができなくなってしまう。この仕事では、外からやって来る客が、唯一外と繋がる手段となっている。

 いま入ってきた客は、明らかに場にそぐわない客だった。

店内にいるまばらな他の客達の注目を一斉に浴びたが、それも一瞬のことで、すぐに元の状態へ戻っていく。

 その客は、周りに目もくれずまっすぐにカウンター席の、それも私の前にやってきた。

「……お客様、当店は未成年者のご利用はご遠慮頂いております」

 私はグラスを磨きながら、場に不似合いな客に言った。

 すると、“彼女”は、死神の絵が描かれたカードを私に差し出してきた。

 私はそれを受け取りながら、眉をひそめ、こう答えた。

「なるほど……。そちらをご利用希望のお客様でしたか。失礼いたしました……」

 私は続けて言った。

「……本題に入る前に、お名前をお教えいただけますか?」

 思いつめた表情をした少女は、かすれたような小声で、小早川いぶきと名乗った。慣れない場所に来て、まだ緊張しているのかもしれない。もちろん一番の理由は、それではないのだろうけど。

 彼女はゆっくりとカウンター席の椅子に座った。

 一目見て、未成年だとわかったのは、学校の制服を着ているから。未成年でBARみたいなところに来る場合、普通、自分の身分を隠そうとするものだが、今目の前にいるこの子は違った。それは、酔うことを目的に来たわけではないことを意味していた。最初に店にこの子が入ってきた時に、薄々“そっち”のお客さんだと勘づいていたが、的中してほしくはなかった。どっちみち、“そっち”目当てだとしても、未成年者はレアケースなのだけど……。

 私のBARには、たまに未成年の客が来ることはある。背伸びしたりカッコつけたい年頃だから、ほんの1,2年すら待てない、いや、飲んだらダメだと言われてるからこそ飲みたくなってしまうのだろう。チャラ付いた男が群れてやってきたり、まだ高校生らしいカップルがいちゃつきに来たりする。

 まだ嗜み方もわかってない連中だ、たいていは強めの酒を飲ませたら酔いつぶれて、それ以来凝りて来ることはない。未成年に飲ませることはそもそも法律で禁止されているのだけど、困った客に限って騒ぎを起こす。

 今、目の前に、どんよりと暗い顔つきをして座っているこの子も、そんなやんちゃな彼氏と一緒に来店していれば、今よりは遥かに幸せな人生を送っているはずだろうに……と思っていた。

「……デッドマンカクテルで、よろしいんですね?」

「……はい」

「それでは今からお作りしますがその間に……」

 私はアイスコーヒーの入ったグラスを彼女へ出した。

「なぜ命を断つことにしたのか、よろしければわたくしに話をお聞かせください」

 しかし、彼女からの返答はなかった。長い沈黙が訪れる。

 死神のカードを持ってくる客は、この店へ死ぬためにやってくる。このカードも、おいそれと簡単に手に入る代物ではない。つまり、それなりの覚悟を持った人だけがここに来るということになる。一体、未成年の彼女が、死神のカードをどうやって入手したのか気になるが、それを聞くことは野暮……というか規約違反だ。

 そんな覚悟を決めた人の口が軽いはずもなく。しかし私は彼女のことが気になって声をかけた。

「いぶき様。……一つよろしいでしょうか?」

 私は続けた。

「このカードを持ってご来店するお客様は、若くても20歳過ぎ……。大体は、30歳以上の男性がほとんどです。

返せないほどの借金を抱えているとか、人生に失敗してどうにもならなくなってやってきます。ですから……その、いぶき様のような方がご来店するのは、とても珍しいのです。なので、無理強いはしませんが、よろしければお話を聞かせていただけないかな、……と」

「……特に、何もない、です」

 ずっとうつむいたままの態勢でいた彼女から言葉が発せられる。

「……何も、ない、のですか?」

 私は、その言葉の意味がわからず、聞き返した。この問いに答えてくれるか心配だったが、彼女はゆっくりと語り始めた。

「生き続ける理由が無いんです……。わからないんです。……自分が、生きなければならない、その理由がわからないんです。……やりたいことはありません。高2のこれぐらいの時期になると、進路相談があって、進路選択に迫られます。これから自分は何をしていきたいか……それがわからないんです」

