ヤンキーな俺が一番普通なクラス
「おい、起きろぉ!! 三年D組真壁 真」
中代中学の生徒指導室に担任の秋山の怒号が響く。
今は俺の進路について話しをしていたのだが、あまりにも話す内容がつまらくて寝てしまった。
「ちっ、うっせーな起きてるよ」
「嘘をつけぇ、今寝てただろう絶対。お前進路どうするか決めているのか!? 進路希望届出していないの真壁だけなんだぞ。何処に進学するんだお前は」
「知らねーし、大体俺なんかが行ける高校この辺にねぇだろ。だから就職しようと思っているよ」
俺が住んでいる地域は偏差値が高い進学校が多い。
不良で頭がお世辞にも良いと言えない俺に受かりそうな高校などないのだ。
だからと行って、地元から離れた高校に行くのも面倒なので、中卒で仕事を探す予定だ。
「まさか中卒で簡単に仕事が見つかると思っているんじゃにいだろうな。社会を嘗めすぎだあ!」
また、怒号が響く。
それから、俺はどうだのこうだの説教が始まった。
俺だって好きで今みたいな感じになったわけじゃない。
あれは、中学に入ってすぐのこと。
小学校からの友人が虐めにあっていたから助けたら、今度は俺が虐めの標的に……というよくある話しだ。対抗するために一度も染めたことがなかった黒髪を金髪にし、痛いのを我慢しピアスを開けた。
そんな風貌にしたからか、不良に絡まれることが多くなった。
毎日喧嘩を続けていく内にどんどん強くなっていった。
同時に友人はどんどん離れていったがな。
最終的に虐めから助けた友人も俺から離れていき、不良になった俺だけが残ったのだ。
そこから学校生活がどうでも良くなった俺は、毎日ケンカに明け暮れ、勉強もろくにせずにあっという間に二年半が過ぎて現在に至る。
「……説教はこれぐらいにして、真面目な話しに戻るぞ。実はお前にお勧めな高校がある」
「嘘つくなよな。俺だって自分が入れそうな所探したけどなかったぜ」
「ほう〜、行く気はないはずだったんじゃないのか……?」
「ぐっ……」
「まあいい、そこはな、寮がついていて、お前みたいな奴でも入れる高校だ。地元からもさほど離れていない。どうだ、受験してみないか?」
寮がついているなら家から出れて余り金が掛からない。
親には散々迷惑をかけてしまったので、早めに自立したかったのだが……。
俺みたいな奴でも高校に通えるのか?
「両親には私から話しをしてやるし。必要な手続きの手伝いもしてやるから、考えてみてはくれないか?」
「ぐっ……なんでそこまで俺のためにしてくれんだよ」
秋山は一年の頃からずっと俺の担任だ。
今までクラスで問題を起こしまくった俺にどうしてここまで……?
「それはな……お前が実は良い奴だと知っているからだよ。一年の頃、私がもっとしっかりしていれば、虐めに気づいてさえいればお前はこうならずに済んだと思うんだ。真壁、お前にはな。中学で味わえなかった青春というものを高校で味わってきてほしいんだよ」
にっと歯を出して笑う秋山が少しかっこいいと思ってしまった。
「ちっ、勝手にしろよ」
なんだかんだで説得されてしまい、秋山が勧める高校を目指すことになった。
迷惑をかけた、両親も快く賛成してくれた。
学費も出してくれるらしいが、生活費は自分でなんとかすると断った。
良い両親と担任に恵まれた俺は無事秋山が勧めてくれた高校に合格することが出来た。
そして、今俺はその高校の前に立っている。
「ここが……俺の通う神代高校か」
巨大な門の前でつい立ち尽くしてしまう。
試験で一度来てはいるのだが、この学校の生徒になれると思うと感動してしまった。
「いけね、荷物置きにいかないと!」
入学式は明日。今日は寮に引っ越しの手続きをしなくてはならないのだ。
俺は荷物の入ったトランクを片手に自分が住む男子寮に向かった。
合格通知と共に学校のパンフレットが同封されてきたので道に迷わず、男子寮に着くことが出来た。
寮の管理人に自分の部屋は何処か聞いたのだが、どうやら、二人の相部屋らしい。
「まじかよ、やべぇ……」
高校生活を楽しむことを目標にし、入学した俺だが、まだ不良な所は改善されていない。
相部屋の奴と上手い具合に付き合いが出来るといいのだが。
