第四話 シルバースターで朝食を
リアキャリアに乗せた箱の蓋を開き、そこにゴム紐やタオルで犬が飛び出さないようにしてシルバースターまで運んだ。思ったより大人しく、後ろについて来ていた優一も危ない思いはせずに済んだようだった。
駐輪場に停め、犬を出して店の前まで連れて来る。細めのロープを出して、首輪と適当なパイプを繋ぐ。
「そこで待ってろ。すぐに話をまとめてくるからな」
そう言って両方の頭を撫で、店に入る。優一は俺の後ろからついて入った。さっそく店主が出て来て、奥へと案内された。
「ああ、そうだ。土産がある。犬を飼いたがってたろ?家の前に一匹連れて来た。口は二つあるが、たぶん食う量は一匹分か1.5倍ぐらいだろう」
そう言うと、店主は目を丸くした。
「おいおい、ターゲットを連れて来たのか?」
「殺せなかった。おやっさんも奴の目を見ればわかるよ」
「お前の判断なら間違いないだろうが、まぁいいか」
「ワン公だけじゃない、こいつもだ」
そう言って、敵から奪ったUZIを出して机に置く。店主はそれを拾い上げて、じっくり観察した。
「UZIサブマシンガンには違いないが、どこかのコピー品かもしれないな。だがシリアルナンバーは削られてる。これじゃどこから出たのか分からないな」
「ヤクザ絡みかもしれん。何か処理しなければならなくなったら連絡してくれ」
「ああ、だが少し調べとくよ。もしヤクザ絡みなら中国辺りの犯罪組織が後ろ盾になってる。ブラックキャットは麻薬の流通拠点になってたのかもな」
そう言って店主はUZIをケースに収めた。俺はAUGを机に乗せ、分解・清掃を始めた。優一も装備を外し、同じように銃の清掃を始めた。
「そうだ、優二から連絡は?」
優一に聞くと、優一は携帯電話を出してきた。
「ああ、一件着信と、メールが一通。『作戦完了。これよりシルバースターへ向かう』だそうな」
「仕事が早いな。全員揃ったら、仕事が終わり次第すぐに家に帰るとしよう。夜になると嫌なのがうろつきだす。子供は寝る時間だ」
「ああ、だがメールが届いたのはだいぶ前だ。そろそろ着くんじゃないかな?」
優一がそう言った時、店の戸が開いた。背に筒状の入れ物を背負った優二が俺達の部屋まで入って来た。
「淫売め、あのまま殺されてりゃよかったんだ」
そう言って入れ物の中から折りたたんだアーチェリーを出し、点検を始めた。
「どうした、優二。ずいぶん機嫌が悪いじゃないか」
優一がそう言うと、優二は首を横に振った。
「俺が行ったら茶髪がナイフを出して振り回してる所でな。まぁその手を射ってやったんだ。さて、里香は逃げ出すかと思えば、茶髪に抱きついてピーピー泣きだして、こっちを見て化け物扱い。まったく、馬鹿な女」
「それで、どうしたんだ?」
銃の掃除を終えて再び組み立てながら聞く。優二はにやにやしながら答えた。
「この淫売!梅毒うつされて死ね!」
優二はそう言って、右手でグーを作って殴る動作をした。俺達は銃をほっぽり出して吹きだした。
次の朝、俺は自分の服に着いた血の匂いに目を覚ました。しばらく嗅いでいなかったせいか、少々不快に感じる。だが、それもベッドを下りて食卓へ向かった頃には消えていた。着替えずに寝ていたようだが、そんな事は日常茶飯事だ。
そういえば枕の下に銃を隠す主人公がよく映画やなんかに登場するが、頭を吹っ飛ばす事は考えないのだろうか?俺の枕の下には優二がどこかの先住民から貰ったという、まじない石が一つあるだけだ。これを枕の下にして寝ると、弾が逸れていくらしい。だが、俺はこれを貰った日、跳弾に当たって生死の境を彷徨った。死ななかっただけ幸運だったと考えるべきか。
携帯電話を見てみると、その優二からメールが入っていた。
「シルバースターでモーニングを食べないか?“小遣い”も入ってるだろ?」
流石は優二、一昨日のから揚げの貸しを返せという訳か。いいだろう、おごってやる。
「了解」
と返答して、そのままの恰好で財布を持って家を出た。
シルバースターに着くと、駐車場にベージュのリトルカブが一台停まっていた。優一のは無い。
店の脇にはいつの間にか犬小屋が立ち、中から首が二つ出て来ていた。近寄ると出て来て尻尾を振ったので、両方の頭を一緒に撫でてやった。名札には「ポチ」と書かれている。えらく保守的な名前にしたな。
ポチと別れて店に入ると、奥の方の席に優二が座っていた。店主にいつものチキンバーガーを頼み、その席まで歩く。
「よう、定志。まぁ座れよ」
「勘が良いな?今そうするつもりだった」
そう言って座ると、優二はひとつ頷いて話し始めた。
