これが本物のラノベ高校だ(8)
さて、次の放課後。南森が教室に来た時には一枚の紙が置かれていた。
「こ、これは」
その紙を取り……いや実際取って中を確認する前に驚きの表情を見せる。どうも演技が入ってわざとらしい。
そして、教室を見渡す。まだ南森一人だった。
「こ、これは」
もう一度リピートする。誰もいない教室に南森の声だけが響く。
(……どうしようかな。誰もいないからな)
その手紙を投げ捨て椅子に座り宿題をする。今日、あの野球部に明日は絶対に見せないからなと忠告されたからだ。と言っても、南森は明日も嫌がりながらも野球部は宿題を見せてくれることを知っていた。
(まったくツンデレなんだから)
南森にとっての三大ツンデレだ。長柄、大淀、野球部。もしギャルゲーでなら野球部ルートも作っていいと考えている。と言っても南森は確実にやらないのだが。
(それにしても難しいな)
南森が今やっている宿題は数学だ。
数学で厄介なことはドリルに答えがついていないこと。いや、一応答えらしきものはついている。しかし、回答だけでその途中式が一切書かれていなかったのだ。
当然数学の課題は途中式が書いていないとやったとは認められない。
(やっぱり……明日野球部にお願いして見せてもらおうかな)
南森はそう考える。野球部は塾にも行っていないくせに頭はかなりいい方だ。この数学の問題もあっさり解いてしまう。
と、教室の扉が開いた。その瞬間急いで立ち上がり机の上に置いた手紙を取る。
「な、なんだって! 長柄が誘拐されただって!!」
大根役者もびっくりの棒読みだ。
「っていうかさっきまで普通に座って宿題をやっていたよね!?」
思わずため息を吐きそうな声で大淀は言う。
「と、とにかくこれは大変なことだ。一体大淀はどこにいるんだろ。助けて執行部」
そして棒読みのままその手紙を大淀に渡す。
「この字の濃さ……これは野球部ね」
大淀も棒読み。彼女に至ってはその棒読みを隠そうともしていなかった。
「というより野球部に字の濃さとか関係あるの?」
「知らない。なんとなく」
しばらくの沈黙の時。それから南森はまた口を開く。
「やっぱり野球部か。畜生。いつかやるかと思っていたぜ」
「……あなたは野球部に一体何の恨みが?」
「とにかく行こうぜ。グラウンドに」
そして、南森は教室を慌てて飛び出し、そのまま廊下を走った。
「本当は廊下を走ったらダメだし僕は生徒会長としてその校則をキチンと守らないといけない。だから今まで廊下を走ったことなかったけど……今日は特別だ。長柄を一刻も走らないと。イケメンな僕は普段走らない廊下を走った」
「その説明口調……なんとかならないの?」
ついでに言えば、南森が廊下を走ったことがないというのはダウトだ。普通に何度も走ったことがある。
そして廊下を走っている最中に中津にであう。南森はそれを見て足を止めた。
「ごめんなさい。先生。だけど今は急いでいるの。どうしてもいかないといけない場所がある。だから行かせてください」
「……お前は何を言っているんだ?」
中津の頭には混乱のヒヨコがクルクルと回転しそうだった。
「先生。今日だけは特別に許してください。お願いします。一刻も争う」
「いや、勝手にいけよ」
中津は短い言葉を吐く。そして南森は走る。
「僕は先生を振り切ってそのまま廊下を突っ切った。あぁ、後で何か言われるかな。罰は確実にあるだろう。もしかしたら生徒会長という位を失うだろう。だけど今はそんなのどうでもいい。僕は長柄を救わなくてはいけない」
「イベントの改ざんも甚だしいね」
そのまま走り、昇降口から外に出た。
「あぁ、なんと罪深きここを。こんな緊急事態というのに靴を履き替えてしまった」
「別にいいんじゃないの?」
ともあれ、そのままグラウンドの方へ向かう。
そして部室棟についた。そこの野球部の部屋に突入。
「おい! 野球部! お前らが長柄を誘拐したことを知っている!」
「そりゃあなたが誘拐示唆をしたからね」
ここにきても大淀の冷静な突っ込み。
野球部には甘い香りが広がっていた。クッキーだ。長柄の作ったクッキーが部室の中央に置いてある机の上にあった。
「おのれ……まさか長柄に強制的にクッキーを作らすとは」
「いや、これは私が勝手に作ったのよ」
「許しまじ、野球部! というわけで後は執行部に任せた」
「ふぇぇぇ!?」
全てを大淀に丸投げする南森。
「えっと……なんかすみません」
ペコリと一礼。これを見る限り野球部がとても悪者には見えない。いや、実際に悪者ではないのだけど。
