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第八話 安息日の猟犬達

 終業式で生徒指導の先生のお話を寝て聞き逃し、部活動の打ち合わせで残された優一達を置いて帰って以来、久しぶりに学校へ行った。冬には寝巻きになる体育のジャージを着て、銃は隠し場所に困ったので携行しなかった。そうでなくても代わりになるものはいくつかある。

 駐輪場にカブを停め、ボタンの割れた給水機で水を飲む。この季節だけだ。水がこうも美味いのは。

 校内に入ると、ロビーにいくつか設置された丸いテーブルのうち一つで、優一と優二、あと女子生徒が二人菓子パンを食いながら話していた。

「お邪魔かな?」

 そう言うと優一が気がついて、答えた。

「お邪魔だ」

「そうか、ならばお言葉に甘えて失礼しよう」

 俺はそう言って残った席のうち一つに座り、背もたれに体重を乗せた。まったく、硬い椅子だ。

「何についてお話してたのかな?今日は珍しくお嬢さん方と一緒で」

「夏休みに入ってからは殆ど毎日だ。お前も来ればいいのに」

 優一がそう言った。優二は何か楽しそうに話している。

「忙しくてな。一人だけの仕事が舞い込んだ」

「……まぁ、その話は後だ」

 優一はそう言って、お嬢さん方を俺に紹介してくれた。

「一年の村上皐月さんと、篠原鈴江さんだ。こいつは川上定志」

「サダシちゃん、御挨拶は?って言わないのか?」

「言わないぞ」

「はじめまして、よろしく」

 そう言うと、二人の口元はこわばっていた。おいおい、そんな別次元の生命体を見るような目で見るなよ。

「あ、私達はそろそろ……」

「ああ、じゃあね」

 席を立った二人を、優二がそう言って送り出した。

「お嬢さん方はどこ行ったんだ?」

「映画部だよ。アクションものをやりたいっていうから少しアドバイスしてるんだ。アーチェリー部とエアライフル射撃部だからな」

 優二が嬉しそうに言った。

「つまり、『タクティカルアドバイザー』の項目にお前らの名前が載る訳か。魅力的だな」

「いや、大まかなストーリーラインは恋愛で、そこに少しだけアクションが入るだけらしい」

「ナンセンスだ」

「そう言うと思ったよ」

 優二はそう言って菓子パンの袋をゴミ箱に捨てた。掃除の手が行き届いていないのか、もう少しで溢れるところだ。後で職員室に声をかけておこう。

「そうだ、定志。今夜空けられるか?」

 優一が優二の方に袋を投げ渡して、そう言った。

「しばらくは何も無い。何かあるのか?」

「ファミレスで夕食にしたい。あの子達が三人で来るから、もう一人男の人が居れば嬉しいとかなんとか」

「あれか、あのゴルゴン?」

「合コンと言いたいんだな?酒は出ないが似たようなもんだ」

「悪いがな、俺に必要無いものワーストスリーは棺桶、生命保険、三番目に女だ。断ってくれ」

 そう言うと、優一はため息をついてから言った。

「お前が食った分、俺が払ってやる」

「どこまでも付いて行くぞ、優一」

 それを聞いて、優二はゲラゲラ笑いだした。

「話はまとまったな」


 集合時間を午後六時と俺に伝えて、二人はそれぞれの部活に向かった。今日は休憩を挟みながら夕方までやるらしい。俺は二人を見送った後、職員室に寄ってみた。

 忙しそうな用務員に「やっておきます」と言って袋を受け取り、ゴミ箱の袋を取り換え、パンパンになった方をゴミ置き場まで運んでから、俺はやっと学校を後にした。


 射撃場にAKと5.56mm弾をたっぷり持ち込み、射撃場で百何十発もの弾丸をターゲットに撃ち込んでいた。仕事をこなしても、たいていがこれに消える。新世代のゲーム機もとうとう買い損ねた。

 持ち込んだ弾の半分ほどを消費し、休憩として一度銃を掃除して昼食を取っていた頃、サングラスが珍しく銃を持ってやって来た。自衛隊の89式アサルトライフルではなく、米軍のM4カービンか。いや、セレクターを見るとどうやらM4A1のようだ。おまけにハンドガードはレイルシステム組み込み済みだ。