管理人に渡されたカギの番号と一致している部屋を見つけ、扉を開けた。
「おっ、相部屋君到着かな?」
中に入るとベッドの上で菓子をポリポリ食べていて、
耳にはヘッドホンをつけ、格好はTシャツと短パンという普段着の女子からモテそうな爽やか系イケメンがいた。
「俺須郷 佑生ってんだ。部屋は変わらないらしいから、三年間よろしく頼むぜ〜 」
チャラい感じで、手を上げて挨拶してくる。
やばい、自己紹介からの挨拶なんて久しぶりだぞ。
返さないと。
「……っ、真壁 真だ。こ、こっちもこれから三年間よろしくっ!」
緊張して噛んでしまったが気にしない。
俺は挨拶をして、須郷に素早く右手を差し出した。
握手をすれば友情が芽生えるとかよくあるだろう。
仲良くやろう的な意味もこめ、勇気を出して差し出したのだが。
「おっ、握手か? いいね〜よろしくなっ」
須郷がそう言った瞬間、ビリィッ! とTシャツが破れる音がした。
須郷が差し出してきた左腕が三本ある。
一本を除き、他の二本の腕はTシャツから無理矢理出したため穴が空いてしまったみたいだ。
「…………」
まあ、状況を冷静に分析することは出来たが、内心かなり動揺しているわけで……。
「ああ〜悪い悪い。握手するときは腕一本だよな、ふつー」
誰にでも好かれそうなのほほんとした顔をし、謝ってきた。
そして、三本あったはずの腕が一瞬で二本消えて、一本になった。
残った腕で俺の手をとりブンブンと振っている。
「仲良くやろーぜ〜」
須郷は何もなかったようにへらへらしている。
しかし、俺は先程の光景が頭の中でちらつき心ここに有らずだった。
*
「お〜い、マコっち起きろー。遅刻すんぞー」
ゆさゆさと揺さぶられる衝撃で目が覚めた。
目を開けると相部屋で昨日からの悩みの種である須郷がいた。
「あ、ああ……悪い」
「早く着替えて飯食わねぇーと! 入学式に間に合わないよー」
須郷のことが気になるが、入学式に間に合わないのはまずい。
もう俺は不良ではあらず。中学で味わえなかった青春を過ごすために来たのだ。いきなり遅刻をして目をつけられるわけにはいかない。
*
「ふぅ……間に合って良かったぜ」
須郷に急かされながらも猛ダッシュして良かった。
学校が広くて道に迷うかと思ったけどな。
運よく生徒誘導してた先生に出会えてよかった……。案内された体育館のあまりの広さに驚いたが。
「いいかお前ら……この三年間を大事にするんだぞ。たくさん勉強して、恋してそして……三年経ってこの高校に入って良かった。
……そう思えるように……がんばれよ……!後はな……ーー」
今は髭がとても素敵でダンディな校長のありがたい話しを聞いている。
しかし、何故そんなに綺麗なバリトンボイスなんだろうか……。
中学の頃は校長の話しなんて怠いとしか思わなかったのに、つい聴き入ってしまうじゃないか……。
俺は二十分ぐらいの長い校長の話しを一言も聞き漏らさずに聞いていた……。
「これで……俺の話しは終わりだ……じゃあな、新入生諸君……」
校長は背中を向け、体育館の出口に真っすぐ向かう。そのまま一度も俺達新入生に振り向かずに体育館から去っていった。
「えー、これで入学式を終了します。新入生達は教員の指示に従ってーー」
進行役の指示通り、教員の指示に従って教室に案内される。
まだ知り合いなんて、須郷しかいないので正直どんなクラスでも構わない。
ただ、馴染むことが出来ればいい。
これだけを考えて俺は誘導されるがままに教室に向かった。
*
「おっ、マコっちクラス一緒じゃん。良かった〜」
「あ、ああ」
まさかの須郷とクラスが同じだなんて、しかも席が自由だから隣に座られてしまったし。
嬉しさ半分悲しさ半分といったところだろう。
結局、昨日の腕について聞けていないしな。
「にしし、マコっちはどう? このクラス?」
口に手をあてて、小さな声で話しかけてくる。
「どうってなんだよ。てかなんでひそひそ話し?」
「いや、マコっちから見たら、かわいい子どれぐらいいる?」
まさかの女子についての質問かよ。
まずいな、中学三年間喧嘩ばかりで女っ気なんて皆無の学校生活おくった俺にそれを聞くとは……。
キョロキョロと教室の女子を見渡す。
かわいい子、かわいい子……いた!
