過去の女
西風涼太は彼女の両親の目の前にいた。
涼太は半年前に大学の講義で渡辺桜に出会った。彼女とはすぐに仲良くなり、付き合い始めた。少し怒りっぽいが面白くて優しい桜が涼太は大好きだった。
そして今、桜の両親にあいさつに来ているのだ。
「ほお。なかなかいい人じゃないか」桜の父親の善吉が言った。
「そうね」母親の美代子が相槌を打つ。
「僕が彼女を幸せにします」涼太はいきなり言った。
「ちょっと。まだ結婚するわけじゃないんだから」桜がつっこむ。
両親は笑った。
とても良い家族だ。涼太は安心した。なんとなくこわもてのお父さんを想像していたのだ。
「それでは失礼します」そう言って涼太と桜は家を出た。
「途中まで送ってくわ」桜が長い髪を掻き分けながら言った。
「サンキュー」
夏の午後の坂道はジリジリと蒸し暑い。
「はー。あっちい」涼太は手で仰ぐ。
「・・・」
「ねえ。涼太って前に付き合ったことある?」桜が涼太を見る。
突拍子もない質問に戸惑いながらも答えた。
「まあ。一人だけ」涼太はうつむいた。そのことは忘れたかった。
「そうなんだ」
「どうしたんだ?」
「ううん何でも。聞きたかっただけ」
桜の態度が気になったが二人はコンビニの前で別れた。
「じゃあな。また明日」涼太はさりゆく桜に手を振った。
涼太は酒のつまみを買うためにコンビニに入った。自動扉が開くとひんやり冷たい風が体を包む。心地よかった。
「おっ結構安いな」涼太はいつもより多くの商品を籠に入れた。
飲み物売り場に行ったとき、後ろから声をかけられた。
「涼太君。覚えてる?」
髪の長い麦わら帽子をかぶった女がいた。
忘れるはずもないその顔。
青春のすべてをささげた女が立っていた。
「ねえ。涼太君。私のこと好き?」過去の事が思い起こされ涼太はパニックに陥りそうだった。その言葉が何度も頭を駆け巡る。
「どうしてここにいるんだ?」涼太は思わず聞いていた。
「そんな言い方ないじゃない。私はあなたの恋人だったのよ」女は微笑んだ。
そう。この女、長峰千里は高校3年間付き合っていた彼女だったのだ。
この女のせいで人生が狂った。
「さっきの女の子、彼女?」千里が聞いた。
「お前、見てたのか」鳥肌が立った。
「うん。楽しそうに歩いてたね」千里の目に明らかに悪意がにじんでいる。
「お前には関係ない。桜には近づくな」もうこの女とは関わりたくなかった。
涼太は早足でレジに向かった。
店員のレジ打ちの遅さにいらいらした。
「ああ。レシートいらないんで」
店員は涼太の尋常ではない様子にあっけにとられているようだ。
コンビニを出ると急いで家に向かった。アパートへと続く坂道を駆け下りた。
ようやく家に着くとすぐに鍵を閉めた。額からは汗が大量に流れている。
「はあ はあ はあ」息切れを起こしている。
どうして北海道に引っ越した千里が今頃オレに会いに来るんだ?