「よう、定志。精が出るな」

「そっちもな。特殊部隊向けのフルオート可能なM4A1なんて、一体どうやって手に入れたんだ」

「細かい事は気にするなよ。ダットサイトも含めてそれなりの値段がかかった。どうだい、ちょっと競ってみるか?」

「よし、じゃあ俺が勝ったら弾を分けてもらおう。負けたらこの銃をくれてやる」

「えらい自身だな。じゃあタクティカルシューティングで勝負しようじゃないか」

 サングラスもまた自身満々だった。実はこの男もかなり出来る。詳細は伝えられていないものの、いくつかの強襲作戦を成功させた実績を持つ男で、米海兵隊の選抜射手に勝った事もあるという。だが、俺にも自信はある。


 映画「ダーティハリー」であったような、簡易的なレンジだった。周囲には遮蔽物があり、そこからランダムにターゲットが飛び出してくる。俺達はルートを進みながら、それを撃ってやればいい。

 その中で一度メインアームのアサルトライフルをリロード。サイドアームのハンドガンへの持ち換え、一度リロード。あと、それぞれに遮蔽物に隠れて、銃を持ち換えての射撃も必要になる。

 ハンドガンが必要になる訳だが、サングラスのホルスターにはFNハイパワーが収まっていた。


 ジャンケンで負け、俺が先になった。レンタルした装備をしっかり着いているか確認してスタート地点に向かい、合図を待つ。間もなく信号の色が変わり、それと同時に飛び出した。スタスタと進み、ガタンという音が聞こえたら、その方向に銃を向け、セミオートで二発。少し進んでもう一つターゲットが出て来た所でまた撃ち、遮蔽物に隠れた。スイッチングして左手に持ち換え、隠れながら撃って、また持ち直して反対側から出て進んだ。その時だった。ターゲットが飛び出すと同時に、どこから迷いこんで来たのか、猫がそのすぐ前に飛び出して来た。

「クソッ!」

 俺は何とか引き金を引くのを止める事が出来た。引き金に力が加わり、もう少しで弾が出るところだった。

「競技中止!競技中止!」

 そうアナウンスが鳴ったので、俺はAKを下ろしてスタート地点の方に戻った。サングラスが肩をすくめて、俺の方を見ていた。

「運が悪かったな、定志。勝負はまた今度だ」

「猫はどっか行っちまった。次は三味線にしてやる」

「そう言うなよ、夕食をおごってやろう」

「悪いが今日は先約が入ってる」

 俺はまた作業机に銃を置いて、清掃を始めた。サングラスが興味深そうに見てきている。

「そいつはAK74Mか?」

「惜しい。5.56mmのAK101だ」

「それも日華会からの鹵獲品かい?」

「運が良ければ大量に入手できるかもしれんぞ」

「定志の働き次第だよ」

 サングラスはそう言って、俺の机のすぐ傍に座った。まだ用があるのだろうか?

「一体どうしたんだ、サングラス」

「定志、お前彼女とか居ないのか?デートするにはいい天気だぞ」

「女に使ってやるような金は無いんでな」

 AKの清掃はすぐに終わり、俺は再びレンジに就いた。時間までまだもう少しある。ギリギリまで撃ち込むぞ。


「あーあ、こりゃ遅れたな」

 シルバースターに荷物を置いた時にはもう既に待ち合わせ時刻を10分超過していた。猫の件を射撃場の責任者に説明するのに少し時間を食ってしまった。俺は荷物を片づけてすぐに出発した。


 到着すると、もう既に五人が飯を食っていた。

「ごめんよ、待たせて」

 俺がそう言いながら優一、優二の隣に座ると、二人は特に不愉快には思っていないようだった。目の前に座っているのは皐月、鈴江、あともう一人は初対面か。

「はじめまして。定志だ」

「絵里です。始めまして」

 うむ、なかなかよく挨拶が出来るが、耳のピアスは頂けないな。邪魔だとは思わないんだろうか?そもそも痛そう。あと煙草吸い過ぎだ。一日一箱は空にしてるだろうというのが臭いで分かる。香水で隠してはいるようだが。

 さて、状況を把握しよう。優一、優二の目線の配り方から察するに、優一は皐月の方に気が向いてるな。こいつはくせ毛がかった髪を肩のあたりまで伸ばしている。いや、パーマをかけてあるな。泣きぼくろがある。優二はどうも鈴江に気を配っている。こいつはポニーテールにしているが、下ろせばある程度長いだろう。前髪をヘアピンで……ん、どこかで見たような髪型だ。こいつはこれがどうしても好みに変わらんな。顔はまぁ悪くない。俺の目の前、通路側の席に座ったこの絵里というやつは残念ながらの売れ残りか。俺と一緒だな。

