第9話「勇者と昔話その1」
ハンガス西部の国境とほど近い場所に小さな村がある。
そこで勇者は生まれた。
彼の両親は彼に名前をつけるよりも先に、村の西側にある魔族どもが住み暮らす暗くよどんだ障気漂う森の端に、彼を捨てた。
村には生まれたばかりの赤ん坊を生贄として魔族どもに捧げるという風習があった。
この生贄のために彼らは魔族に襲われることはないのだ、と信じている。
人間の土地の西の果て、首都から遠く離れ、王の威光も届かず、騎士の庇護もない彼らが精神の安寧を保つためには必要な儀式だった。
同時にそれを口実とした口減らしでもある。 耕せる土地が少なく、実りもわずかしかない、辺境の寒村で生きていくためには仕方のないことなのだ。
こうして勇者の短すぎる人生は幕を閉じるはずだった。
森の端のそばににひとりの人間の姿を見ることができる。いや、人間ではない。
それは異形であった。異相ではない。『異形』である。
頭、胴に手足――『それ』の体はなにでできているのだろうか。
寒天のような弾力のある全身が白く、ぼんやりと光っているようにも見え、顔には目、鼻、耳がなく口があるのみだった。当然、髪の毛もなく、まず一切の体毛がない。ぬぼーっと背が高く、手足は細く長かった。
確かに遠目には人の形をなしているよにも見えるが、しかしあきらかに人間ではなく、魔の森の住民であった。
この異形の彼は手に弓を持っていた。だが人間を襲いにきたのではない。兎を追って、いつのまにか森の端近くまで来ていたのだ。
それに気づいた彼は引き返そうとする。異形の姿をした者が人里の近くにいてもいいことはなにもないと知っていた。
その耳になにかが聞こえた。
獣の鳴き声だろうか。彼は耳を澄ます。
その音は赤ん坊の鳴き声であった。
彼は音のする方向が森の外だというのが気になったが、しかし捨ててもおけず、聞こえてくる音を頼りに茂みをかき分けて進む。
すると。まさしく赤ん坊が、白い布にくるまれて、捨てられているではないか。
しかも、泣き声に誘われたのは彼だけではなかった。
森の狼どもが今まさに赤ん坊を食わんとして襲いかかろうとしている。
彼はの弓を構え、素早く矢を放った。ひゃうと茂みから飛び出した矢は空気を裂いて疾り、狼の足下の地面に突きたった。
狼が低くうなり声を発する。
さらに二本の矢が、また狼どもの足下に刺さった。
狙いが外れたわけではない。警告である。
狼どもは彼のいる茂みを睨みつけたまま、ゆっくりと後退して、やがて走り去った。
彼はほっと胸をなでおろし、赤ん坊の下へ行く。
「人間の……」
人間の赤ん坊である。
彼らは人間が生贄を捧げていることなどまるで知らぬ。人間が森に近づかないように、彼らもまた森の外には近づかないのだ。まして彼らは人間を食べるなどと言うことはなかった。
生贄となった赤ん坊は今のように狼のような獣、あるいはもっと恐ろしい森の怪物たちの餌食となるのだった。
この赤ん坊もその運命を辿ろうとしたまさにその時、彼があらわれたのだから運がいいといってよい。
彼が赤ん坊の顔をのぞき込むと、赤ん坊はぴたりと泣きやみ、彼へ笑いかけた。
彼は逡巡したのち、赤ん坊を抱き上げた。連れて帰る気になったのだ。
無論、食べるためではない。
「名前をつけてやらなきゃあな」
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彼が人間の赤ん坊を連れ帰ったことを、彼の妻はさして驚くことはなく、むしろ嬉しそうに赤ん坊につける名前を考え始めた。
夫婦は赤ん坊をホープと名付けた。
後にいろいろな偽名を持つことになる勇者だが、これが親につけられた本当の名前である。
よって今後、勇者のことをホープと呼ぶことにする。
夫婦に子供はなく、初めての子育てであった。まして人間の赤ん坊であれば勝手がわからず、いろいろと苦労することもあったろうが、両親の愛情を一身に受けたホープはすくすくと健康に育った。
