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第3話「勇者と金持ち女戦士」

 とある町の路地裏で少女が三人の男に囲まれていた。

「なあ、いいだろう」

 少女の背には壁があり三方を男たちに塞がれているため逃げ場がない。

 少女は冒険者風の出で立ちで鎧を纏い、長剣を帯びているとはいえ、それは男たちも同じこと。

「仲間を探してるんだろう。なら俺たちと、なあ」

 戦乱で世が乱れている今、冒険者の数は平生のそれと比べ多くなっている。

 それだけにたちの悪い輩もでてくるわけで、仲間集めと称して女に乱暴をするという事件も珍しくはない。

 今の状況がまさにそれであった。

「俺たちもできれば乱暴なことはしたくないんだぜ」

 腰の剣をちらつかせ下卑た笑みを浮かべる。

 少女はすっかり怯えてしまっているのかうつむいたまま口もきけない。

「待ちな!」

 突如、背後から声。振り向けばそこには一人の男が立っていた。逆光線をあびてシルエットが見えるのみである。

 その男が不敵な笑い声をあげゆっくりと暴漢に近づいていく。

「ハッ、正義漢面のアホが登場ってか」

 最初こそいきなり現れた男に対し動揺を見せた暴漢どもであったが、男の姿がはっきりしてくるにつれせせら笑いすら起きる。

 なにせこの男、武具を身に着けておらず、かといって体格的にも優れている風に見えない。身なりからして普通の旅人である。


 それがとめに入ってくるのだからまがりなりにも冒険者の暴漢どもは失笑したのだ。

「痛い目に会いたくなかったら失せな」

 引き抜いた剣を男へ差し向ける。だが男は歩みをとめない。

「お前ら……よ」

「ああ!? 聞こえねえなあ」

「お前らなっちゃねえ。ナンパの仕方がなっちゃねえよ!」

 これには暴漢ども

「はあ?」

 である。

 しかし男は構いもせず真剣に語り出す。

「いいか。ナンパってのはなあ、口先の勝負なんだよ。いかに騙し、ごまかし、その気にさせるかっ」

 暴漢どもは顔を見合わせて戸惑っている。

「それがお前らみたいなのはすぐに剣だなんだをちらつかせて力で屈させようとする」

 ビッと彼らを指差してまた言った。

「なっちゃねえ」

 そう、お察しの通りこの男は勇者である。

「わけわかんねえこと言いやがって。やっちまえ」

 リーダー格の男が脇の二人に命じる。

「やあ」

 気合声とともに勇者へと躍り掛かる。一方は袈裟斬りに、一方は払い斬りに。

 それを勇者はこともなげにひょいとかわす。かわすが、

「おいおい。こっちは丸腰だぞ」

  今さら情けないことを言いだす。

 それで暴漢どもが手を休めるわけもなくやたらめったらに斬りつける。しかし大した腕ではなくよけるだけならどうということはない。

「ちっ」


 膠着状態にしびれを切らせたリーダー格の男が打って出ようとしたその時である。

 大きな、大きなため息がひとつ少女の口から漏れた。

「なん……ダッ!?」

 反応したリーダー格の男が振り向き様、少女の鉄拳が視界全体を覆うように飛び込んできた。

「あっ」

 と言う間もなくその一撃で気を失った。

「ハァ……」

 また大きなため息をついた。少女の目の光りがスッと細くなる。

「痛い目に会いたくなかったら失せな」

 暴漢どもが勇者に言った台詞をそっくりそのまま残った二人に突きつける。少女らしからぬ低く重たい声だ。

 とはいえそれで逃げ出すようでは無頼などしていない。

 逆に仲間のひとりをやられた暴漢どもは声を荒げる。

「調子に乗るなよ、ガキが!」

 長剣を振りかぶり左右から少女へと襲いかかる。

 少女は迎え撃つように腰を落とし鯉口を切って身構えている。

 両者が交錯する。と見えたその瞬間。

「うっ……うう」

 すでに体が入れ違い、暴漢どもはなにをどうされたのか呻き声をあげ前のめりに倒れ込んだ。気を失っている。

 そんな様を見ていた勇者は感心しきった顔でパチパチと手をたたく。

「驚いた。早業だなあ、お嬢さん」

 少女は勇者を一瞥し、

「まるで見えていたような言い方だな」

 やられた本人たちですらなにをされたのかわからないほどの早業であった。

 電光の如く抜き打った一刀でまずひとり、返す刃でもうひとりを峰打ちに倒した。と書けば簡単だが、しかし早かった。

「そりゃあこれでも勇者だからな」

「勇者ぁ?」

 少女はすっとんきょうな声をあげ勇者の顔をまじまじと見る。

 とてもじゃないが勇者は『勇者』には見えなかった。

 鎧を着ず、剣を帯びず、戦うための武具は一切ない。服装もいたって平素のもので到底冒険者の風体ではなかった。