「えっと……そこまでよ。野球部! 私が月に変わって……」
「ストップ。そのキャッチコピーはだめ。なんかどこかで聞いたことある」
「私もそんな気がしていた」
ゴホンと軽く咳払いをする。
「そこまでよ。野球部。私がお仕置きしてあげる」
「お仕置きから離れないのか。まっいいけど」
その後、沈黙が訪れる。大淀が黙り込んでしまったのだ。
「で、その後のセリフは?」
「考えていない」
大淀はそういう。
「えっと……とにかく私はあなたを許さない!」
そう言い放った後にまた沈黙。
「よくも長柄先輩を……悪は私のこの手で」
沈黙。
「私が執行部の名に懸けて……」
そしてまた沈黙。
「野球部の悪事はそこまでだ」
「いい加減前にすすもっか」
思わず南森がそう示唆してしまう。
「だって何をすればいいのか分からないもの」
「執行部なら、やっぱり決闘かな」
「決闘?」
「あぁ、野球部と決闘。そして勝利。こんな感じで」
「でも私が野球部に勝てるわけ」
「ダイジョブ。多分勝たせてくれる。よね」
南森は野球部に対してウインクをして見せる。
「……おい、一応俺は誘拐犯という設定だからな」
大淀は良し、と決心をする。
「私は野球部に決闘を申し込む」
「フフフ。よかろう。野球素人のお前が俺に勝てるわけないがな」
「……あれ? 意外とノリノリ?」
野球部は不敵な笑みを浮かべる。それはまるで本物の悪魔のようだ。
そして部室から外へ出てグラウンドへ向かった。
「フハハ。勝負は一打席。ヒットを打った方が勝ちとしよう」
そして大淀はバットを持ち構える。野球部はボールを持つ。ちなみに野球部が持っているボールは硬式ではなく軟式。素人にしてはどっちも固いのだが、これは野球部にとって最大限の考慮だろう。
「いいか、いくぞ」
そして野球部はボールを下から投げる。フワリと浮いたボールだ。まるで子供を相手するかのようなボール。
それを大淀は振り遅れてしまった。バットが重くて上手く触れないらしい。
「ところで今頃だけど……私達は何をやっているのかしら」
誘拐……された設定である長柄は南森の隣に立っていた。
「本当に今頃だな。ま、執行部の特訓だろ」
「これ、本当に意味があるようには思えないのだけど」
「多分意味ないだろうな。そもそも平和なこの学校において誘拐事件なんておきないし、起きたとしてもまず先生に言うのが普通だろうな」
中崎西高校はトイレにティッシュペーパーが散らばっていただけで朝礼に注意されるほど平和だ。
「それならこれは時間の無駄というものじゃ……」
「あぁ。時間の無駄だ。だけどそれでいいじゃないか」
「なんで? そう思うのかしら」
「だってそれがまた青春だもの」
大淀は二球目も空振りしてしまう。これでツーストライク。あと一球で三振となる。
「青春なんて……そんなものだよ。無駄なことの繰り返し。後から思えば多分何をやっているんだろうと思うこともたくさんあるだろう」
三球目。大淀はまた空振りをしてしまう。これで三振。
「だけど……それでいい。今さえ楽しめば問題ないでしょ?」
「そうね。ラノベのキャラほど後先考えないおのはないし」
「うん」
空振り三振してしまった大淀はじっと野球部の方を見ていた。そして野球部は投げ返されたボールを受け取り表面を触る。
「あっ、良く考えたら俺スピットボール投げていたわ」
いけねと頭の後ろをかいて見せる。スピットボールとはメジャーなどでも問題視される不正投球の一つである。投げる前に唾をつけて投げることによって変化をつけやすくするというものだ。勿論野球部はそのようなことをしていない。
「アイツいいやつだな」
「えぇ、うっかり惚れちゃいそうだわ」
野球部の発言もあり、結局もう一回勝負はやり直しになった。
「よし、これで本当の勝負だ」
野球部は地味に前に出る。そして大淀に近づく。なるべく大淀に打たせようとしているのだ。それもそうだ。野球部側からしてみればこんなメンドクサイことは早めに終わらしたいだろう。
そしてかなり近づいたところからボールを投げる。しかしワンテンポ遅い。
「フハハハ。今のお前は倒せない。もうワンテンポ早く振れば当たりそうだがな」
「今のアクションゲームでもここまで親切なやつはいないよな?」
「えぇ。うっかり惚れてしまいそうだわ」
そのアドバイスが効いたのか、次の球は少し早目にバットを振った。そしてカキンと微かに球が触れた音がした。