十歳にもなれば分別もでき、自分と両親の容貌があまりに違いすぎていることに疑問を持つのは当然だろう。
「僕はどうしてお父さんやお母さんとは違うの?」
そう訪ねたホープの顔には複雑な表情が浮かんでいた。
予想のできないことではない。あるいはもっと以前から気が付いていたのだろう。
両親は顔を見合わせ、どちらからともなく、
「ホープ。よくききなさい」
彼らはゆっくりと、言葉を選びながら、真実を語りだした。
血の繋がりがないこと。ホープが人間だということ。彼らが魔族だということ。
彼らが話し終えた時、ホープの表情から不安の色が消えていた。それは両親の言葉に嘘はなく、真実愛情がこもっていることを知ったからであろう。
血の繋がった親子ではないと知った後もホープはなんら変わりなく、むしろよりいっそう愛が深まったと言える。
またホープが人間だということで彼を差別し、虐めるような者は集落にはいなかった。
魔族の半分ほどは人間と見た目が変わらない者であったし、異種異形の者たちが集まって何百年と暮らしてきた場所であれば、それは些細なことであり差別など起こるはずもなかった。
そもそも魔族とは魔法を使う人間の蔑称である。
かつて――まだナノクニ、バロイ、ハンガスの三大国が影も形もない時代のこと、一つの国があった。今では歴史に埋もれその国の名前を知る者はいない。
その国は人間至上主義を掲げ、魔法を悪魔の業と貶め、それらを使う人間を迫害した。
迫害はひどくなる一方であり、彼らはとうとう大陸の西のはずれ、障気がでると言われ誰も住み着かない土地へと追いやられた。
奇っ怪な動物の住む森とわずかな草原地帯を除けば、広漠な荒野が広がる厳しい土地ではあったが、一方的な価値観でもって彼らを迫害、虐殺する人間のいない場所でもあり、新天地の厳しさは以前のそれとはまったく違い、ある意味では幸福でさえあった。
次第に魔族だけではなく、異形の者たちも障気の土地へやってくるようになった。同じように人間の迫害にあったのだ。 やがてそうした異形の民も魔族と呼ばれるようになり、最後には障気の土地に住む者全てがそう呼ばれるようになった。
しかし、そうした事実は人間至上主義を掲げた国家がある時一夜にして滅びたのと一緒に歴史からは消えてしまった。
しかし人間がその事実を忘れても、いや、むしろ忘れたからこそ魔族を下等な別種と扱い差別は残った。
さて……。
ホープには両親と血の繋がらないという事実よりももっと大きな衝撃があった。
それは、
「この世界には魔族以外に人族というものがいて、人間界は魔界よりもずっと広いって知ってた?」
このことである。
魔界の、それも端にある森の中の一集落という閉じた世界がそれまでのホープの全てだった。
人間と、人間の織りなす広大な世界というものをまったく知りもしなかったホープにその衝撃は到底言葉で言い表せるものではない。
ホープの抱く憧憬は果てどなく彼の瞳を興奮と希望によって輝かせる。
しかしそうしたホープとは違い、彼に尋ねられたら人物は興味なさげに平坦な声で答えた。
「人間てのは弱っちい生き物らしいな」
ユリウスであった。彼とホープは同じ集落の出身で、歳は彼が一つ上だったが、幼なじみと言えた。
らしい、と言うのは父親からの伝聞であり、ユリウス自身は人間を見たことがなかった。「弱っちい癖に数にまかせて俺たちの祖先をこの土地に追いやった薄汚い奴らだよ」
内容とは裏腹に声に恨みや憎しみといったものが感じられないのは、やはり父親の言葉をただ単純に再生しただけだからだ。
例え人間が魔族にしたことを忘れても、やられたほうはそれを覚えていて、親から子へ、子から孫へと伝えられていた。
魔族の中には人間に対して畏れこそあれ憎悪のない者もいるし、ユリウスのように何の感情も――つまり好意も嫌悪も持たない者もいる。
すでに戦い魅入られているユリウスであるから、父親がいくら憎悪をすり込もうと、
