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第一話 同窓会もどき

「サダシ居るー?」

「あいよ、俺しかいないから上がんな」

 玄関に向かってそう答えると、どこで買ったのか、訳の分からん英語がいっぱいプリントされたTシャツと、穴のあいたジーンズという出で立ちの春樹が上がって来た。上等な皮のベルトが出したシャツに隠れて、まったくもったいない。

「おいおい、定志。まだ用意してなかったのか?」

 下着用の白いタンクトップに、ポケットの剥がれかけたハーフパンツという姿を見るなり、春樹がそう言った。

「用意って何だ?そっちはおニューのシャツのようだが」

「イケてるだろ、これ。先輩が選んでくれたんだよ。その先輩がかっこよくて……」

「だが、そのジーパンはどうした。コケたのか?」

「馬鹿、ダメージジーンズだよ。これも先輩が……」

「はいはい、かの有名な先輩ね」

 毎度のこと聞く、春樹の中学校から仲が良い一つ上の先輩の自慢話を途切れさせ、続ける。

「それで、今日は何だ。おしゃれの春樹君がそんな軽薄な格好でジョグに乗らなきゃいけないような用事ってのは?」

 そう聞くと、春樹は呆れたような顔で答えた。

「本当に忘れてるのか?毎日言ってるだろ?」

 ああ、そういえばそうだった。今日が予定の日だったな。

「例の同窓会もどきか。ファミレス行って飯食ってカラオケ行くだけの」

「もどきは余計だな。今回は先輩が女友達連れて来てくれるんだ。前回みたいに男数人で黙々とドリンクバーを飲み続けるような事にはならないから期待してくれ」

 春樹の目が輝いている。去年の秋に彼女に振られて以来、こいつも必死だ。バイト代をつぎ込んで買ったという長い財布から、子袋入りのコンドームが溢れ出て来たのにはたまげた。小遣いの殆どがファッション雑誌と散髪代、染髪代に消えているらしいが、何か効果があるようには見えない。

「支払の時に財布の中身ぶちまけるなよ。だが、それじゃ同窓会じゃないな……まぁ、細かい事は気にせんが」

「そうそう、細かい事は気にするな。……おっと、もう四時だ。先に出てるから、急いで準備しろよ?」

 春樹はニヤニヤ笑いながら出て行った。


「準備って言っても、着替えるだけだしなぁ」

 そう呟いて、ハーフパンツを脱ぎながら、居間のハンガーにかけた綿パンに手を伸ばす。さっさと履き換え、ハーフパンツを戻して靴下を取る。穴が開いてるが気にしない。箪笥の中にあった適当なシャツを着て、裾をズボンにたくし込み、ベルトを締める。玄関まで出てハイカットスニーカーを履き、ポケットに突っ込んだままだった軍手を手にはめる。げた箱の上に置いたシールド付きの白いジェットヘルメットを持って、ドアを開けて外に出た。


「おいおい、定志。もっと若者っぽい服にしろよ。まるでゴルフのオッサンだ」

「俺の爺さんはゲートボールが好きでな」

 そう言ってヘルメットを被り、車が出て行ってからかなり広々と使えるようになった車庫に入り、愛車に跨る。

 ホンダ・スーパーカブ。フロントキャリアの付いたモデルで、フロントバスケットと、リアキャリアにキャリーボックスを乗せている。新聞配達のバイクと春樹はからかうが、これは現在において、俺の脚そのもののように活躍している。

 インジェクション装備車で、キーを捻ってキックスターターを蹴り下げると一度でエンジンがかかる。ギアを一速に入れ、スロットルを少し開いて、ゆっくり道路に出る。黒いジェットヘルメットの春樹が、スモークの入ったシールドの向こうからこちらを見ている。

 俺はシールドを下げて、右手に配置されたウィンカースイッチを押し上げた。

 集合場所のファミレスまで約十キロ、サイドミラーに黒のジョグZRを見ながら走った。

 こいつはゴールデンウィークの間に、わざわざ免許センターまで行って原付免許を取得した。汽車代を向こうが出すという事で俺も付き合わされたが、裏講習を受けたにも関わらず失格し、一晩宿泊して、次の日に二度目での合格だった。

「定志、バイク何がいいかな」

 帰りの汽車の中ではずっとその話をしていた。俺はぬるくなったペプシネックスをちびちび飲みながら答えた。

「カブだな」

「却下」

 おいおい、いきなりそれか。まぁこいつらにとってカブは新聞配達のバイクか、或いは田舎のおっちゃんがゲートボールに行くための乗り物ぐらいの認識しか無いだろうから仕方ない。

