はっぴー・はろうぃーん!
「ハッピーハロウィィィィィンッ!!!」
十月三十一日の放課後。
生徒会室の引き戸を開けると、この学校始まって以来の天才もとい天災が、昨今ならすぐ警察に通報されるレベルの変質者にメタモルフォーゼしていた。
ボクは観察を即座に諦め、たった今貴重なカロリーを消費して開けたばかりの戸をピシャッと閉める。
確かに現実逃避的なシャットアウトの意志は部屋の中にいる思考倒錯気味の先輩にも伝わったとは思うけどまずは落ち着け、ボク。平常心に戻るまでにいったいどれだけのカロリーを浪費する気だ。
まず何をすべきかを考えるんだ。
とりあえず、そう――。
「――警察か」
思わずそのワードを口に出した瞬間、突然目の前の引き戸が向こうから開き、その奥から伸びてきた怪物の如き瞬速の手によって、ボクは生徒会室に引き摺りもとい呑み込まれた――
――触手蠢くパニックアクションでも悪霊蔓延るホラーでも作品ジャンルは何でもいいから、謎の手に浚われた善良な一生徒のシーンでいっそ終わって欲しかった。
~Fine~来い! 今すぐ!
来なかった。
「君はこんなに優秀な人間を社会的に抹殺する気なのか、庶務くん!」
「優秀だろうがなんだろうが、不審者は幽囚オチで有終の美でも飾れ! ていうか社会的に抹殺されるかもって自覚あるなら、もう少し生徒会長としての自覚を持ってください、お願いだから!」
いつも通り生徒会の仕事をしに来ただけのはずなのに、気がつくとオレンジカラーのパンプキンヘッドに会室の隅に追い詰められていた。三角形にくり抜かれた目の奥には妖しい光を放つ豆球が装着され、ギザギザの切り込みで表現された口の奥から漂ってくる甘い香りで、確かに中に入っているのが会長だと確認できた。したくなかった。
「開口一番、人を不審者扱いとはまったく失敬な庶務くんだな、庶務くんは」
「そっちのカボチャは開口しっ放しですけどね。そもそも今の会長が不審者に見えない可能性があるとしたら、たぶんコスプレパーティでもやってるんですよ」
「そう、これはコスプレなのだよ!」
見ればわかる。これが普段着だったらもう会長お嫁にいけない(別の意味で)。
至近距離でカッコつけたようにそう叫んだ会長はずいっと前に一歩足を踏み出してきて、さらにボクの可動域を著しく狭めてくる。
傍から見れば、今にも謎のカボチャ仮面に食べられそうになっている善良な一生徒に映るのだろうか。それとも極一般的な感覚で変人ゲージ振り切ってる生徒会長と戯れているように映るのだろうか。
少なくともコスプレのプレは肉食動物のプレではなかったはずだ。
「コスプレっていうと凄まじく軽くなってサボってる感増しますけど大丈夫ですか」
「私は今現在仕事をしていないだけでサボってるわけじゃないよ!」
堂々言えることか。
「で、一応聞きますけれど――一応聞いてあげますけれど、その格好は何なんですか」
ようやくボクから離れて、カボチャ頭を外した会長に改めてそう訊ねると、
「信じられない、頭大丈夫?」
お前が大丈夫か。
「もしかして庶務くんは今日が何日かもわからないの? 勿論、ハロウィンに決まってるじゃないのさ!」
「じゃあなんで頭以外がサンタ衣装なんだよ」
若干キレ気味に、ずっとツッコみたかったその違和感しかない格好にツッコむ。
引き戸を開けた瞬間、クリスマスセールか何かで売り子が着てそうな(見たことはないが)ミニスカサンタの衣装を堂々と着こなしたパンプキンヘッドがいたら、思わず警察を呼びたくもなるだろう。
しかも最初に開けた時部屋の暗幕カーテンは締め切られて、唯一の明かりである天井の蛍光灯もついていなかったから不審者どころじゃない不気味さだったし。
「最初はマントとか下の衣装も用意したかったんだけど、間に合わなかったから間に合わせたの。ほら、季節限定衣装ペアで」
間に合わせにしたってもう少しマトモなチョイスはなかったのか。
季節限定って言ったって、時期からしてズレ過ぎだろう。根本的な部分がズレている会長らしいと言えばそうだけど。
「それで、どうしていきなりハロウィンなんですか」
「だから十月三十一日だからだってば」
「いや、そうじゃなくてですね。よくは知らないですけど日本ではそれほどメジャーなイベントじゃないでしょう。具体的にはハロウィンって聞いても何月何日のイベントなのか知らないくらいの」
「だから十月三十一日だってば」
「日付しつこい!? それはもういいですよ! はいはい、十月三十一日!」
十月三十一日にどんなこだわりがあるんだ、この人。十月三十一日と言えば、個人的に一番最初に浮かぶのは、ガス記念日だけど。我ながら地味なのはわかってるよ!
