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『感情がない』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、氷の騎士団長様だけには私の心の絶叫(トゥンク……!)が聞こえているそうです

作者: 夢見叶
掲載日:2025/12/31

「エルミラ・フォン・ローゼン! 貴様のような可愛げのない『能面女』とは、これ以上一緒にいられない。この婚約は破棄させてもらう!」


 王宮の大広間。

 数百の蝋燭が灯るシャンデリアの下、その怒号はファンファーレのように鳴り響いた。

 声の主は、この国の第二王子ロベルト殿下。金髪碧眼、絵に描いたような王子様だが、現在は顔を真っ赤にして私を指差している。


 音楽は止まり、踊っていた貴族たちは凍りついたように動きを止めた。

 無数の視線が私――エルミラ・フォン・ローゼン公爵令嬢に突き刺さる。


「……」


 私は、ロベルト殿下をじっと見つめた。

 瞬きひとつせず。眉ひとつ動かさず。

 まるで精巧に作られた人形か、あるいは感情を持たぬ彫像のように。


 周囲からひそひそと囁きが漏れる。

「ああ、やはり」「あの冷徹な公爵令嬢か」「廃嫡寸前とも噂されていますしね」「殿下もお可哀想に、あんな氷のような女と……」


 殿下は、私の沈黙を「無視」と受け取ったらしい。こめかみに青筋を浮かべ、隣に侍らせていた小柄な女性の肩を抱き寄せた。

 ピンクブロンドのゆるふわな髪。潤んだ瞳。男爵令嬢のミナ様だ。


「見ろ、このミナの愛らしさを! 彼女はいつだって僕に笑顔を向けてくれる。だが貴様はどうだ? 会うたびに能面のような顔で、僕を見下して……何か言ったらどうなんだ!」


 殿下の罵倒が飛ぶ。ミナ様が「ひぃっ、怖いですぅ」とあざとく震える。


 私はゆっくりと扇を閉じた。

 背筋を伸ばし、完璧なカーテシーを行う。


「……承知いたしました」


 私の口から出たのは、冷え冷えとした、抑揚のない短い肯定のみ。


 ――けれど。

 その鉄仮面の下、私の脳内では、リオのカーニバルも裸足で逃げ出すほどの大嵐が吹き荒れていた。


(うっそぉおおおん!! ここで!? 今!? マジで!?)

(いやいやいや、ちょっと待ってロベルト様! そのピンク頭、先週あなたの兄上の第一王子にも粉かけてたよ!? 知ってる!? 知らないよね!? 『この国の王族、チョロすぎ~』って裏庭で笑ってたの私見てたからね!?)

(あああもう! 今日のために徹夜で刺繍したハンカチ、ポケットに入れたままなんだけど! これ渡そうと思って指に針刺しまくった私の純情返して! 絆創膏だらけの指、手袋で隠してるけどジンジン痛むんですけど!)

(ていうか『能面』って酷くない? 緊張すると顔筋死ぬだけなんですけど! 心の中ではサンバ踊れるくらい情熱的なんですけど!? 誰か! 私の顔の筋肉に電気ショック与えて!)


 絶叫。ツッコミ。悲嘆。

 私の心は大パニックだった。だが悲しいかな、この声は誰にも届かない。

 私は幼い頃から、感情が高ぶれば高ぶるほど顔が無になるという、極めて損な体主なのだ。

 嬉しいと無表情になり、怒ると真顔になり、悲しいと虚無になる。

 結果、ついたあだ名は『氷の令嬢』。


「ふん、やはり心のない女だ。傷ついた様子一つ見せないとはな」


 ロベルト殿下は吐き捨てるように言い、ミナ様の腰を抱いた。

「行くぞ、ミナ。こんな女、視界に入れるのも不愉快だ」

「はいぃ……殿下ぁ」


 勝ち誇った顔で私を一瞥し、ミナ様が殿下に寄り添う。

 違うんです。今、心の中では滝のような涙を流して号泣してるんです。でも顔が、顔が動かないの!