「定志、あの茶髪の奴が覚せい剤取り締まり法違反で捕まった。早速今日の夕刊にでも載ると思うが、やっぱりブラックキャットは麻薬流通の拠点だったみたいだ。インチキ宗教は隠れ蓑だったんだろうよ。早朝こっそり行ってみたら、警察車両が張り込んでた。茶髪から足がついたんだろうな」
「なら、俺達は一旦は安全を確保できたという事か」
「そうだ。平和を楽しむ時間だ」
優二はそう言うと、ハンバーガーを頬張った。うまそうに食うもんだ。俺のチキンバーガーはしばらく来ないだろうな。
「なぁ、定志。拳銃が欲しくないか?」
「中国製のマカロフを使うなら包丁を振り回す方がマシだ」
俺がそう言うと、優二は小声で言った。
「ファブリック・ナショナルのファイブ・セブン。新品とサプレッサーもセット。弾薬も定期的に供給してくれるそうだ。俺達の今の資金で十分買える値段でな」
「優二、そいつには監視カメラやら何やらの電子機器を無力化出来るやつも付いてるんじゃないだろうな?便利な特殊弾頭を無音で撃てるランチャーが着いたF2000もセットか?」
「定志、何を言ってるんだ。とにかく優一が今相手の素生を探ってるところだ。相手のコードネームはレッドハット。聞いたことあるか?」
「俺はLinuxユーザーじゃない」
「頼むから真剣に考えてくれ……」
優二は呆れたような顔をして言った。俺は腕を組んで考えたが、その名前に聞き覚えは無い。
「まぁ、ファイブセブン拳銃の上質なものが安く手に入るなら是非とも欲しいが、罠だったら危ない。そうだな……おやっさんは知らないかい?」
丁度品物を持ってきた店主に聞く。店主はしばらく考えて、思い出したように答えた。
「ああ、あるよ。前にそいつから5.56mmを都合してもらった事がある。ただ、よっぽど安全な取引先にしか連絡をつけないって噂だ」
俺達は安全な取引先なんだろうか……。
「分かった。それで、取引の方法は?」
「現金支払い、現品引き渡し。フェイス・トゥ・フェイスでだ。その後の弾薬供給は向こうで安全なルートを用意してくれるらしい。場所は、こちらの都合の良い場所でいいと言って来ている」
「日は?時刻は?」
「こちらの都合に合わせてくれるらしい」
ふむ、こっちに優位な状況を作り出す余裕を与えてきているという事は、信用していいか。
「分かった。明日の正午にここ、シルバースターでだ」
俺はそう言って、チキンバーガーの包みを開けた。
「あと、俺達は同席出来ない」
優二はメモを取りながらそう言った。
「何だって?どこか行くのか」
「おいおい、部活だよ。優一も同じだ」
そういえばこいつらは部活動もやっていた。優二はアーチェリー、優一はエアライフル射撃。どちらも全国大会レベルのスコアを叩きだし、実際に決勝まで進んだこともある。優勝した事は一度も無いが。
「ジャングルの中で敵の銃弾を避けながらやるなら優勝出来たよ」
と、二人は口を揃えて言った。もしそんな事をしたらこいつら以外の出場者は殆ど戦死、撃つ頃には早速決勝戦か、或いは不戦勝だろう。
「じゃあ俺一人で商談か。まぁいいだろう」
「俺は今日も部活だから、もう行くぞ。支払は頼む」
そう言うと、優二は急いで外に出てリトルカブに飛び乗った。ガラス越しに手を振って送り出す。こっちに気付いたかどうかは分からんが。
「しかし、ファイブセブンか……」
ベルギーのファブリック・ナショナルといえば、J・ブローニングが開発したブローニング・ハイパワー9mm拳銃や、M2重機関銃、M249分隊支援火器などが有名だ。そして、PDW(個人防衛火器)であるP90。
P90は5.7mm口径の、小銃弾を短くしたような形状の弾頭を用いる。この弾頭はその形状から高い初速を誇り、100mほどの距離があったとしてもボディアーマーを貫通する事が出来ると言われている。そして、同じく高い貫通力を誇るトカレフTT-33拳銃とは違い、柔らかい対象にぶち当たるとこの弾頭は横転する性質を持ち、つまり人体に対して高い破壊力を発揮する。
ファイブセブン拳銃も、P90と同様の弾薬を使用する。そしてこの銃の注視すべき点は、その装弾数。拳銃でありながら20発を弾倉に装填する事が出来るのだ。さらにスライドもプラスチックで覆われ、加熱に強く、連射した後でベルトに突っ込んでもシャツを焼かずに済む。
「おやっさん、前から頼んであったM1911はまだ手に入らないかな?」
そう聞くと、店主は「まだだよ!なかなか難しいんだ」と答えてきた。いずれにせよ昨日のような仕事の為に拳銃は欲しいと思っていた。ついでだ、手に入れるとしよう。
「よし、おやっさん。明日の正午にも来るから、チキンバーガー二つ作っといて」
「あいよ!」
俺は優二の分の支払いも済ませて、店の外に出た。その時だった。中年の女性が俺の脇を通って店に駆け込んだ。両手で何か抱えていたが……もしや?