 そしてなにより顔が勇者ではない。容姿のいい、わるいの話ではなく、目つき、表情、仕草といった体からにじみ出る雰囲気がどうにもうさんくさい。

 むしろさっきの軟派な無頼共の仲間だと言われればすんなりと信じられるだろう。

「結果はどうあれ助けに入ってくれたことは感謝してる。だから忠告しとくぜ」

 少女は言う。

「ひとつ。弱いくせにでしゃばってるといつか痛い目みるぜ」

「おいおい、誰が弱いって?」

「たしかに避けるだけならなかなかやるみたいだけど、本当に勇者だってんならあんなやつら素手でも倒せるはずだぜ」

 不意を狙ったとはいえ少女は拳撃でひとり倒しているのだから説得力がある。

 ふたつ、と指をたてた。

「人助けをするような義気があるなら勇者を騙るのはよしときな」

 やはり少女は勇者を『勇者』とは思っていない。巷にはびこる偽物だと決めつけている。

「それじゃあ俺は行くぜ」

 もう一度お礼を言うと少女は立ち去る。

 その背中に声がかかった。

「ちょっと待ってくれ」

 勇者は顔を下に向け逡巡。少しして顔をあげた。その眼が怪しく光ったような気がして少女は思わずたじろいた。

「な、なんだよ」

「本当は自分からこんな話したくはないんだ。けど誤解されたままじゃ嫌だからな」

「誤解?」

「そうさ。確かに俺の人相は勇者らしくない。お嬢ちゃんが偽物だって思うのもわかる。けどそれだけで判断して欲しくないな」

 訴えかける勇者の眼差しは真剣そのものだった。

「それだけじゃあねえよ。勇者ってんならなんで剣も鎧も持ってねえんだ」

「それにだって理由はある」

 むしろ待ってましたと言わんばかりに少女の疑問に答えた。

「魔王のせいで大陸中が窮困している」

「まさかそれで剣を買う金がないとか言うんじゃねえだろうな」

 少女は肩をすくめる。勇者は少し笑って首を振った。

「金持ちや貴族はいい。魔王だなんだと言ったってそれで食いっぱぐれるわけじゃないからな」

 不意に語気を荒げ、

「だが民衆はどうだ。その日食べる物もなく大勢の人々が苦しんでいる」

「だから魔王を倒すんだろうが」

「それは正しい。だがいつになる。今日か、明日かという問題じゃあない。しかし民衆の苦しみは明日ではなく今日なのだ」

「それは……」

「だから俺は旅の道々で苦しんでいる人間がいたら施しをしてきた。いや施しなんて言えるそんな大それた額じゃあない」

 勇者は気恥ずかしそうに頬をかいた。

「そんなことをしていたらいつの間にか剣も鎧もなくなってた」

「お前……」

「善行を自慢したいわけじゃあない。ただ誤解をときたかった」

 そう言うと彼は少女に笑いかけた。

 ずっと威勢のよかった少女がしゅんとうなだれている。そして自分の浅はかさを恥じていた。

 まあ、言うまでもなく勇者の話は嘘である。

「困窮に――」という部分は本当だが、施しをするくらいなら自分で使うし、武具だってギャンブルでスって売り払った。そういう男だ。

 ただ少女は本気にしていたし、勇者の話し方には真実だと思わせる妙な雰囲気があった。

「悪かった。許してくれ」

 少女は突然、膝を折り手をついて勇者に頭をさげた。

「俺は馬鹿だ。上辺だけであんたみたいな人を判断して」

 バッと勢いよく顔を上げ、

「俺をあんたの仲間にしてくれ! 都合のいいこと言ってるのはわかってる。けど俺はあんたみたいな人を探してたんだ」

 少女の澄んだ瞳は真実の真剣さで満ちている。

 もともと暴漢どもについていったのも旅の仲間を探してのことだった。

 少女は『勇者』ではない。しかし魔王討伐の志を持っている。

 だから仲間を探していた。ひとりではそれができないことをわかっているから。

 しかし本物の志を掲げている冒険者は少ない。

 仲間探しは難航していたし、故にあんな暴漢どもにもほいほいとついていった。

 そんな少女が勇者の虚言にコロリといくのは致し方ないのかもしれない。

「お願いだ」

 もう一度言った。だが。

「ダメだね」

「そっ……」

 彼女はなにかを言いかけて、しかしそれを飲み込んだ。

「そうだよな。偽物だの弱いだのと言っておいていまさら」

「ああ、ダメだ。名前も知らない奴を仲間になんかできないね」

「え?」

「おいおい、聞こえなかったのか」

 勇者は笑っている。少女はブンブンと首を振る。

「サシャ。俺はサシャだ」

「そうか。俺のことは勇者と呼んでくれ」

「それじゃあ」

「ああ。よろしく頼むぞ、同志」

 そう言って勇者はサシャへ手を差し出した。

 