(ううっ……もういいもん。こんな公衆の面前で恥かかせるような男、こっちから願い下げだもん……)

(私の十年間なんだったんだろ。お妃教育とか頑張ったのにな。……帰ろ。帰ってやけ食いしてやる……屋敷の貯蔵庫にある高級マロンタルト、ホールごと食べてやる……)


 私が心の中でべそをかきながら、踵を返そうとした、その時だった。


「……ぶっ、くくっ!」


 静まり返った会場に、不似合いな笑い声が弾けた。

 低く、しかしよく響く、魅力的なバリトンボイス。


 全員の視線が、会場の入り口付近、壁に寄りかかっていた長身の男に向けられる。

 漆黒の髪に、凍てつくようなアイスブルーの瞳。

 黒の軍服を隙なく着こなし、腰には国宝級の魔剣を佩いている。


 王国最強と謳われる『氷の騎士団長』、ジークハルト・ヴァイス公爵だった。

 泣く子も黙る冷徹な武人。女嫌いで有名で、近寄るだけで凍死するとまで言われる彼が――口元を手で覆い、肩を震わせている。


 あの「歩く氷山」が、笑っている?


「し、失礼。……あまりにも、面白い声が聞こえたもので」

「ジークハルト? 何がおかしい。不敬だぞ」


 ロベルト殿下が不機嫌そうに問う。

 ジークハルト様は笑いを噛み殺しながら、涼やかな顔でこちらへ歩み寄ってきた。

 カツ、カツ、と軍靴の音が響くたび、貴族たちが海が割れるように道を開ける。


 私の目の前で、彼は止まった。

 見上げると、整いすぎた顔が至近距離にある。冷たいと評判の瞳が、なぜか今は熱を帯びたように楽しげに細められていた。


「エルミラ嬢。君は、マロンタルトが好きなのか?」


「……は?」


 思わず、間の抜けた声が出た。

 私の無表情仮面が、ピクリと揺らぐ。

 なんで今、タルトの話?


(え、何このイケメン。なんで私のやけ食い計画知ってるの? エスパー? それとも私の顔に『タルト食べたい』って書いてあった? いや無表情のはずだぞ!?)

(ていうか顔が良いな! 近くで見ると破壊力すごいな! 睫毛ながっ! 肌しろっ! 同じ氷属性あだ名持ちとして親近感湧いてたけど、レベルが違うわ!)


 私が混乱して思考を加速させると、ジークハルト様は再び「ふっ」と吹き出し、耐えきれないように顔を背けた。


「……ホールごとは食べ過ぎだろう。お腹を壊すぞ」

「……え」

「それに、サンバというのはどこの国の踊りだ? 今度私に教えてくれ。……くく、顔の筋肉に電気ショックという発想はなかった」


 ――時が、止まった。


 私の思考回路がショートする。

 会話が、噛み合いすぎている。

 この人、まさか。


(私の心の声が、聞こえてる……!?)


「ああ、聞こえているよ。君の、その賑やかで、裏表のない愛らしい心の声がね」


 ジークハルト様はそう囁くと、私の手を取り、その場に優雅に跪いた。

 騎士の礼。

 会場中が息を呑む。

 彼は私の手の甲に、優しく口付けを落とした。触れた唇が熱くて、心臓が跳ねる。


「ロベルト殿下。彼女との婚約破棄、感謝いたします」

「なっ、なんだと?」

「おかげで、私が彼女に求婚できる」


 ジークハルト様は立ち上がり、腰を抜かしそうな私を優しく抱き寄せた。

 その腕は力強く、温かい。香水ではない、冬の朝のような澄んだ香りがする。


「貴方は見る目がない。彼女はずっと叫んでいたんですよ。『兄に粉をかけるような女に騙されるな』とね。貴方を守ろうとしていた」

「な……何を言っている? そんなこと、一言も……」

「口には出さずとも、心は叫んでいた。――証拠が必要ですか? そこの男爵令嬢、懐に入れている『第一王子からの手紙』を見せてもらうといい」


 ミナ様の顔色がサッと青ざめる。

 彼女は反射的に胸元を押さえた。その仕草が何よりの証拠だった。

 ジークハルト様は、冷ややかな視線をロベルト殿下たちに向ける。


「私は魔術の副作用で、人の『思考』がノイズのように聞こえてしまう体質でしてね。この会場も、嫉妬や嘲笑、計算高い思考でうるさくて仕方がない」


 彼は不快そうに眉を寄せ、それから私を見て――ふわりと、氷が溶けるように微笑んだ。


「だが、君の声は、心地いい。嘘がなくて、一生懸命で……聞いていて飽きない」


 彼は私の耳元で、甘く囁く。


「私の屋敷に来てくれ、エルミラ。タルトなら、専属のパティシエに国一番のものを作らせよう」


(えっ……ええええ!? た、タルトで釣られると思ったら大間違い……いやでも、国一番のパティシエ……? それにこの人、めちゃくちゃ良い匂いする……!)