「あの、扉の前でまだ席を決めてないでオロオロしている子とかはどーだ?」
身長が低めで、薄紫色のショートヘアーの目が大きい人形のような少女だ。
「うわ〜マコっちってロリコン……」
「なっ!? お前が聞いてきたんだろうが」
そんな小競り合いをしている内にどんどん教室の席はうまっていき、気がつくと。
「マコっち、右の席見てみな」
「ん? ……なっ!?」
須郷の言われ右の席を見ると、先程の少女が座っていた。
俺の視線に気づいたのか、顔を紅くしてペこりと頭を下げてきた。
「あ、ああ……よろしく」
こちらも挨拶をし頭を下げる。
すると、顔を真っ赤にし、下を向いてもじもじしだした。
「良かったな〜マコっち〜」
須郷が横からちゃかしてきたので、頭を叩いて黙らせた。
友人が出来て、好みの女の子が隣の席になった。
今、俺は青春しているんじゃないかな。
高校生活に光が見え始めた。
楽しい高校生活がおくれると浮かれていると、担任であろう教員が教卓を叩いた。
「席は決まったようだな! 私はこのクラスの担任、香川 日向だ。これから三年間よろしく頼むぞ!」
炎のような赤い髪の長髪を手で靡かせ、俺達生徒を見上げている。
弱冠吊り目だが、スタイルが良く、美人の部類に入るだろう。
「では自己紹介をして貰おう。出席番号から行くと……天海!」
教卓に置いてある出席簿を確認し、生徒名を言う。
「ひゃ、ひゃい!?」
隣から可愛らしい声が聞こえた。
いきなり名前を呼ばれたからか、緊張して噛んでしまったようだ。
彼女は顔を真っ赤にして椅子から立ち上がり、深呼吸してから自己紹介を始めた。
「天海 美空です。しゅ、趣味は料理で得意な教科は国語です。種族はーー」
「ん?」
彼女は今なんて言った?
自己紹介で名前、趣味、得意な教科はまだわかる。でも種族って何だよ。
俺がそんな思考をしているとーー
「種族はーー天使でしゅっ」
最後でまた噛んでしまった彼女の背中に綺麗な真っ白い翼が生えた。
ばさっという音がして生えた羽が、隣の席の俺に当たる。
……作り物じゃないよな?
確かめるため、羽に触ってみる。
「ひっ!?」
肌触りが良く、温かくてふわふわしている。
いつまでも触っていたくなるような感じだ。
その感触に感動しつつモフモフしていると、俺の頭に衝撃がはしった。
「いだぁっ!?」
頭を抑えて机にうずくまる。
上を見てみると、俺を叩いた犯人であろう香川がいた。
俺の頭を強襲した凶器であろう出席簿を片手にだ。
「まったく、いきなり問題を起こすなよ。天使の羽は敏感なんだ。少しはデリカシーというもの知れ!」
何だよ天使って……。羽が敏感とか知らないし、そもそも種族って何だ?
隣の天海の羽はいつの間にか失くなっているしよ。
というか、顔を真っ赤にしてこっちをチラチラ見てくるんだが……。
あとで謝っておこう。
というか俺は冷静すぎだろう。
女の子から羽生えたんだぞ、羽!
種族は天使てか言ってたしなんだよ種族って!?
俺はいつ異世界にトリップしたんだ。
その後続く自己紹介だが、どいつもこいつも人間はおらず、リザードマンやら、吸血鬼やらとファンタジーな存在ばかりだ。
教室に入ってきた時は人間の姿だったじゃん、試験の時だって人間だけだったはずだろう。
これは夢ではないのかと現実逃避し始めた頃、須郷の順番が回ってきた。
机から立つと、女子生徒がざわめきだす。
「須郷 祐生ってんだ。趣味はバスケで、得意な教科は数学だ。三年間楽しくやろーぜ、よろしくな」
爽やかな笑顔で挨拶すると女子クラスメートからキャーキャーと黄色い声援が贈られた。
男子からも悪い反応はない。
アイドルじゃあるまいし、手を振っている女子生徒がたくさんいる。
須郷も手を振り返すが……。
「……あ!」
腕を六本に増やしてしまい、ワイシャツと学生服が破れる音が教室に響いた。
「見ての通り種族はヘカトンケイルだ。たまに腕を増やしちまうけど、迷惑はかけないからさ。改めて、よろしくなー」
それでも爽やかな笑顔で女子達に手を振る須郷。
服が破れてしまったことはあまり気にしていないみたいだが……。
(気にしろよぉぉぉ!?)