「お前さんも演劇部かい?」

 俺がそう聞くと、絵里ははっとした様子を見せてから答えた。どうももう少しで寝るところだったらしい。

「い、いや文芸部です!」

「そう気張りなさんな。しかしあんまり楽しそうじゃないな」

「ええ、慣れないんですよ……こういうの」

 良かろう、今日俺は猫の一件以外にはうまいこと撃てたから機嫌が良い。とっておきのところに連れて行ってやろうじゃないか。

「今日はどうやって来た?」

「ああ、歩きです。家が近いので」

「そうか、なら俺も歩くよ……。優一、俺はちょっと出かける」

 そう言って、絵里を連れてさっさと店から出た。

 優二はそれを見て、驚いた様子で言った。

「定志の奴、以外と大胆なんだな」

「ああ、まさか来てすぐに連れてくとは思わなかった。今度コツというやつを聞かせてもらわないと」


 二十分ほど歩くとすぐにシルバースターに着いた。店のガラス戸を開け、絵里に適当な席へ座っているよう言ってから、カウンターで品物を注文した。

「いつもの二つとポテト一つ」

「あいよ。しかし定志。今日はかわいいお嬢さんと一緒か。どこでさらって来たんだい?」

「トップシークレットだ」

 そう言って席に戻ると、絵里は窓の外をじっと見つめていた。その視線の先にはポチの犬小屋がある。

「何か見えたか?」

「いえ。ただ、何か感じるんです……」

 まずった。妙な女を連れて来てしまったようだ。

「お前さん、双頭様というのをしっているか?」

「それ、何ですか?」

 興味深そうに聞き返してきたが、挙動不審ではない。日華会の連中ではないようだ。安心していいか。

「いや、何でもないさ。ところで、文芸部っていったね。どんなものを書いてるんだい?」

「あー、その……えーっと……」

「笑わないから教えてくれよ」

「……架空革命戦記」

「詳しく聞かせてくれ」

 絵里の書いている話は、西側陣営にある架空の国家の反政府勢力が、東側陣営の力を借りて革命を起こし、国家の独立を勝ち取る物語だという。かなりホットだ。

「あの、父がそういうの好きなんです。警察官なんですけど」

「大きな声じゃできない話だな」

「でも優しい人なんです。みんなのために働く仕事に誇りを持ってて」

「いい親父さんだな。是非会ってみたいもんだ」

「会ってみます?」

 絵里は嬉しそうに聞いてきた。ま、待て。お父様に御挨拶だなんて、あんまりにも途中経過を……。

「いいのか?」

「いいですよ」

 俺は腹をくくった。


 来てしまった。かわいいが、しかし妙な女の、何の変哲もな家に来てしまった。絵里が玄関を開き、入って来るように言った。俺は靴を揃えて、中に入った。

「靴を揃えるんですね」

「ああ、癖だ」

 出されたスリッパに履き替えて絵里に続き、リビングに入った。すぐそばのキッチンでは中年の、年の割には引き締まった体の男が食器を片づけている最中だった。絵里の父親か。彼は振り向いて俺を見て、にっこり笑った。

「いらっしゃい。まぁ座ってよ」

「こっちこっち」

 絵里はやけに嬉しそうにソファーへ腰掛け、隣をぽんぽんと叩いた。まるで彼女だな。とりあえず言われた通りに座る。いいソファーだ。

「絵里、夕食は?」

「この人と食べて来たから大丈夫よ」

「そうか、良かった。ファミレスで?」

「ハンバーガー。えっと、何だっけ……」

 絵里は俺の方を見て来た。が、顔が近い。もうちょい距離置け。性欲をもてあます。

「シルバースターというお店です。あの古いところ」

「ああ、あそこか。私も若いころはよく行ってたよ。いい店だ」

 絵里の父はエプロンで手を拭きながら、冷蔵庫からビンを数本出して来た。赤いラベルで、コカコーラのビンだった。

「私は下戸でね。こんなものしか無いんだが」

「いや、コーラは大好物なんですよ」

「それは良かった」

 そう言ってビンにそれを注ぎ、俺に渡して来た。頂きます、と一言言って喉に流し込む。赤いラベルのコークは久しぶりに飲んだ。

「えっと、君、お名前は?」

「定志です。川上定志」

 その名前を聞いて、絵里の父の目の色が少しだけ変わったような気がした。だが、すぐに隠れてしまう。……隠すのが上手すぎる。警察関係者なら知っていてもおかしくないが、少し妙だ。