「そうじゃなくて会長の明晰な……迷惜な頭脳が、どうしていきなりバグって、生徒会活動の公務時間中にハロウィンコスプレで人を待ち伏せようなんてところに墜落したのか、その理由を知りたかったんですけどね、ボクは」
「庶務くんはホントに何も知らないね。その割に知らなくていいことばかり知ってたり、覚えなくていいことばかり覚えてたり、やらなくていいことばかりやったり」
「最後のは会長ですよねぇ!」
喧嘩売ってんのか。
ちなみに生徒会業務と会長のサボり日数は覚えなきゃいけないことですが?
「ハロウィンといえばカトリックの万聖節前夜を祝う大事なイベントだよ? ハロウィンって言葉も“神聖な夜”を表すHallow E'enから来てるって言われてるんだから。そこに理由なんてない、お祝いはお祝いだからやるんだよ」
「会長がそこまで熱心なキリスト教徒だとは知りませんでしたよ。お願いですから、最後の審判まで真面目に仕事してくれませんか、迷える――もとい迷わされる子羊の心の安寧のために」
「いや、私は苦しい時だけの敬虔な信徒だから」
「今、どの口が敬虔とかほざきました!? 信じてなかろうが神様に謝れ!」
この人はダメだ。色々な意味で規制をかけるべき存在だ。
「正確にはハロウィンはキリスト教じゃなくて古代ケルトの収穫祭に由来する行事だけどね。その頃に比べれば、今や宗教色は形を潜めてただの民間行事になってるところも多いから、それほど問題はないんだよ。日本だって無宗教でもハロウィンやったりするでしょ」
「いや、無宗教っていうか、クリスマス祝った一週間後には神道系列の神社に初詣に行ってるような宗教観薄い連中にそんな期待されても困りますよ」
「クリスマスは祝わない熱心な氏子もいるから一概にそう言い切るのはどうかと思うけど、クリスマスも日本で宗教的行事として行ってる人もほとんどいないから似たようなものだよ」
「要するに宗教とか関係なしに生徒会職務をサボって騒ぎたかったから、生徒会職務をサボってそんな格好してると」
「庶務くん、“生徒会職務をサボって”って二回言ってるよ?」
「わざとですが?」
「ふぅん」
しまった、この人に皮肉は通用しない。
「それに私はサボってるわけじゃないってば。純粋にハロウィンを仮装してお祝いしたかっただけ。ほらほら、庶務くんもご一緒にー、トリック・オア・トリート!」
「ト、トリック・オア・トリート……」
今日の会長、なんかやたらテンション高いな。巻き込まれる前に逃げておけばよかったかもしれない。
「トリック・オン・ロリータ!」
「はいはい、トリック・オン――おいやめろ。ホントに警察呼ぶぞ」
それと、その手に持ってる録音機でボクの危ない宣言を録って、いったいどうするつもりだったんですか、会長。
「ろ、ろりろり……」
あたふたしながら何故か「ロリロリ」言い始めた会長を横目に、ボクは制服のポケットから携帯を取り出して112と――
「差し出がましいことを申し上げれば、日本の緊急通報用電話番号は110よ」
――押したところで、ひょこっとその画面を覗き込む頭に視界を遮られた。
「ああ、そういえばそうでしたね」
112はEUやアメリカを中心に世界各国で採用され始めた、共通の数字を用いた緊急通報用の電話番号だった。
「ちなみに緊急性のない場合は、相談専用の電話番号9110を用いる方が警察官の方々も助かると思うわ」
ボクがその人物の言葉通りに数字を打った直後、その頭が少し引っ込み、見知った横顔と銀縁メガネが目の前に現れた。
「……ていうか副会長、いつからいたんですか?」
言葉に促されるままに携帯の操作に専念していたボクは、今更ながらにいつのまにか隣にいた副会長にツッコミを入れる。
「幼女に悪戯の時点では部屋の中にいました」
全然気がつかなかった。
「会長がロリコン趣味に走ったみたいなんですけど、どうすればいいんでしょうね」
「違うよ!? 私はちっさい女の子可愛いとは思うけど健全な意味で可愛いのであって、別にそういう目で見てるわけじゃないよ! ただのネタだよ!」
副会長に相談したはずなのに、会長が会話的にも物理的にもボクと副会長の間に割り込んできた。
「ネタの自覚あるならやめてください。ていうか、じゃあさっきはなんでロリロリ連呼してたんですか」
「うん? “ろりろり”は恐怖や心配で落ち着かず、興奮しているさまを表すれっきとした日本語だよ?」
「紛らわしいわ!」
そんな日本語があるのかよ!