(ていうか、私のこのうるさい脳内放送を聞いて『心地いい』って、もしかして変わっ……いや、趣味が独特な方!? 物好き!?)


「くくっ、趣味が独特で悪かったな。……だが、君がいいんだ」


 ジークハルト様は、真っ赤になった(であろう内面の)私を見て、愛おしそうに目を細めた。

 ロベルト殿下が「待て! 第一王子の手紙とはどういうことだ!」と喚いているが、もう誰も彼を見ていない。ミナ様が逃げ出そうとして衛兵に取り押さえられているのが見えた。


 私は、震える唇で、精一杯の言葉を紡いだ。


「……よろしく、お願いいたします」


 初めて、私の無表情な仮面が崩れ、小さな笑みがこぼれた気がした。

 それを合図に、氷の騎士団長様は私を軽々と抱き上げる。


(きゃあああ! お姫様抱っこ! 重くない!? 昨日お肉増量しちゃったけど大丈夫!? ドレス重いよ!?)


「羽のように軽いよ。……さあ、行こうか。俺の可愛いお喋り姫」


 こうして私は、国一番の恐ろしい方に攫われ、彼の屋敷へと連れ去られたのだった。



  ♢♢♢


 ジークハルト様の屋敷は、王都に一等地にある白亜の豪邸だった。

 別名『氷の城』。

 使用人たちは皆、優秀だが無口で、主人の前では気配を消すように働いている。主人の「読心」能力を知っているからだろうか。


 そんな静寂の城で、私は客間のソファに座らされていた。

 目の前には、湯気を立てる紅茶と――山盛りのマロンタルト。


「さあ、約束のタルトだ。好きなだけ食べてくれ」


 向かいのソファで足を組み、優雅に紅茶を飲むジークハルト様。

 軍服の上着を脱ぎ、ワイシャツのボタンを少し開けた姿が、反則的に色っぽい。


(いや、好きなだけって……これホール二個分くらいあるけど!? パティシエさん仕事早すぎない!? ていうかジークハルト様、ずっと私のこと見てるんですけど! 食べにくい!)


「遠慮はいらない。君が美味しそうに食べる姿を見るのが、今の俺の娯楽なんだ」


 彼は悪びれもせず言った。

 私は恐縮しつつ、フォークを手に取る。

 サクッ。とろっ。

 一口食べた瞬間、栗の濃厚な甘さと洋酒の香りが口いっぱいに広がった。


(んんんん~っ! 何これ美味しい! 栗が! 栗が踊ってる! 口の中で秋の大運動会開催中! 幸せ~! 捨てられて良かった~!)


 私の心の声が絶叫した瞬間、ジークハルト様が「っふ」と吹き出した。


「秋の大運動会か。……君の食レポは詩的だな」

「……恐縮です」

「いや、褒めている。君の声を聞いていると、長年悩まされていた頭痛が消えるんだ」


 彼は少しだけ真面目な顔になり、自身のこめかみを指差した。


「俺の魔力は強すぎて、制御の膜を越えて他人の思考を拾ってしまう。特に、貴族たちのドロドロとした欲望や悪意は、耳元でヤスリをかけられているように不快だ」

「……」

「だが君の声は違う。裏表がなく、感情が豊かで、何より……温かい」


 彼は立ち上がり、私の隣に座った。

 自然な動作で、私の口元についたクリームを親指で拭う。


「っ!?」

(ひゃあああ! 指! 指が! いけません公爵様! 私のような婚約破棄された傷物に触れると、あなたの名声に傷が……!)


「傷物? 馬鹿を言うな。君はダイヤの原石だ。ロベルトごときには勿体無かっただけだ」


 彼は私の心の声を全肯定し、あろうことか、拭ったクリームを自身の舌で舐め取った。


(!!!!????)

(え、えろ……っ! 今の仕草、R15指定入りますよ!? ここ健全な小説ですよね!?)

(ていうか心臓うるさい! 静まれ私の心臓! これ以上鳴ったら彼に聞こえちゃう……あ、もう聞こえてるんだった! 詰んだ!)