俺は何故気にしていないのかがわからない。
そのまま、キャーキャー言われつつ、須郷は席に着いた。
「……須郷、新しい学生服を買うか、破れたところを縫うかどうにかしろよ。あと、腕を増やす癖はなんとか治しとけ、次はーー」
香川が須郷に当たり前の注意をし、どんどん自己紹介という名の正体晒しが続いていく。
人間なんて一人もいない。みんな、漫画やアニメでしか聞いたことがないような種族だ。……俺はどうすりゃいいんだ!
机の上で頭を抱え必死に策を考えていると、俺の番が来てしまう。
「おい、次真壁の番だぜ。ビシッと決めろよ」
横の須郷から背中を叩かれ、煽られる。
十人中、十人が振り向くようなイケメンスマイルでだ。
こんな人外しかいないクラスで、どうビシッと決めれば良いのだろうか……?
何一つ良い案が浮かばない内に、席から立つと、周りのクラスメートからの視線に緊張が高まる。
「俺の名前は真壁 真だ。趣味は特にねぇ」
強いて言うなら、ケンカだな。
……趣味に入らねぇか。
「得意な教科はない、種族は……」
頭の中が真っ白になる。
考えろ、考えるんだ俺!
人間でいいのか、この人間が一人もいないクラスでそう言っても!?
「種族は……」
周りからの視線が強くなり、香川が早く言え的なことを目で語っている。
駄目だ、何も思いつかねえ、人間て言うしかーー
「ヤンキーだぁ、文句あっかあ!?」
机を両手で叩き、言い放った。
途端に静寂に包まれる教室。
そんな中、俺は冷静になり、激しく後悔する。
何でヤンキーって言っちまったんだ。
種族がヤンキーって何だよ!?
中学卒業と共に封印した睨みを効かせた顔で周囲を威嚇する。
こうなったら、やけだ。
何を言われてもうるせぇって力押しでーー
「そうか、じゃあ次は岬だな。……何をしている真壁、もう座っていいぞ」
何事もなかったかのように、香川は違うクラスメートの自己紹介を促す。
予想外なことに何も言われない。
クラスメートを見ても、すでに俺には興味がないらしく、岬という鳥人の自己紹介を聞いている。
「マコっちってヤンキーだったんだな〜。種族を言う時、引っ張ったから悪魔とか、龍人とかかと思ったけど、普通だったからびっくりしたぜ」
「……は?」
ヤンキーが普通ってどういうことだ。
基準がおかしいと思うのだが。
そもそもヤンキーっていう種族があるのか?
「なあ、ヤンキーって普通の種族なのか?」
隣の須郷に小さめの声で質問する。
「ちょっとマコっち〜。自分の種族のことぐらい知っておかないと駄目だぜ〜」
呆れた感じで俺に言ってくる。
自分の種族というか成り行きで言ってしまったんだけどな。
本当は人間だし。
聞くところによるとヤンキーっていう種族は人間から派生した種族に入るようだ。
じゃあ人間でいいのではと聞いてみたらそうでもないらしく、オタクやらお嬢様やらいろいろ派生しているらしい。
自由すぎだろ人間……。
そして、さらに最悪なことを聞いてしまう。
退学処分になってしまったら、自分の種族しかいない世界に飛ばされるとか。
……つまり俺は退学になってしまったらヤンキーしかいない世界に強制送還されてしまうのだ。
「まっ、退学処分なんてめったなことしないとならないって。一緒に楽しく学校生活を楽しもうぜ」
ニカッと爽やかな笑顔で言ってくるが、俺は心中穏やかではない。
こんな、人間の姿をしたファンタジーな種族しかいないクラスで俺は三年間過ごさないといけないのか……。
この時俺は思った。
ヤンキーな俺が一番このクラスで普通だと……。
今の連載が終わったら続きを書こうと思っています。
主人公の生徒手帳↓
まかべ まこと
真壁 真
男
一年D組
種族 ヤンキー