「弱い奴なんてどうでもいいね」
このことであった。
生来の特殊能力である、戦った相手の長所を学習し、それを少しだけ上回るという力によって大人でも彼の相手にはならない。
「そんなことよりもう一回やろうぜ」
その大人でも相手にできないユリウスと唯一互角の戦いができるのがホープだった。
ホープには魔法の才能はなかったが、剣術については天性のものがあった。
天賦の才と子供ながらの綿のような吸収力でもって、文字通り一戦ごとに力を付けていく。
であればユリウスの学習能力も追いつかない。
彼らは近隣の森の中を遊び場に手合わせをしては勝った負けたを繰り返していた。
そんな子供時代のある日、いつもと同じように森に出かけようとしていた二人に大人たちの会話が聞こえてきた。
「グレイエイプがでたって?」
「バソンのところは全滅らしい」
「五メートルはあったって言うぞ」
魔界の森には人間界にいない奇っ怪で恐ろしい生物がたくさんいる。
グレイエイプもそのひとつで、全身銀色の毛に覆われた角のある巨大猿だ。
性格は獰猛で、膂力に優れ、その力は大木を薙ぎ倒すほどもある。
通常は二メートルほどだが、その倍もあるのに別の集落は襲われ、その中の一つは全滅したらしかった。
確かに獰猛ではあるのだが、これまで集落一つが壊滅するということはなかったから大人たちは慌てている。
話を盗み聞いていたユリウスは大人たちの前に飛び出し、
「大猿くらい俺がやっつけてやる」
自身満々に言い切ったが、
「お前がいくら強かろうと子供の出番ではない。あっちに行っていなさい」
追い払われてしまった。
とはいえ当然である。が、ユリウスとしては納得がいかない。
もちろんその大部分が強い奴と戦いたいという戦闘欲求からくるものだが、自分のほうが大人よりも強いのだから自分が戦ったほうが被害が小さくてすむ、という思惟がないわけでもなかった。
しかし大人からしてみれば先の言葉に全てが詰まっている。
ユリウスが強いことは彼らも認めるところだ。
だから子供だといって軽んじているわけではなく、大人として子供は守るべき存在という常識がある。
そういう考えを持った大人がどうして子供を危険な目にあわせようか。
なにもグレイエイプに村が襲われるのは初めてのことではない。
森での暮らしは奇っ怪な猛獣とのせめぎ合いであるから、大猿に限らず色々な獣と戦い、そのたびにいくらかの被害をだしてきた。
そういう経験があるからなおのこと子供には戦わせられないのだ。
しかしそんな大人たちの思いをくめないから子供なのであり、ユリウスはひどく反発してしまうのだ。
不意にユリウスの目が何かを思いついたように怪しく光れば、ホープはいやな予感しかしない。
案の定、
「俺たちだけで倒しちまおうぜ」
と、ユリウスは言いだした。
「無茶だよ、それは」
「戦わせてくれないんだからそうするしかないだろうが」
「大人の言うことは聞いたほうがいいよ」
「いいこちゃんなことを言うなよ。お前だってグレイエイプを見てみたいんだろう」
ユリウスはずいと顔を近づけホープの目を覗き込んだ。
図星であればこそホープは視線をそらす。
人間の世界という存在を知ってからのホープは未知への憧憬が強くなっていた。
グレイエイプをまだ見たことがないので、見てみたいという気持ちは当然ある。
「だけど二人でっていうのは無茶だよ」
「そうかよ! だったら俺一人で行けばいいんだろ!」
ユリウスは拗ねてしまってそっぽを向く。
「はあ」と大きなため息をつくホープ。
「わかったよ、わかった。けど危なくなったら見捨てて逃げるからね」
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倒そうなどと意気込んで森の中に入っていったとはいえ、当てがあったわけではない。
だからそれを見つけられたのは僥倖だった。
