4分16秒の愛物語
―――たおやかな指に弾かれ、弦が音を奏でる。
濁流の様に激しい音をBGMにして、彼女はただひたすらにその言葉を叫ぶ。
僕の彼女が急に「ギターやりたい!」なんて言い出したのはついこの間の事で、そこから考えれば実に目覚ましい程に上達した腕前なのだがあくまでそれは素人主観の問題であって、同級生のギタリストに言わせれば「まだまだ半人前」だそうだ。
まぁ他人の評価なんて別段僕には関係なく、ただただ彼女の音に密かに酔いしれるのがここ最近出来た新たな楽しみの一つになりつつある今日この頃なのだが。
(……何か聞いてるこっちまで疲れるよなぁ)
なんて、にべもない事を心中でぼやくのも既に数えただけで二桁は越えたと思う。
ちなみにこの統計はこの一週間分だけでも、である。
「なんでロックなの?」なんて事を疲れた彼女にジュースを投げ渡しつつ問えば、僕より白くてか細い指が悪戦苦闘しつつ彼女は「そっちの方がカッコいいじゃん!」とやや顰めた顔で返す。
そんなにやったら爪が折れちゃうんじゃないかってぐらい、頑張ってる。
ロック以外にもあると思うんだけどなぁ。
そうぼやくと、しかし彼女は実に不服そうな面持ちで僕に缶を差し出す。
玉の様な汗を掻きつつふくれっ面を浮かべる。そんな様子が何処か面白くて、つい笑みを零した。
僕も彼女も音楽にそこまで造詣が深い訳ではない。
精々たまに出る新譜のCDを近所のショップでレンタルしたり、金曜の夜にやる音楽番組を割と多めに見るとか、そんな程度。
じゃあ他に何があるのか考えてよ。
なんて事を開き直った風に言う彼女は、僕が手渡したタオルで汗を拭った。
しかし何が、と言われると答えに窮してしまうのは僕の浅い音楽知識の底をあっさりと暴露する様なものであって、それは彼氏という立場上聊か許し難い事であるのだが、けれども彼氏であるのなら彼女の問いにちゃんと答えてあげないとと思ってしまう。
何だろうねこのロジック。
と、その時。
不意に何かを思いついたかの様に彼女が「あっ」と息を零した。
その顔を見た瞬間、僕はいやぁな感覚を覚える。
あの顔は何か(彼女にとっては)天啓を思いついたものであり、同時に(僕にとっては)警鐘を鳴らすものでもある。
付き合い始めて一年近く経つからある程度は慣れたのだけれど、やっぱりそれに振り回されるのだと理解していて尚も近づく物好きはいるのだろうか?
…………うん、僕だねそれは。
「そうだよ!ないんだったら作ればいいんだ!!」
おっとっと。
予想通りというか予想以上というか、兎も角そんな彼女の言葉にたたらを踏む。
そんな僕をまるで気にせず、彼女は一人で何かブツブツ言っている。
大方、自論を次々と作りあげて自分を正当化しようとしているのだろうけど、やっぱり言った方がいいよね?
「曲を作るのって、大変でしょう?」
「大丈夫!編曲は私のギター中心だから!」
そういう問題じゃないと思うんだけど。
「……仮に作るんだとして、何のジャンルにするの?」
「ラブソング」
あっさりと。
実にあっさりと彼女はそうのたまった。
「……………………はいぃ?」
「何気が抜けた様な声出してんの?」
いや、これは僕のせい?
ラブソングってあれだよね?不特定多数の観客に自分の愛をばら撒くあれだよね?
それを歌う?
誰が?
―――彼女が?
「却下ァッ!!」
「わっ!?」
思わず大声で叫ぶと、彼女は久々に驚いた様な可愛らしい声を上げる。
「却下!ラブソングとか論外!!ダメ!ゼッタイ!!」
「な、なんでよっ!?」
「君は僕の彼女でしょ!?だったら他の男に愛を囁くとかやだよそんなの!!」
「……うわ。独占欲丸出し」
何かドン引きしてるけど、僕はそれどころじゃない。
またあの血みどろの――いや、実際問題流血事件は起きてはいないんだけど――争奪戦を繰り返すなんてゴメンだし、何よりやっと周囲にも『カップル』として認知され始めたこの時期になってそれは許し難い。
けど彼女の要望を叶えたいという彼氏としての心もあるわけで……あぁでもやっぱりラブソングはちょっと嫌だ。
「ん?」
と、そこである答えに辿りつく。
……あぁそっか。
『他の』男に愛を囁いて欲しくないんだったら―――
「どうしても歌うんだったら、せめて僕に向けて歌ってよ!!」
「は――――――ハァッ!?」
あ、首まで真っ赤になった人初めて見た。
何だか金魚みたいに口をパクパクさせて、プルプルと指先を震わせながら僕を指差す。
「お……お前に?」
「うん」
「わ、私が?」
「うん」
「―――わ、わあぁぁぁっ!!!」
二回程頷くと、何故か彼女は頭を抱えて思いっきり叫んだ。
僕もそうだったけど、この部屋こんなに騒いで外に音とか漏れないのかな?
「は……恥ずかしいだろそんなのっ!!」
「大丈夫!!歌詞は僕が作るから!!」
「そういう問題じゃなくて!!つか、それってお前から私に向けてになるじゃん!!」
「だったら僕が歌うから!!」
「お前はバンドに登録してないだろ!?」
「大丈夫!!僕実行委員長だから!」
「え、嘘!?―――って、それでも無理だろ!!」
まるで漫才の様に、激しい応酬を繰り返して。
それは昨日も見たような光景で。
それは今日も繰り返した光景で。
それは明日もするだろう光景で。
そんな日々は、多分そう長くは続かないかもしれない。
学校を卒業して。社会に出て。大人になって。
そうしたら、僕たちは違う道を選ぶのかもしれない。
それぞれの夢へ。それぞれの道へ。
僕達は歩いていくだろう。
それが『大人になる』って事だから。
だから僕は『今という瞬間』を君に捧げよう。
何者にも変えられない。何者にも奪えないこの『刹那』を君に捧げよう。
いつか違う女と出会っても。
いつか違う女と結ばれても。
この瞬間の『僕』は君だけの所有物。
だから。
だから百万分の一でもいい。
君の『今という瞬間』を僕にくれないか?
何者にも変えられない。何者にも奪えないその『刹那』を僕にくれないか?
いつか違う男と出会っても。
いつか違う男と結ばれても。
この瞬間の『君』は僕だけの宝物。
だから。
だから僕は君に捧げよう。
『愛してる』の一言を。
私の友人に彼女持ちの奴がいまして、その彼女は学校でバンドに所属しているという事からそれをテーマにしてみました。
後半の詩みたいな箇所は、実際に彼氏が作った(というか私とかその他親しい友人を総動員して作らせた)歌詞の一部です。
今度の学園祭で熱唱してもらうそうです。