 顔から火が出るかと思った。いや、実際私の無表情も崩壊し、耳まで真っ赤になっているはずだ。

 ジークハルト様は、そんな私を見て、とろけるように甘く笑った。


「可愛いな、エルミラ。……もっと、君の声を聞かせてくれ」


 それからの数日は、まさに夢のような――いや、心臓破りの日々だった。

 彼は公務以外の時間をすべて私に費やした。

 庭園を散歩すれば「花より君が見たい」と囁かれ、図書室で本を読めば「君の朗読(脳内)を聞きながら眠りたい」と膝枕をねだられ。


 使用人たちも驚いていた。

「旦那様があんなに笑うなんて」「屋敷の空気が春のようだ」と。

 どうやら私は、この『氷の城』の暖房器具扱いされているらしい。


 けれど、幸せな時間は長くは続かない。

 王都に、不穏な噂が流れ始めたのだ。


『公爵令嬢エルミラが、妖しい魔術で騎士団長を洗脳した』

『婚約破棄の腹いせに、騎士団長を操って王子を陥れようとしている』


 ――出所は間違いなく、ロベルト殿下とミナ様だ。



  ♢♢♢


 一週間後。

 王宮で『秋の祝賀会』が開かれることになった。

 本来なら謹慎中の私が参加する場ではない。しかし、ジークハルト様のもとに、ロベルト殿下からの「招待状」が届いたのだ。


『洗脳された騎士団長を救うため、正義の糾弾を行う』という名目で。


「……行く必要はありません。これは罠です」


 私はドレス姿で、ジークハルト様に訴えた。

 彼に迷惑をかけたくない。洗脳などという汚名を着せられるのは彼だ。


(私が身を引けばいい。修道院に入れば、彼への批判も収まるはず……)


 そう心の中で呟いた瞬間、部屋の温度が急激に下がった。

 ガシッ、と強い力で肩を掴まれる。


「エルミラ。……二度と、私の前から消えるなどと考えるな」


 ジークハルト様のアイスブルーの瞳が、怒りに燃えていた。

 怖い、と思うほどの迫力。でも、その奥にあるのは深い悲しみと――執着だった。


「君がいなくなれば、私はまたあの騒音ノイズだらけの世界に戻ることになる。……耐えられないんだ。君の声がない世界なんて」

「ジークハルト様……」

「それに、喧嘩を売られたのは俺だ。……俺の大事な婚約者を侮辱した罪、たっぷりと償ってもらわねばな」


 彼は獰猛に笑った。その顔は『氷の騎士団長』そのもので、背筋が凍るほど美しかった。

 

「さあ、行こう。最高の『ざまぁ』を見せてやる」


(……この人、中身も結構過激だよね。好き)


 ♢♢♢

 夜会会場は、異様な熱気に包まれていた。

 私とジークハルト様が入場すると、波が引くように人が避ける。その目は侮蔑と、恐怖に彩られていた。


 壇上には、ロベルト殿下とミナ様。そして数名の近衛騎士が待ち構えていた。


「よく来たな、魔女エルミラ! そして哀れなジークハルト!」


 ロベルト殿下が高らかに宣言する。

「皆様、聞いてくれ! この女は『感情を失った』ふりをして、実は陰湿な呪術を練り上げていたのだ! ジークハルトが急に婚約を申し込んだのも、彼女の精神操作によるものだ!」


 会場がざわめく。「なんて恐ろしい」「やはり能面女は魔女だったか」

 ミナ様が涙ながらに訴える。

「ジークハルト様を解放してくださいぇ……! 殿下も私も、心配しているのですぅ!」


 完璧な布陣だ。証拠などなくても、人々の「恐怖」を煽れば真実になる。それが貴族社会。

 私は唇を噛んだ。

 

(違う。私は何もしていない。ジークハルト様は自分の意志で……!)