「そうか、いい名前だ」

「ありがとうございます」

 お互いに、その短い会話の間で相手の腹を探ろうとしていた。だが、それはすぐに打ち消された。

「定志くん、部屋に来て!」

 子供のような無邪気さで絵里がそう言った。再び父の顔を見ると、今度はニヤニヤ笑っている。親なら止めろよ。

「後で夜食を持って行ってあげるから、楽しんでね」

 そう言って俺の肩をポンと叩く。楽しんでね?何を期待しているんだ、この男は。俺に何をさせたい。


 手を引っ張られて階段を上り、入った部屋は、これもあまり奇抜ではなかった。ただ、所々に何やら不気味なアイテムが飾られているが。

「……電気消すよ」

 絵里がそう言って、俺に有無を言わさず照明を落とした。待て、何をやる気だ。俺はまだ心の準備が……。

 と、間もなく小さな明かりがついた。蝋燭の火だ。絵里は何やら奇妙な絵の書かれた本を持っている。えっと、世界一怖い怪談集?間もなく絵里の口が、空気を吸ってじっくりと舐めまわし、俺に向けて吐き出すように、ゆっくりと動き出した。

「あれは、私が車で山道を走っていた時の事です……」

 俺は事の次第を理解した。そして、次の瞬間には悲鳴を上げていた。


 翌朝、俺はシルバースターでトーストを食っていた。と、優一が目をこすりながら店に入り、俺の目の前に座った。

「おい、定志。やつれてるようだが、そんなに頑張ったのか?」

「ああ、頑張った。俺もよく耐えたと思う」

「会ったその日にお泊りとは、大胆だな」

「ああ、会ったその日にああなるとは思わんかった」

「どんな感じだった?あの女」

「骨の髄から氷の舌で舐めまわされるような感じだ。足の先から頭のてっぺんまでビクビクする」

「そいつはすげぇ……」

「そんな奴に上に乗られてみろ。相手の髪が俺の頬に当たる度に、生まれて来た事を後悔するぞ」

「ん、待て。どういう事だ?」

 優一はそこで初めて不審がった。

「いや、どういう事もこういう事も……」

 俺は昨夜あった事を話した。


 絵里が怪談を始めてしばらくは俺も我慢して聞いた。ただ、彼女が三話目を話し始めた頃、窓をどんどん叩く音が聞こえ始めた。そして四話目が終わったころ、白いものが窓に張り付き始めた。六話目の始めにはそれが手の形になり、十話目で今度は顔が浮き出して来た。俺はおそれおののき、逃げだそうとした。

 その時、絵里が俺の上にのしかかって来た。振り払える筈だったが、俺は金縛りになっていた。

「ニ・・・・・・ガ・・・・・・サ・・・・・・ナ・・・・・・イ・・・・・・」

 絵里がそう言って俺の首筋を舐め上げた瞬間、俺は気を失った。


「で、朝起きたら奴はそのままの体勢でスースー寝息をたててたよ」

「おっかないな」

 優一が肩をすくめていると、今度は優二が入って来た。そしてすぐに聞いて来る。

「おい、定志。お前なんか変な物拾ったか?」

「何か見えるか?」

「感じる」

 優二も少し霊感がある。となると、まさか本当に何かに憑かれているんじゃないだろうか。昨夜のあれが原因か?

「まぁ、今日の昼ぐらいには抜けてるだろうよ。お前の方が霊より強い。悪霊ならなおさらだ」

「俺はオバケよりおっかないってのか」

「ある意味な」

 優二はそう言って、優一の隣に座った。優一はひとつ咳ばらいをして、口を開いた。

「さて、昨夜の話だ。何か仕事があるのか?」

「サングラスから、潜入の依頼だ。まだ連絡は来てないが」

「俺達に話が来ていないという事は、単独潜入か。俺達には何もできないな」

「遠隔バックアップチームに組み入れてもらうように言っておく。お前達が居てくれた方が心強い」

 俺はそう言って残った朝食を頬張り、席を立った。店のドアを開けようとすると、店主が俺を呼びとめた。

「定志、ブツがもうすぐ入りそうだよ」

「ありがとう。来たら連絡頼むよ」

 俺はそう言って、店から出た。



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