 私はそれを聞いて、複雑な心境に陥った。20にも満たない人間の口から発せられる内容とは、とてもじゃないが思えなかった。

 いじめられている、失恋した、受験に失敗した、家庭に問題がある、そんな具体的な悩みが理由ではなく、自分が生きることに罪悪感を感じて、命を投げ捨てようとしている。

 彼女の何が、その達観した思考性に行き着いたのか、私にはそこまで根掘り葉掘り立ち入る立場にはなかった。

「……そう、ですか……」

 そんな当り障りのない返しが精一杯だった。

 そして彼女は頭を抱えて、またも話してくれた。

「……中学の時も、そうでした。周りがみんなそうするからと、なんとなく高校に行くことにして……。高校に入ってからも、進路選択では、みんなそうするからって、また進路を決めようとしてる自分がいる。……こんなことを繰り返しても意味のない気がして……。何かこれをしたいという……自分の意志もなければ、生きたいと思う理由が私にはありません……。そうしたら終わるしかないですよね? 自分の人生を終わらせるしかないと感じました……」

 残念ながら私には、彼女の考えがわからず、共感するところはなかった。私は自分なりの考えを言うことにした。

「いぶき様。……貴方のような方は、初めてです。死を選ぶ人に共通しているのは、何かにトライして負けた方たちです。そのカードを持ってくる人は、みんな悲壮感や無念さといった負のオーラをまとってやってきます。しかし貴方にはそれがありません」

 このあとに、言いたいことがまだ残っていたのだけど、敢えて私はここで言葉を切った。それを彼女に話してしまうことは、年寄りの冷や水……余計なお世話というものだ。

「……できました。こちらになります」

 鮮血の赤、死を招くカクテル、デッドマンカクテルを彼女の前に出した。そして言う。

「……もう、ご存知でしょうが、これを飲めば、眠るように死ぬことが出来ます」

 彼女はゆっくりと顔を上げて言った。

「……止めないんですね」

「……生きるか死ぬか、最終的に決めるのはお客様自身と思っています」

 いつも、ここからが長い。痛みにもだえる必要がなく、文字通り眠るように命を断つことが出来るカクテル。とはいえ、覚悟を決めた人であったとしても、いざその時が訪れると、戸惑い迷ってしまう。ここで、心が折れて帰っていく人もいる。しかし、殆どの人は悩みぬいた末に、最終的にはそのカクテルを飲み、死を選ぶ。

 望んでいた死への階段が目の前に用意されると、彼女もまた尻込みして躊躇しているのだった。酔った勢いに頼る人も多いが、彼女はその方法を知らなかった。――まだ未成年なのだから。

 ここから先は、自分自身との戦いだ。他人が口を挟む余地はない。

 深夜1時を過ぎようとしていた。彼女が死神のカードを持ってきても、人払いをしなかったのは長丁場になることがわかっていたから。もう店の中は、私と彼女の2人きりとなっていた。オーダーストップの時間も過ぎて、店内BGMも止まり、無の空間となった。

壁時計の針の音だけが鳴り響いていた。

 彼女はずっとデッドマンカクテルを凝視し続けていた。飲むか飲まないか、いや、飲む踏ん切りがなかなかつかないのかもしれない。

 そんな永遠にも続くかと思われた時間も、遂に終わりが訪れた。彼女は死のカクテルを口にしてしまった。

 この瞬間、いつも脳裏にフラッシュバックする光景がある。目の前の客が、奈落の底へと落ちていく姿がスロー再生されて、私は手を差し伸べて助けることが出来る距離にいるにもかかわらず、いつもそれを黙ってみているだけなのだ。彼女もまた、奈落の底へと落ちていった。

 死ぬか死なないかというせめぎあいを、カウンター越しにいくつも見てきた。しかし、いっぺんたりともそれを止めることはなかった。

 非人道的な行為かも知れないが、それもまた世に隠れた真実でもあるからだった。

 死神BAR。私の経営する店には、ときどき、死神のカードを持ってやってくる客がいる。その客は、安らかな死を求めてここを訪ねてくる。

 日本という国は華やかで平和な国に見える一方で、死を求める人も多くいる。今日来店した、10代の少女も、またその一人だった。少女の最期は潔かった。

 私には、どうすることも出来ない。正確には、私のところに来た時点では、既に手遅れなのである。社会的に居場所がなくなってしまった敗者は、どこかで清算されなければならない。それがこの場所というだけのこと。そんな人間を生み出さないような世界になることをただ願うしかない。

 悲しくはない。感覚は既に麻痺している。人生の終わりを見届けるのが私の仕事だ。

課題の内容が重くて、はかどらなかったり、どうもうまくいきませんでした。

かなり難しかったです。

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