「――くだらない茶番だ」


 冷ややかな声が、熱狂を切り裂いた。

 ジークハルト様が一歩前に出る。その全身から、物理的な冷気――魔力が溢れ出し、シャンデリアがカタカタと揺れた。


「洗脳? 精神操作? ……私が、そのような下等な術にかかると思うか?」


 圧倒的な強者のオーラ。近衛騎士たちが気圧されて後ずさる。

 ロベルト殿下がひるみながらも叫ぶ。

「だ、だが! お前がその女に溺れているのは異常だ! 証拠はあるのか!」


「証拠か。……いいだろう。こちらからも提示させてもらおう」


 ジークハルト様は懐から、一束の書類を取り出した。

 

「ロベルト殿下。貴方が先月、国庫から横領した宝石の換金ルート。及び、裏帳簿の隠し場所」

「なっ!?」

「それから男爵令嬢ミナ。君が第一王子、第三王子、そして隣国の商人に送った『色仕掛けの手紙』の写し。……本物は君の下着ダンスの二段目、底板の下にあるな?」


 ミナ様が「ひっ!」と悲鳴を上げた。

 ロベルト殿下の顔が土気色になる。

「な、なぜそれを……隠し場所は誰にも……心の中でしか……っ!」


 殿下はハッとして口を押さえた。

 ジークハルト様は、楽しそうに首を傾げる。


「おや、心当たりがあるようだね。……私の能力を知っているなら、もっと静かに思考するべきだったな」


 そう、ジークハルト様はこの数日間、ただ私とイチャイチャしていたわけではない。

 王宮に出入りする際、殿下やミナ様、そして彼らに加担する者たちの「心の声」を拾い集め、そこから物理的な証拠を特定し、部下に回収させていたのだ。


 思考は嘘をつけない。そして、ジークハルト様の前では、隠し事など無意味。


「これらは既に国王陛下と監査局に提出済みだ。……さあ、退場願おうか」


 その合図と共に、監査局の役人たちが踏み込んでくる。

 逃げ場を失ったロベルト殿下は「嘘だ、嘘だあああ!」と叫びながら拘束された。ミナ様は「私は脅されただけですぅ!」と殿下を売り飛ばそうとしていたが、同様に連行されていく。


 嵐が去った後、会場は静まり返っていた。

 誰もが、ジークハルト様の恐ろしさと――彼に守られている私の正しさを理解したのだ。


(す、すごい……。完全勝利だ……。ジークハルト様、本当にかっこいい……!)


 私が感動で震えていると、ジークハルト様が振り返り、悪戯っぽくウインクした。


「聞こえているぞ。……もっと褒めてくれてもいいんだが?」



  ♢♢♢


 騒動の後、私たちは夜風に当たるためにバルコニーへ出た。

 星が綺麗な夜だった。


「……怖かったか?」


 手すりにもたれ、ジークハルト様が尋ねる。

 私は首を横に振った。


「いいえ。……貴方がいてくださったので」


 口から出た言葉は、相変わらず抑揚がない。

 でも、心の中は感謝と愛しさで溢れていた。


(本当にありがとう。私、こんなに幸せでいいのかな。貴方に釣り合うような素敵な女性になれるよう、頑張らなきゃ……)


 心の中でそう呟くと、ジークハルト様が苦笑して、私の頬を両手で包んだ。


「エルミラ。一つだけ、お願いがある」

「……はい」

「心の声も愛らしいが……俺は、君の『本当の声』で、その言葉を聞きたい」


 彼は真剣な瞳で私を見つめた。

 心を読める彼が、あえて言葉を求めている。

 その意味を理解して、私の胸が熱くなる。


 緊張する。顔がこわばる。

 でも、今だけは。

 この氷の仮面を壊してでも、伝えなきゃいけない。


 私は大きく息を吸い、顔の筋肉に全神経を集中させた。

 笑え、私。

 彼の前でだけは、可愛い私でいたいんでしょう?


「……ジークハルト様」


 声が震える。

 唇が引きつる。

 それでも、私は精一杯の力を込めて、口角を上げた。


「……大好き、です」


 ぎこちない、ひきつった笑顔だったかもしれない。

 でも、ジークハルト様は世界で一番美しいものを見るような目で、目を見開いた。


「――ああ、参ったな」


 彼は低く呟くと、私を抱き寄せ、深く口付けた。

 今までで一番甘く、長い口付け。

 頭の中が真っ白になり、心の声すら出なくなるほどに。


「俺も愛している。……一生、俺の側でその騒がしい心を響かせてくれ」


(…………はいっ!!!!)


 私の心の絶叫は、星空へと高らかに響き渡ったのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました!

「心の声ツッコミが面白かった!」「ざまぁスッキリ!」「ジークハルト様最高!」と思っていただけましたら、

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