恐怖で体が動かなかった。
千里は高校一年生のときに出会い、一カ月後に告白された。
驚いたが、頭もよく、綺麗な千里が気になっていたので付き合うことにした。
彼女は涼太に尽くしてくれた。週末に料理を作ってくれたり、誕生日には編んだマフラーをくれた。
あんなに優しい彼女と出会えて本当に幸せだった。
しかしそれは蜃気楼にすぎなかった。
千里はどこか異常なところがあった。涼太が冗談で言ったことを真に受け、学校に一週間来なかったことがあった。料理がすこし塩辛いねと言ったらスーパーまで買いに行き、2時間もかかる料理を作り直した。彼女は尽くしすぎるところがあった。
それだけならまだしも、千里は涼太を束縛するようになった。
涼太が女子と文化祭の打ち合わせをしただけであの女とはもうしゃべるなと言ったり、他の女子に笑顔を見せるなと言ったりとにかく涼太の行動を制限したがった。
事件が起きたのは付き合って2年経ったころだった。
千里は涼太に言い寄ってくる女子に殴りかかったのだ。幸い全治一週間ほどだったがそのころから千里に恐怖を抱くようになった。
涼太は卒業まで我慢して付き合い続けた。
彼女と縁を切ったのは、ついに千里が涼太の妹にまで嫉妬して誘拐まがい事件を起こしたからだった。さすがに怖くなり嫌がる千里と別れた。
それから3年物歳月が経った。
千里の事は忘れていたのに。あいつは今日目の前に現れた。
絶対に桜には手を出させない。
涼太は明日のデートの準備を始めた。
翌朝、涼太は桜が住んでいるアパートに迎えに行った。
涼太が住んでいるアパートよりも断然綺麗だった。
「おはよ」階段から降りてきた桜に言った。
「ぐっどモーニング」そう言って階段を下りてくる。
「じゃあ行くか」
二人が行ったのは水族館だった。
かなり古い水族館で客はぜんぜんいないが、涼太はそこが好きだった。
「ここ来るの何回目だろうね」
「月一で来てるもんな」
笑う二人のそばに悪魔がやってきた。
「楽しそうね」憎しみと怒りがこもった小さな声で千里が言った。
「お前、こんなところまでついてきたのか」涼太が桜を庇った。
涼太は桜が目を見開いているのに気付いた。
「桜、この女を知ってるのか?」涼太が桜の肩をつかんだ。
すると桜は小さく頷いた。
桜は泣き出した。
「お前、桜に何をした!」自分の怒りが抑えられなかった。
「その子には涼太君と別れてもらうために手紙を送ったわ」千里はせせら笑う。
「そうなのか?」涼太が聞くと桜は「うん」と言った。
「お前はオレがふった腹いせにオレの付き合う女にこんな狡いことをするのか?」すごい勢いでまくしたてた。
「そうよ。あなたと別れてからの五年間。あなたを監視し続けた」千里が赤く塗った唇を突き出して言う。まるで魔女だ。
「北海道に引っ越したんじゃなかったのか?」
「すぐ帰ってきたわ」
「恥を知れ!」そう言って涼太は泣き崩れる桜をつれて走った。
帰りのバスの中、桜はだいぶ落ち着いたようだった。涼太は安心した。
「大丈夫か?」
「うん」
涼太は桜の手を握った。
「千里からは手紙が届いただけなのか?」さりげなく聞く。
「最初は涼太と別れろっていう手紙が来て、三日前に私の家に来た。涼太君と今すぐ別れなさいって。すごい剣幕で」よほど怖かったのだろう。震えている。
だからオレに付き合ってた人はいるなんて聞いてきたのか。涼太の中ですべてがつながった。
「もうあの女には近づくな。オレが守ってやる」涼太はバスの中で桜を抱きしめた。
涼太は桜をアパートまで送った後、自分の家に戻った。
千里の恐ろしい顔が頭にこびりついて離れない。涼太はシャワーを浴びて振り払おうとした。
その瞬間、インターホンが鳴った。
涼太は体を硬直させた。千里が来たのかもしれない。
案の定、訪問者は千里だった。
「何しに来たんだ!」涼太はドアを勢いよく閉めようとした。
しかし千里は真っ赤にした手で涼太の顔をさわり、笑った。
「私、あの女殺しちゃった」
奥から携帯電話の音がした。
奇妙な短編どうでしたか?
女の人の怖いところを書いた作品が多いので、明るい話も書きたいなと思っています。しかしキャラクターの一人歩きっていうのは本当にあってどんどん僕の好きな暗い話にもっていこうとするんです。
僕の技量が足りないだけですけどね(笑)。
感想、アドバイスお待ちしています。
ではでは。