九マイルは近すぎる
唐突に、その場所に安楽椅子が設置される。
その安楽椅子に座る探偵。
そして、自己紹介がされる。
「私は安楽椅子探偵」
「安楽椅子探偵なんぞが、どうしてこんな場所にでしゃばってきたんだ。事件など起こっていないぞ。第一、安楽椅子探偵なんてものは自宅にこもって小賢しい推理とやらをひねくりまわしていて、現場には出歩かないものなんだろ」
「あなたのその言葉で、残りのピースが埋まりました。感謝しますよ」
「何を言っているんだ?」
「私の助手がある会話を耳にはさんだんです。九マイルは近すぎる、ましては雨の中となるとなおさらだ、と」
「それがどうした?」
「その一文を助手から聞き、私はある結論に達したのです。この場所に爆弾が仕掛けられている。そして、犯人はあなただと」
王国の魔法学園の卒業式。
まず場違いなメイドが現れ一礼する。
次に執事が二人がかりで重厚な安楽椅子を運び込む。
何事かと魔法学園の面々が卒業式を一時停止する中、楽器を持った楽団員達が入場してくる。その楽団員の数は卒業生の人数よりもはるかに多い。
かろやかな曲が演奏される。
それは、登場曲。
魔法の花吹雪が舞う中で、さっそうと現れる伯爵令嬢。
華やかなドレスをまとうその女性は、足を組んで安楽椅子に座る。貴族にあるまじきこのポーズに、みな心の中でさまになるなと見惚れてしまうしまう。
この王国の人間なら知らぬものはいない安楽椅子探偵だった。
「なんだおまえは?」
「私は安楽椅子探偵」
学園長の問いに名乗り、推理を披露する伯爵令嬢。
「九マイルが近すぎるなんて言葉だけで私が爆弾魔なんて話を飛躍するとは、君は小説家にでもなった方がいいんじゃないのかね」
学園長の言葉に、指をならす伯爵令嬢。
「それでは、わかりやすく、推理の過程をお話しましょう。九マイルは近すぎる。九マイルとは何でしょう。九は数字の単位です。では、マイルとは何でしょうか?学園長、あなたはどう思いますか?」
「そりゃあ、もちろん・・・」
答えかけて、あわてて咳払いで誤魔化す学園長。
「では、そちらの卒業生の人。なんだと思いますか?」
「どこかの外国で使われている長さとか重さとかの単位だと思います」
「そうですね。私もそう思いました。我が王国で使用されている重さの単位のフローネスやフローミヤなど長さの単位のミロネスやミロミヤなどと同様の使われ方をしていると考えるのが妥当です。私は博識だと自認してましたがマイルと言う単位は聞いたことがありませんでした。そこで、王国図書館で調べ見つけました。マイルとは魔物が使う長さの単位です。学園長、あなたはそれを知っていたんじゃないですか?」
「馬鹿馬鹿しい」
「マイルから人間に紛れた魔物たちの会話だとわかりました。次に、雨の中です。この王国での会話で、天候を気にするなんておかしいですよね。この王国全体には魔法のドームで雨よけがされてます。出歩くのに雨の心配などいらないのです。天候を利用する魔法実験をするために、わざとドームの雨よけを外しているこの魔法学園だけが雨の影響を気にする場所なのです。つまり、魔物がこの学園で何かをたくらんでいる。ここまで来たら後は明白ですね」
「何がだ?」
「この学園で魔物が何かしようとするなら、この卒業式に来賓として出席する王子の命を狙うことしか考えつきません。ここに爆弾を仕掛ける。そう仮定すれば、会話の近すぎるとは、爆弾の威力から自分達も巻き添えになるのを恐れたためと推測できます。雨の中となるとなおさらと言う部分で、爆弾の種類は水に濡れると威力を増すスライム型爆弾でしょう」
「くだらん妄想だ」
怒鳴る学園長に対して、にっこり笑って見せる探偵の伯爵令嬢。
「妄想ではありませんよ。みなさんがここに集まる前に、ここを捜索させていただきました」
無害にされたスライム型爆弾が、学園長の目の前に差し出される。
探偵の幼い助手が、学園のトイレで縛られていた本物の学園長を発見したと知らせに来る。
偽物だと明白になった魔物が、学園長の変装を解き正体を現した。
ナイフを手に、伯爵令嬢に襲いかかる。
「何が安楽椅子探偵だ!論理も何もないあてずっぽうで、偶然当たっただけじゃねえか」
優雅な動作で相手のナイフをかわし、いままで座っていた安楽椅子を手で掴む伯爵令嬢。
「そう。それこそが、あなたをこの王国に来たばかりの魔物だと断定した理由です。あなたは知らなかった。この王国では、私の活躍によって安楽椅子探偵の意味が大きく変わったのです」
大人二人がかりで運び込んだ安楽椅子を、片手で持ち上げる伯爵令嬢。
「あなたのようにナイフを武器にする者はナイフ使いと呼ばれます。では、安楽椅子を武器にする探偵は何と呼ばれるのか?」
安楽椅子が魔物に振り下ろされる。
気絶する魔物の代わりに、伯爵令嬢は自分で答える。
「安楽椅子探偵」
おわり