しかも大猿グレイエイプの背後約十メートルの位置、かつ、都合よく風下であれば運がいいとしかいいようがない。
人間が意識しないような臭いでも動物はそれを感じとることができる。風下からの接近であれば臭いで気づかれるということはない。
「大きいね」
ホープの口から思わず言葉が漏れていたが声を低くすることは本能的に忘れていなかった。
はじめそれを見つけた時、二人は目がおかしくなったのでは、と思わずにはいられなかった。
五メートルもある生き物を見たことがなかったので遠近感が狂ったのだ。
ユリウスの返事がないことを不思議に思って横を向くと、彼の目は爛々と輝き、臨戦態勢、今にも飛び出していきそうだった。
「まさか突っ込む気なの?」
「当たり前だ。まず一人でやる。ホープ、お前は手を出すなよ!」
自信と闘志にあふれた声だ。が、興奮で声をひそめることも忘れている。
「気づかれるって」
「関係ねえ! いくぜ!」
言い終わらないうちにユリウスは走り出していた。
言葉通り作戦はなく、単純に突っ込んでいく。ただ馬鹿ではない。低い姿勢で茂みの高さに身を隠しながら一気に大猿の背後にせまる。そのアドバンテージは捨てていない。
「よし、気づかれてない!」
そう小さく叫んだのはホープだが、ユリウスも同じ手応えを感じていた。
見る間に十メートルの距離はなくなり、ユリウスの射程となる。
跳躍し、隙だらけの大猿の後頭部を殴りつけようとした、その瞬間。
「ッ!?」
グリン、と首が回り大猿が振り向いた。と、思った時には横薙ぎに繰り出された大猿の丸太のような腕がユリウスの胴を強打している。
とっさに防御姿勢をとったが、跳躍したことが仇となった。空中では踏ん張ることもできず、ユリウスは吹き飛ばされ、木の幹に強か打ち付けられてしまった。
この時、ユリウスにはそんな余裕がなく気づかなかったが、ホープは見た。
大猿が、
(笑っていた……!)
確かに、振り向いた大猿の口元は笑みをたたえていたのだ。それもほくそ笑んでいた。
つまり、気づかれず後ろをとった気でいた二人だが、
「釣り出されたのか、僕たち!?」
避けることもできず、防御もままならなず、もろにダメージを受けたユリウスだったがすぐに立ち上がった。どうやら無事らしい。
しかし、殴られていたのがホープならば起き上がれなかっただろうし、最悪、というよりかなりの確率で死んでいただろう。
それほどの強撃。獣の持つ人間とは根本的に違うパワー。
言うまでもなく人間が動物に筋力で勝てるはずもない。
そういう大猿のパワーがいかんなく発揮された一撃を受けてもユリウスが平然と立ち上がれたのは彼の強靭な肉体が人よりもむしろ獣に近いせいだろうか。
とはいえ無傷というわけではない。口の中が切れたらしく、血の混ざった唾を吐きだした。
奇襲をかけるつもりで、逆に奇襲を受けてしまったユリウスだが、その気勢は衰えるばかりかますます盛んであった。
「やるじゃねえか。気づいてたのか? まんまと嵌められたってわけだ。だったら今度は正面から行くぞ!」
駆けだしたユリウスはまさしく正面から殴り合いをする気でいた。
すでに大人ほどの体格であるユリウスでも、異常成長し五メートルもあるグレイエイプとは比べるべくもない。
まず間合いを得たのは、言うまでもなくグレイエイプだった。
指の一本、一本が人間の腕程もある手を握り込めばそれはもう巨岩と変わりがない。
その一打ちをユリウスはかいくぐったが、空を切っただけの拳撃で大木がギシギシと揺れ、ついに根本から倒れたではないか。
すでに身に受けて知ってはいるが、改めて大猿の凄まじい膂力を思い知らされれば、背筋に冷たい汗が落ちる。
しかし、同時に昂揚もするのがユリウスの戦闘狂的な質であった。
大猿の続く一撃をかわし、懐に潜り込んだ。
リーチの長い巨体は得てして内に入られたとき脆いものである。
が、その予想をあざ笑うかのように素早い蹴りが飛べば、ユリウスはまたもまともに受けてしまい体が宙に舞う。