「じゃあ何だ、どんなのが良い?それによって決まる」

 そう聞くと、春樹はしばらく考えた後に答えた。

「モテるやつ」

 俺はペプシを吹き出した。


 結局、その先輩に言われてジョグZRにしたようだ。一度借りて乗ってみたが、結局すぐに返した。


 目的地の駐輪場に入り二速から、二度チェンジペダルを前に踏んでニュートラルに入れ、エンジンを止める。もう一度前に踏んで一速に入れ、サイドスタンドをかける。降りて、ハンドルを左いっぱいに切り、ハンドル下の独立したハンドルロックにキーを挿し、捻ってロックする。キーを抜いて、ハンドルのすぐ下に回してかけてある100円ショップのチェーンロックを外し、ヘルメットを脱いでシートに乗せ、キャリアとヘルメットホルダー用の金具に通してロックする。

 軍手を脱いで、思ったよりも取り付けに手間のかかった、レッグシールド内側インナーラックに放り込んで、下車完了だ。

「めんどくさい事やってるな」

 春樹はキーこそ抜いてあるが、サイドスタンドをかけて、ヘルメットは右のミラーに引っかけているだけだ。

「これでも不十分だ。まぁ、安心して飯を食うための儀式みたいなもんだよ」

 チェーンロックも紐同然で、それ以前に金具を切り落とされればおしまいだが、これでも見せしめぐらいにはなる。ハンドルロックをかけておけば、素人では簡単に押して歩く事は出来ないし、ギアを一速に入れておけば、すぐには前進させられなくなる。とにかく、家の二重鍵と一緒で、時間をかけさせるというのが重要になる。

「カブなんか誰も盗みやしないぞ」

「ああ、カブには目をつけず、隣のジョグを盗んでもらいたいもんだね」

「でもみんなやってないぞ?」

 確かに神経質になってる人は、この辺りでは少ない。田舎で良かった。尤も、それでも盗難に遭った話はいくつか聞く。それでも殆どみんな何もしていない訳だが。同じ駐輪場のものを見渡す。

「あー、ほんと。ビーノにVOXにズーマーに、これはこれは珍しいRZ50とエヌワンか。マフラー換えてるっぽいな」

「RZ50は先輩のだ。良い音するやつ」

「俺にとっちゃうるさいだけだがな。さぁ入ろう、虫が来るぞ」


 入店すると、ウェイトレスが出て来た。待ち合わせであると告げる間に春樹がその先輩達を見つけ、手を振ってそちらへ歩いて行った。ウェイトレスに軽く会釈して、春樹に続く。

 席の様子を伺うと、奥の方で六人が座っている。そのうち四人が一つのテーブルにつき、二人はその向かいのテーブルに座っている。二人の方は両方とも男で、一人は俺と同じようなポロシャツ、もう一人は三色デザート迷彩のシャツ。二人ともジーンズにシャツを突っ込んでいた。俺は駐輪場にリトルカブが二台停まっていたのを見逃していたようだ。

 この二人は前回も来たメンバーで、街で走っているとよく二人そろって中古屋巡りをしているのを見る。

 ポロシャツは真田優一といって、俺のと同じような、黒に近い緑と白のリトルカブに乗っている。デザート迷彩はベージュと白のリトルで、酒井優二。知り合って間もないころ、俺はてっきり兄弟であるとばかり思っていた。

 こいつらは良い。信頼できる。だが、問題はあとの四人だ。

 反対側の六人席に座っている四人は会ったことの無い連中で、俺にとっては、出来ればあまり会いたくないような部類の人間のようだ。

「春樹ィ、遅かったじゃん」

 窓側に座っていた、金髪の男がそう言った。こいつがその先輩というやつか。確かに、今日の春樹と同じような服装をしている。

「ごめんごめん、こいつ呼びに行くのに時間食っちゃってさ」

「こいつがお前のツレ?」

 金髪の隣の、茶髪の男が口を開いた。

「あー、そうなんだけど……」

「だっせー格好。もっとマシなもん無かったのかよ」

 ふん、よく言ってくれたな。こいつらこそRZやらNワンに乗るには、その格好ではこけたら怪我しやすいと思うんだがな。

 何にせよ、この連中とはどうやら話が合わんらしい。

「ぎゃははー、ジジイ!」

 金髪に向かい合って座っている女は、いうところのギャルとかいう奴で、あまり関わり合いにはなりたくないタイプだった。その下品な口を今すぐ閉じないと、前歯を全部へし折るぞ。

 その隣に座ってる子は……まぁ、普通か。黒い髪を後ろで結び、前髪はヘアピンで留めてある。ぱっちりした目に、通った鼻筋。まぁ整った顔と言えるか。春樹の目もこっちに向いてるが……