「ちなみに動詞だと“ろりめく”になるんだけど“ろりめいた生徒会長”っていうと何か別の意味に聞こえない?」
「色んな意味で凄まじい肉体を持ってる会長にロリ的要素は皆無です。強いて言えば十年近く成長サボったその精神くらいのもので――」
「そう? 私そんなにロリめいてる?」
「いっぺん精神科行って皮肉の食らい方診て貰ってきてください」
若く見られたのが嬉しいとかそんなズレまくった理由か頬に手を添えてうっとりする会長にツッコミ疲れ、会長を放置して自分だけでも仕事をしようかと生徒会室中央のテーブルに向かってパイプ椅子に着く。
「あ、ごめん。自己陶酔してた」
「とりあえずは自己統制から覚えろ」
会長の独り言に即座にそんな答えを返しつつ、カバンから昨日やり残していた確認作業中の書類の封筒を取り出す。
そして一番前の書類に目を通しつつ、チェック用のプリントの確認済み欄にシャープペンでチェックを――
「それで今日の議題は何かしら?」
「よく聞いてくれたね、副会長。今日は来年度からのハロウィン祭を恒例行事に含めることが可能か、だよ」
チェックを――
「まずはこの服に着替えてちょうだい♪」
「これは?」
「ハロウィン祭運営に当たって皆のお祭り気分を壊しちゃダメでしょ? それは運営期間中の副会長職の女子用コスチュームの試作品ね。私のこれが生徒会長用」
「わかったわ」
チェックを――――何だっけ?
背後から聞こえてくる会長と副会長の会話に気を取られて仕事ができずに混乱していると、さらに追い討ちをかけるように衣擦れの音が耳に入り始める。
「あら? 庶務職はまだ衣装替えしていないようだけれど……」
「庶務くんはもう学園制服コスをバッチリ着こなしてるのよ」
「そう。それなら問題ないわね」
問題しかねえよ!?
パキンと折れたシャープペンの芯が宙を舞う。
「――ちょっ……! 後ろで何やってんですか、二人とも!」
「更衣よ」
「今副会長が全身猫っ娘コスに着替えてるの。あ、肌綺麗ね、副会長」
「ッ超見た――じゃなくてなんでボクもいる同じ部屋で着替えられるんですか、副会長!?」
「信じているもの」
「ちょ、そこでその台詞ですか、副会長!?」
もうアクシデントでも後ろ見れない!
思わず職務と書類を全力で投げ出して振り向こうとしていた自分を理性で抑え、目の前の唯一の味方である書類に目を――
『――校内に侵入する野良猫等の対応についての――』
裏切るのか、相棒……!
「振り向いたら額にホワイトボードクリーナーが刺さるかもね♪」
「鋭角のないクリーナーが刺さるか!」
「私の手練手管を見せてあげるよ、庶務くん!」
「手練手管は必殺技の名前じゃねえよ!?」
戦慄を覚える中、聞こえてきた会長のハイテンションボイスにうっかりやや乱暴なツッコミを返して、再び書類に向き合う。
もう内容どころか文字も頭に入らないが、視界をこの白とわずかな黒で一面埋めてしまえば……!
「着替えたわ」
――ボクが瞑想に入りかけた時、副会長の静かな声が後ろから聞こえてきた。
救いの声か、滅びの声か。
それをまったく考えずに猫副会長見たさに振り返ったボクの視界に――
クリーナー。
「へ?」
直後、額にホワイトボードのクリーナーの直撃を受けたボクは椅子を蹴飛ばしながら引っくり返った。その時、机か床の何処かに当たったらしいクリーナーのプラスチック部分が割れるような音がする。
また生傷増やされたな、会長に。
とクリーナーの心配している余裕も消え失せて自分の心配をしてみると、まぶたにもヒットしたのか目がチカチカして視界がぼやけている。
「振り向いたらクリーナーが額に――」
「普通は着替えが終わったらもういいですよね!?」
「私が撤回してないから。撤回するまではデコクリーナー・スクリュー」
「なんかプロレス技っぽくなった!?」
やたらと杓子定規な暴君だった。
「あと思いの外可愛かったから、庶務くんには見せたくない。見たら惚れちゃう」
「なら最初から着せるな、バ会長!」
「副会長、ほら“にゃあ”って言ってみて。“にゃあ”」
「にゃあ」
棒読みっぽいけど可愛――じゃなくてそういうイベントはボクの視力が戻ってからして――でもなくて、ボクが何も見えてないからって二人で何やってんの!?
っていうか本編中で猫っ娘副会長見れないんですか、きっとみんな待ってたのに!
「唯一のサービスシーンだった私のサンタコスで目を逸らすからこうなるんだよ?」
納得いかねぇっ!
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はい、ハロウィンネタでした(^^*
相変わらず楽しそうな生徒会……なんて言うと庶務くんが「仕事しろ」なんて騒ぎそうですが。
会長はもういつもどおりですが、今回でまさかのロリコン疑惑(!?)←違
“ろりろり”や“ろりめく”という日本語についてですが、知ってる人はいたでしょうか? にわかに信じがたいという人はぜひ広辞苑をどうぞ。
相変わらず言葉(というか日本語)で遊び散らかしてますが、もはや立花詩歌の脳内はこんな仕様です(--*
それでは、皆さんご一緒に――
アプリコット「トリック・オア・トリックーッ!(とにかく悪戯させろ!)」
シイナ「選択肢をやれよ」
――失礼、間違えました。
トリック・オア・トリート♪