「待て!女!」
そう怒鳴ると、女は驚いてこちらを見た。だが、何を言うでもなくカウンターに駆け寄った。店主は何をするかと思えば、いや、何もしない。
「ん、富野さんじゃないですか。どうなさいました?」
知り合いなのだろうか?女は息切れを起こしながら答えた。
「む……娘が……娘が……」
「落ち着いて。落ち付いて下さい。ね?」
「娘が誘拐されたんです!」
俺はそこまで聞いて、まずいと思った。だが、ここに居たら逃げ様が無いな。仕方ない、その後の台詞を聞いてやるか。
「こちらにそういった仕事を請け負う人が居ると聞いて……」
店主が俺に向かって手招きした。俺は肩をすくめて、また店内に戻って行った。
「おやっさん、フライドポテトとカロリーゼロコーク上乗せだ。このご婦人のおごりでな」
そう言うと、女は目をぱちくりしていた。
「この男がそうです。丁度本人が居るのですから、話は直接彼に」
店主はそう言ってフライドポテトを揚げに行った。
「どうぞ座って。あと、座ったらすぐその荷物を見せてもらおうか」
席に座ると、婦人は言われたとおりに荷物を開いた。中身はその娘の写真と、犯人からの脅迫状。娘は14歳、中学二年生か。
「なかなかかわいいお嬢さんですね。将来は女優にでもなれそうだ」
「でも……これを見て下さい」
そう言って脅迫状を渡された。
「えー、なになに。ススキ公園にて午前2時に待つ。一億円持ってこい。少女の将来を思えば安いものだろう……日付は明日か。ふざけたやつ」
「昨日夜遅くまで帰って来なかったんです。携帯電話も電源が切れてるようで……いつもの朝帰りかと思ったら、朝ポストにこの脅迫状が入ってたんです」
「“いつもの”朝帰りか。ずいぶんやんちゃしてるようですね」
「娘の彼氏というのが、その、医者の息子で勉強も出来て……ただ少し素行が……」
「分かった、おたくの娘が金持ちのボンボンでかつ不良というクズと、“いつも通り”乳繰り合ってたんだろうと思って、何もしなかったらガーン!って訳か」
「もし金を払わなかったら、娘はどんな目にあわされるやら……」
そう言って婦人は項垂れた。くそったれ、そんな淫売くたばっちまえ。
「払えるわけがないだろ、一億円なんて。娘は初めは恋人のように、後の方には道具のように犯されて、ぼろぼろの雑巾みたいにされて、中国かどっかに売り飛ばされるか、風俗に売り飛ばされるか。それとも、それまでに性病をうつされるかな?」
俺は席を立とうとしたが、とたんに婦人は泣きだした。
「警察に頼んでも駄目だったんです!おまえの娘だ、いつもの事なんだろうって!医者の息子も何も知らないと言って他の女の子と遊び、頼れるところはあんたしか無いんです!」
「そうか、なら考えてやる。いくら出す?いくら出せるんだ」
「五十万までなら何とかして……」
「悪いが娘さんにはボロ雑巾になってもらおうか」
俺はついに席を立った。婦人が泣き崩れる。救出するにはリスクを負う事になる。もし相手のバックに中国かどこかの犯罪組織が居たらどうする?捕まったらこっちがどうにかされて見世物小屋行きだ。
「何でもします!何でもします……!」
くそっ、まだ喚きやがる。
「そうだな、みんなそう言うんだ。そして、何もしない。何もできない!俺が『よし、任せろ。安心したまえ』なんて言うのは簡単だ。だがな、その額じゃやりようがないんだよ。むしろ計算してみりゃ赤字なんだ!」
そう怒鳴ると、婦人は黙り込んだ。そして、しばらく黙った後で喋り出した。
「娘が生まれてすぐ旦那が死んで、それから貧乏させてきたんです。普通の子に育ってると思ってたんですが、中学校に入ってから急に変わってしまったんです。金を持っている男に強く惹かれて、その……援助交際にも手を出していました。金さえあれば何でもできる。金さえあれば生きていけると言って。私も反論できなかったんです。あの子には可哀そうな生活をさせてきましたから。だから……」