受け身もとらず地面に打ちつけられた。
今度の一撃は彼の脳を揺らし、一時的に体の自由がきかなかった。
「ぐっ……うう」
無意識にうめきが漏れるがどうしようもない。
大猿は愉快そうに鳴き声をあげ、手のひらを打ち合わす。
と、大猿が跳躍した。
木々の頭を飛び越えて、中空まで飛び上がる。
「押し潰す気なの!?」
大猿の行動からそう思い至った時には既にホープは走り出していた。
ジャンプスタンプキックなんてものは隙だらけで普通ならよけて当然の技だが、動けないユリウスにはどんな技でも関係がない。
手を出すな、と言われたホープだが助けないわけにはいかない。
しかし、大猿は既に落下し始めている。
間に合わないと断じたホープはナイフを投げつけたが、硬い獣皮に弾かれてしまった。
大猿の巨体が視界を縦に疾り、地面に突き刺さった。
凄まじい地響きと土煙が巻き起こる。
「ユリウス!」
しかし、返事はない。
「嘘だろ……」
慨嘆の声に、
「嘘じゃあない」
ハッとして振り向けばユリウスが立っていた。
「動けたのかっ?」
「ギリギリな」
答える彼の足下はおぼつかず、本当にギリギリのことだったのだろう。
「しかし、こんなに強いとは……な」
言いつつ、ユリウスの顔は楽しそうだ。
ホープはあきれてため息をもらす。
「今度は僕もやるよ」
「まあ、こう遊ばれちゃあな」
ユリウスは実際に楽しんでいるのだが、だからといって余裕があるわけではない。
今の攻撃だって大猿はわざわざ飛び技なんぞを繰り出したが、他にいくらでもユリウスをしとめる方法はあった。
だから遊ばれている、という言葉もでる。
「投げナイフはきかなかったよ」
「ああ、見てた。斬れないか?」
「それとこれとは話が別だけど」
「だけど?」
「致命傷ってのはなかなか」
「難しいか」
「うん」
ナイフが刺さらないほど硬い皮膚だ。斬れないことはないが一撃必殺とはいかない。
「しょうがねえ。俺が引きつけて、お前が斬る。これで行くか」
ユリウスが不本意そうなのは囮役をしなければいけないからだ。
「剣なら貸すけど?」
「力任せで斬れる相手じゃないんだろ」
彼はあまり剣の扱いがうまくなかった。抜群の身体能力があれば、そもそも剣を必要としないのだ。
が、今は何か武器を持ってくればよかった、と考えないでもない。
どちらかが合図をしたわけでもなく、しかしぴったりの呼吸で二人は動きだしていた。
まずユリウスが大猿の前に飛びだし、攻撃を引きだす。
人間と構造の変わらない大猿であれば、同時に二方向を攻撃することは難しい。
だからユリウスが囮となり敵を引きつければ、隙が生じる。
その隙をついてホープが手首、肘、脇の下、アキレス腱といった急所を狙う。
硬い獣皮のせいで大きな損傷は与えられないが、小さな傷でも蓄積させることにより致命傷となる部員であった。
二人のコンビネーションは完璧と言っていいほど息が合っており、一対一でもユリウスが歯も立たなかった大猿がみるみるうちに傷だらけになっていく。
そして十分としない間に、大猿は膝を折って崩れ落ちた。度重なる斬撃によりアキレス腱を切断されたのだ。右腕もほとんど動かなくなっていた。
ここまでくるともう勝負ではない。一方的な狩りであった。
最後には、喉をはね斬られ、大猿は断末魔をあげることもかなわず絶命した。
それでも二人は息を切らせ、肩が弾んでいた。
目配せをし、どちらからともなく手を合わせたが、しかし、悔しそうである。
それは当然だろう。
結局、一対一では相手にならなかったのだから。
「あー、悔しい!」と、叫んだのはホープのほうだった。
直接、一対一で対峙をしていない彼だが、ユリウスの様を見れば自分の場合の結果も容易に想像がつく。
ましてホープの場合、最初の一撃で終わっていた可能性が高ければなおのことだ。
子供が大猿グレイエイプを倒したという噂を聞いて、城から使者がやってきたのはそれからしばらくしてのことだった。




