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齋藤のエッセイ集

黄色い毛鉤

作者: 齋藤 一明

 ざぁざぁと水が流れている。

 あまり広くない流れだが、堤の幅は倍以上ある。

 二年に一度あるかないかの大水のために、大きな川幅を確保されているのだが、その川もところどころ護岸工事がされてすっかり様変わりしてしまった。


 山肌の合わせ目を伝って流れ下る水は、緩やかにひだりに弧を描いて広い川原を作っている。水浅く、せいぜいあって胸のあたり。川原の澱みにはゴリが五十も百もかたまって餌の流れてくるのを待っているはずである。


 水は正面の岩にぶちあたり左に向きを変える。流れが変る中心あたりには大岩が。

 正面と流れの真ん中の岩によって水が微妙に渦を巻く。

 それが何百年も続いているせいだろう、深い緑色の淵になっていた。


 その少し下流に堰がある。そして対岸には魚道があり、その取り入れ口に堰が繋がっている。


 昨日のうちに山で矢竹を一本斬ってきた私は、夜が白むのを待ちきれずに堰へでかけた。


 よもやま話をしながらミツマタで作った浮きを括り付け、釣具屋で買った毛鉤を結びつけた。


 落とした毛鉤は流れにのってじきに見えなくなる。いくら白くてもミツマタの浮きも流れの中で見分けがつかなくなった。でも、それすら見る必要はない。


 竿先を水面ぎりぎりに下げ、ゆっくり左右に振ってやるといきなり飛びついてきた。


 ヒョイ


 竿を立てると細い魚体、白ハエだった。

 針を落とせば入れ食いだけど、すべて白ハエである。

 今はすでに五月。鮎が遡上しているはずである。

 いい加減白ハエばかりで飽きてきた私は、ポケットに忍ばせた珍品を取り出した。


 鮮やかな黄色の毛鉤である。

 もう二十年以上前にわけてもらった手作りの毛鉤。針は大きいのによく釣れると、地元の者しか知らない毛鉤である。

 当時すでに七十を越えている老婆が作った毛鉤。それを初めて使ってみることにした。


 ポトン、 スーーーッ……


 道糸がピンと張った瞬間に竿先が強く引かれた。


 まさか……


 疑いながら竿を立ててゆくと、ビチビチはねる小鮎が掛かっている。


 この調子なら……


 私は針をもう二本追加してみた。


 きたっ、そのまま少しづつ寄せながら横へ動かすと、またしても竿先を叩く当り。さらに竿先を振れば三回目の当りがあった。


 羽虫が少しづつ水面から離れてゆく。もう残された時間は僅かである。


 何度竿を上げたか、覚えてなどいない。人が起きだしたことに気付いた私は、慌てて黄色い毛鉤を隠してしまった。


 土手の葦をちぎってバケツの中に被せ、その上に蓋をした私は意気揚々と家に戻ったのである。

 おわり


 (当時、黄色い毛鉤の使用は漁協が禁じていました)


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― 新着の感想 ―
[一言] 懐かしい気分がしました。 昔、田舎で川釣りを楽しんでいたので。 描写が丁寧でゆったりとした流れの文ですね。 キレイで澄んだ山の中の空気を思い出しながら読めました(^^) 先日は拙作にコメン…
2014/11/15 19:39 退会済み
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