「フハハ。残念だったな。肩に力が入っている。力を抜けば前に飛びそうだがこのままだと当たっても前に飛ばないぞ」
本当に親切な敵である。
今度、大淀は力を抜いてみる。そして思いっきり振り切った。バットからはキンッという鋭い音。ボールは前に飛ぶ。がこれはピッチャーの前にゴロゴロと転がる球だった。
「アッ!!」
野球部は奇声をあげながらボール取り後ろへと投げた。そしてそれは外野のほうへ飛ぶ。
「これはセンターオーバのヒットだ。二塁打だ」
「いや、流石に無理があるだろ」
何故なら自分で投げたから。まっ、細かいことは気にするなだろう。
「ボールを取りにいかなくては」
そして外野の方へ走ろうとする野球部。
「すみません。いいです」
それを見た大淀は微笑みながら言う。
「私が取りにいきます。先輩はありがとうございました」
そして外野の方へ走った。
「……あんな笑み僕でもみたことないぞ」
「むしろ南森君だからみせないのでは?」
一方、野球部は顔を赤く染めていた。そして南森の耳元でこう話す。
「もし良かったらまた長柄さんを誘拐していいぞ」
「お前……惚れただろ」
とまぁ、その後は普通にいつも通り生徒会の仕事をするために教室に戻った。
しかし大淀の様子が可笑しい。何か思いつめたかのように机の木目をじっとみていた。
「どうしたんだ?」
それが心配になって南森は聞いてみる。
「いや……何も。ただ……もし本当に何か危険なことがあったらどうするのかなって考えていただけ」
「安心しろ。ここは県立中崎西高校だ」
これはこの学校では治安がいいから何も心配するなという意味に等しい。
「ゴギブリが出ただけで全校放送で注意するほどだぞ」
ちなみに実話だ。下によく注意書きでフィクションですとか書かれているけどここだけは別に外してもいい。この日本のどこかで本当にゴギブリが出ただけで朝のHR、全校放送で注意する学校がある。
「そんな中崎西高校に誘拐事件とか立てこもり事件と世界の終りのどちらの方が確立が高いって言われたら多分後者だろうな」
「……そんなものは知っているよ。多分この学校のことだから三分間教室に閉じこもっただけで立てこもりと認定される」
「本当、引きこもり涙目だな」
この二人は知らないようだが実際に過去にそんなことがあった。
「学生運動が盛んだった時だって恐らくこの学校は何も起こっていないんだろうな。どこかの古典部がある高校の過去みたいなことはないんだなと思ってしまうよ」
「あぁ。確かに。この学校だけは別世界でのほほんとしてそうだな」
そもそも学生闘争が盛んな時に中崎西高校があったかどうかも怪しいのだが。
「だけど、事件が起きる確率は0%じゃない。平和な日本だって通り魔に襲われる確率は0%じゃないでしょ。だからこの学校だって何かがおこるかもしれない」
「そうだな。極端な例だと暴力事件とか」
「そう。もしそうなった時に私は一体何ができるのだろうか」
南森は彼女の視線の前に手を置いて見せる。
「執行部は確かにお前一人だもんな」
そう。生徒会長は南森。副生徒会長は長柄。そして執行部(予定)に大淀。
「でもさ、生徒会長が執行部を助けちゃダメなんていうルールはないだろ」
すると大淀は顔をあげる。そしてじっくりと南森の笑い顔を見る。
「それともダメなの?」
大淀は首を勢いよく横に振る。
「よかった。それを否定されてしまったら僕達どうすればいいのかと思うことだったよ」
南森は依然笑みを続ける。彼は大淀の前では柔和な表情を見せたことしかなかった。
「もし、何かあったら俺達にいえばいい。そしたら助けてやるからさ」
大淀は長柄の方を見る。すると優しい顔をして長柄もゆっくりと頷いた。
「僕達を頼ってよ。そうしたら絶対に助けてあげるから」
「あなたは嘘つきなの?」
「まさか。僕は優等生だ。遅刻を一度もしたことない。そんな人が嘘をつくわけない」
「そうだね……でももし嘘をついたときは……」
「その時は私が南森君を明石海峡大橋から突き落とすわ」
長柄は満面の笑みでそう言って見せる。
「長柄先輩がそう言ってくれると信用できます」
「えっ、僕は?」
南森は自分の方を指差す。
「……アンタはどうかな」
大淀は長柄と同じ表情を浮かべる。
まだ、大淀にはできることはほとんどない。運動神経が悪いし、もし何かあったら一人で対処はできない。でも……この仲間達がいればまたどうにかなりそうと感じた。
時計を見る。もうすぐで絶対下校の時間だ。大淀は生徒会に入ってから時が速く流れているように感じるようになった。