「おい、何見てんだよ」

 茶髪が怒っている。

「あー、いや。別に何という事は……」

「俺の女変な目で見んといてくれる?腹立つんだけど」

 どうやら話し合う気は無いらしい。

「そりゃ申し訳無かった」

 俺はそれだけ言って、反対側の二人座っている四人席に座った。リトルカブ二人組は、よほどうるさかったのか、壁にべったり張り付いてちょびちょび水を飲んでいた。

「よう、待たせたな」

 そう言うと、優一がため息をつきながら答えた。

「待ったよ、兄弟。もうちょっとでお前置いて逃げ出すとこだったよ」

「ああ、もうちょっとで我慢の限界だった。お前も未練は無いだろ?さっさとずらかろうぜ」

 優二もあまり愉快そうな顔はしていない。

「分かった、行こう。いつもの所でいいよな?」

「もちろんさ」

 俺達はすぐに席を立ち、出口の方へ向かった。

「おい、定志。まだ集まったばかりじゃ……」

「あんな奴らほっとけよ。それより、この前の話だけどさ……」

 そう聞いた優一が立ち止まり、その腕に力が入るのを見てとって、俺はとっさに彼の右手を掴んだ。目くばせで(やめておけ)と伝える。

「すまんな……」

 優一はそれだけ言って、また歩き出した。


「クソッ、気に入らん」

 優一は黒いジェットヘルメットを被りながら、そうこぼした。

「そうだな、春樹も変なのと付き合いを持っちまったもんだ」

 優一も不愉快そうだ。こいつらも春樹にうまいこと言いくるめられて来たのだろう。

「まぁ、もうこうなっちゃ仕方無い。そんな事より早く行こうぜ。腹が減った」

 俺はそう言って、カブに跨った。

「そうだな、考えるのは後にしよう。先ずは飯だ」

 優一と優二もリトルに跨る。


 いつもの場所まで、だいたい五キロだ。


 スーパーカブ、ベージュのリトル、深緑と白のリトルが縦に並んで空いた駐車場に入り、そのうち一区画に千鳥に並べて停まった。白、黒、デザート迷彩のヘルメットを脱いで、シートやキャリアの上に乗せる。

「ふう、着いたな。道が空いててよかった」

「そうだな。横っちょをガンガン抜いて行かれるのはおっかない」

 俺達は話しながらその場を離れ、ハンバーガー屋に入った。掃除されているものの、昔っぽい雰囲気の店の壁には“SILVER STAR”と書かれている。


「いらっしゃい、御注文をどうぞ」

 カウンターにいつも機嫌の良い店主が出て来た。

「俺はチキンバーガーを」

「じゃあ俺はハンバーガーだ」

「ハンバーガーとから揚げ・ポテトの皿を」

 それぞれ支払を済ませ、テーブルへ。そう広くない店内の、奥の方に席を取る。品物が出て来るまでしばらく時間がかかる。マクドナルドやモスバーガーとは違って、注文を聞いてから調理する。近くに大手のチェーン店があるが、それでもこの店は三十年ばかし前から続いているらしい。

「そういえば、ここの店主さん。前は何やってたか聞いたことあるか?」

 優一がそう言う。

「いや、無いな。鶏肉屋じゃないのか?から揚げ安いし」

「俺もそう聞いてるぞ?」

「それがな……」

 優一は小さく手まねきして、耳を寄せるように指示した。俺と優二は優一の口に耳を近付けた。

「暗殺者だったという噂がある。或いは諜報員だったとか。傭兵という噂もあって……」

 そこまで言ったところで、店主の声が響いた。

「えー、チキンバーガーとハンバーガー、から揚げお待ちのお客様~」

「今のは笑えなかったな。罰ゲームだ、取ってこい」

 俺は笑いながら優一にそう言った。

「けっ、何でぇ。面白いと思ったのに」

 優一は残念そうにそう言って、品物を取りに行った。その背中を見ながら、優二が口を開いた。

「さっき女の子が二人いたけど、あの大人しそうな方の子。お前も見たか?」

「ん、ああ。見たには見た」

「あの茶髪のお化けが居たよな?あいつの彼女っていう話だけど、その彼女って言い方は……」

「茶髪が所有欲と性欲を満たすためだけに連れてるみたいだ。女の方は何のためだろうな?気が狂ってるよ」

 優一が品物を机の上に置いて、そう言った。優二は項垂れている。俺が行くまで、反対側のテーブルの話が嫌でも聞こえたのだろう。

「そうだな、あんまり係わらない方が良い」

 俺もそう言って、チキンバーガーの包みを取った。

「でも、何か事情があるのかもしれないし。そんなに思い入れ無いならどうにか……」

 優二は顔を上げてそう言ったが、優一は何も言わなかった。俺は黙って首を横に振った。

「優二、お前が何かしようというなら俺達は手助けしてやりたいと思う。だがな、無駄に傷つくのが怖くないならだ。覚悟があるなら援護してやる」

 俺はそう言って、包みを開けた。

「さぁ、食べよう。難しい話はいつでも出来るが、この出来たてハンバーガーは今すぐでないと食えないぞ」


 俺は温かいそれを頬張り、たっぷり皿に乗ったから揚げをつまみながら、不安も抱えていた。優二は何かやるつもりなのだろうか。その結果、どうなるのだろうか。

 ただ、これは経験から推測する事だが、恐らく先に春樹が動く。優二は結局、明日にはケロっとしているだろう。春樹が何か危ない目に遭えば……まぁ、その時に考えよう。

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