 

* * *

 

 さて、アリスとセシリーだが。広場で勇者が帰ってくるのを待っていた。

 特にアリスは一刻も早くと思っている。

 セシリーと二人きりにされ妙な気まずさを感じていた。仲が悪いというわけではないが、まだ打ち解けたとは言えなかった。

 しかし気まずさを感じているのはアリスひとりだった。

 それはセシリーが彼女に親しみを持っているというわけではなく、そもそも気まずいなどと感じるほど気にしていない。頭の中には勇者のことしかないのだ。

 もちろんアリスはそんなことを知る由もなく、相手も自分と同じよう気まずいと思っていると考えている。

 だからどうにか空気を変えようと、

「あ、あのセシリーさん」

 と話かけようとしたちょうどその時。

「おーい、待たせたな」と勇者が帰ってきた。

 安心したような、気の抜けたような、それらがないまぜになった微妙な心境だった。

 だから向こうからやってくる勇者の後ろにいるサシャに気がつかなかった。

「このお嬢さんはサシャ。今日から仲間だ」

 言われて初めてアリスはサシャを見た。

 赤い髪の、いかにも女戦士という出で立ちをした、少女。

 目が合う。

「よろしくね」

 それだけで挨拶を済ますと、勇者の襟首を引っ張って離れた所へ連れて行く。

 声を潜め、

「ちょっとどういうことですか!?」

「なにがだよ」

「お金ないんですよ! それなのに食い扶持増やしてどうするんですかっ」

「落ち着けよ」

「だいたい勇者さんは私たちを置いてひとりで出歩いてた理由を覚えてるんですか」

「覚えているさ」

 金がなかった。本格的に金なかった。

 しかし勇者はこともなげに「じゃあ俺が金を用意してやると」と、そう言って行ったのである。

 それが帰ってきたら仲間を増やしてきたではないか。それもまだ少女だ。

「どういうつもりなんですかっ」

 アリスが問い詰めたくなるのも当然のことだ。

 しかし勇者は相変わらず脳天気な顔で、

「だから金を用意したじゃあないか」

 などと言う。

「おいおい、気づかないのか? サシャをよく見てみろよ」

 言われた通りにするアリスだがわからなかった。

 あきれた、とでも言いたげに勇者は肩をすくめる。

「いいか。よく聞け」

 前置きし、

「サシャの鎧、ありゃあクリムゾン製だ」

「ええ!?」

 彼が言い終わるより前にアリスの口から驚愕の叫び声が飛び出、彼女の目はサシャの鎧に釘付けになっていた。

 鎧鍛冶と刀鍛冶のクリムゾン兄弟と言えば大陸中に名の知れた名工であり、彼らの作る武具の値段はそこいらのものとは0の数が二つも三つも違うという代物であった。

 驚いてみせたアリスだが遠目からでは、というか近くからだろうとそれを判別する力は彼女にはない。

 気難しいことでも知られている兄弟だ。作品の数は少なく彼女は実物を見たことがなかった。

「本当なんですか?」

「ついでに提げてる長剣もそうだぞ」

 そういう一流の武具を持っている人間が金だけ持ってないということはあるまい。

 しかし、


「あの子にたかる気ですか」

「たかるなんて人聞きの悪い。向こうから喜んでだしてくれるさ」

 そう言うと勇者は手招きでサシャを呼ぶ。

「なあサシャ。さっきの話覚えてるか」

「もちろんだぜ」

「本当は仲間になったばかりのお前にこんなこと言うのはなんなんだが」

 少し溜めて、

「けどサシャが本当の同志だと思うから言うんだぞ」

 そこでサシャが彼の言葉を遮った。

「みなまで言うなよな、水くさい」

 すべてわかっているという顔だ。

「俺はこう見えてそれなりに持ってるんだ。しばらくは俺の金を使ってくれ」

 勇者はサシャに見えないようにニヤリと笑みを作り、

「ほらな」

 とアリスを見た。

 

 こうしてまたひとり、彼に騙され旅の仲間が増えたのだった。

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