「涙が出るな。お涙ちょうだいの話で釣ろうってのか」
「事情があったんです。何とか五十万円で……」
こいつらがどうなろうと俺には関係無い。だが、金さえすべてと言われたのは癪に障った。買える物が無ければ金など意味をなさない。金などたいして大事ではない。食い物、着る物、住む所。今のところは金で買えるが、本当はだいじなものがもっとある。そしてそれを保障するものは、俺が知っている分では一つだけだ。
「明日の昼にここで飯を食う事にしている。今日のフライドポテトとコーラの分と合わせて払っといてくれ。あんたが作戦に協力してくれるなら、それだけで構わん」
「本当ですか!?」
婦人はそう言って顔を輝かせた。
「だが、金が全てだというその考えはよせ。クソッたれだ。犬に食わせてもいい。もっと大事な物がある。それを思い出せ」
「愛……でしょうか」
「俺の答えはだいぶ違う。大事なのは食う寝る所に住む所、そしてそれを守るだけの“力”だ」
そう言って、右手でこぶしを作ってみせる。
「もしかしたら血が流れるかもしれん。だが、腰を抜かすんじゃないぞ。ポテトを食ったらあんたの家に連れて行ってもらおうか。作戦をたてる」
軽自動車の助手席で揺られながら着いたところは、あまり新しくないアパートだった。移動中に優一と優二に連絡をとったが、二人は協力したくないという事だった。まぁ、一人で出来る仕事だ。いざとなればこの婦人に手伝ってもらう。
部屋に上げられ、コーヒーを淹れてもらった。言うほど貧乏臭くはなく、俺よりマシな程だと思ったが、女子学生は思ったよりも金を使うものなんだろう。あんまり関わった事が無いので何とも言えん。
「何だ、何でもあるんじゃないですか。明日食う米も無いのかと思ったら……いや、ポップアップトースターがあるな。パン食ですか」
「頑張って働いてるんですが、まだ駄目です。娘にブランド物のバッグや財布も買ってやれないんです。私が娘の頃は父母が学校教員で、優福な暮らしをしていたんですが、娘にはさせてやれない」
「俺の財布は100円ショップの、マジックテープのバリバリいわす奴ですけどね。無駄に高いものが必要かね。ゲームはやりたいけど」
「地位を示すんですよ、持ち物は。良い服を着ていればいい家の人だと思われるし、質の悪い服を着ていればいやしいと思われる。分からない?」
「卑しい御身分の俺だ、そう言われちゃ仕方が無いね。しかし、自分の身よりも回りの目の方が気になるもんかね」
そう言うと、婦人は黙り込んだ後に答えた。
「気になるのかもしれません」
「まぁいい、関係の無い話です。作戦ですが、シンプルにいく。約束の場所にあんたが適当な大きさのボストンバッグを持って行き、受取人が出て来た所で俺はそいつを捕まえて尋問する。で、あとはドライブを楽しんで、娘さんを奪還しに行く。簡単だろう?その代り、ひとつでもミスを犯せばおじゃんだがね。あと、娘さんがどんなところに居るかは見当もつかない。場合によってはあんたにも手を汚してもらうかもしれん。覚悟して下さい」
「……はい」
婦人はそう言って、口を固く結んだ。いい顔だ。この分なら何とかいけるだろう。作戦決行は夜だ。準備は午後からでいいだろう。
「じゃあ、俺は一旦撤収します。何かあったら、どんな細かい事でも良いから連絡してください」
そう言って立とうとした時、携帯電話から着信音が鳴った。これまたゲームのBGMだが……。優二かららしい。
「定志、例の男だが、もし良いなら今日の正午にして欲しいそうだ。どうせ暇だろ?」
「いや、まぁ暇といえば暇だが……」
「夜の作戦に使えるかもしれん。いいだろ?」
「分かった、連絡しといてくれ」
俺はそう言って電話を切った。
「冨野さん、都合が合えば今回新しい装備を試させてもらうかもしれん。まぁ、そうならない方がいいんだが」