第2話『百合コンビを組めたけど、超恥ずかしい弱みを握られちゃった』
(えっ、うそうそうそ……私の家に?え、もしかして百合できちゃうの?嬉しいっ!青宮院さんと一緒に暮らせるなんて!!)
突然の来訪者に、驚きつつも心の中で喜ぶ明那であった。
「あ、あの。その。青宮院さんほどの人物ならお義父様からも許可されると思うから、良ければぜひお友達に…………」
「勘違いなさらないでください!わたくしはあなたのライバル!あなたを超えるためにあなたを観察させてもらうだけですわ!」
教室で見た時と同じく、高らかに宣言する綾。その表情は凛としていて自信に満ちている。
「なんで私をライバルだと思っているの?」
「わたくしもあなたと同じで高みにのぼるからですわ!それにあなた覚えてないでしょうけど、幼い時にとある事業の関係で会ってるんですのよ!だ、だからライバルですの!」
「ごめん、覚えてない……でも、そういうことなら私も望むところ。ずっとトップでいてみせる。部屋に案内するからついてきて」
明那は正義感があり真面目。
それに加えて勝負気質でもあった。そんな明那が綾にライバル心を向けられていると知ったため、心に火がついていた。
「私は沢良宜明那様の使用人の山田岬と申します」
「わたくしは青宮院綾。よろしくお願いしますわ」
翌朝。テーブルクロスが敷かれた広間の机で、朝ご飯を食べている明那。沢良宜家の令嬢としてテーブルマナーも叩き込まれているため、その所作はとても美しく見える。
(さすが青宮院綾……私に対抗心を燃やすだけはあるわね。ふぅ……いくら慣れてるとはいえ……)
心の中で綾を褒める。
慣れたとはいえ、やはり令嬢として振る舞うのは疲れる。神経をすり減らす。
食事が終わり、自室で学校へ行く準備を始める明那。
「お嬢様。お手伝いしましょうか?」
「ひぁっ!あ、山田さんか…………」
笑顔で見つめてくる岬を見ると、不意に昨日のお風呂での出来事が頭の中を駆け巡った。
「ッ〜〜///」
「お嬢様?」
「なな、なんでもないわ…………ねえ。それより……こんどのお見合いっていつ?今のところお見合いの予定はない?えと、お義父様から何か聞いてたりとか……」
「ご安心ください。特に何も聞いておりません」
岬の言葉に、明那はほっと胸を撫で下ろした。深呼吸をし、表情が少し明るく。
「お見合いっていえば、1年前に……」
「そうですね。成績優秀で容姿端麗な男子で、お嬢様にはお似合いかと思っていました」
「でも、私はお見合いしたくないって言って相手のこと知らないままだったわね。あの時お義父様の追及から庇ってくれてありがとう。そのおかげで一旦お義父様も引き下がってくれたみたいだし」
「ふふっ、もちろんです。私にとってお嬢様が第一ですから」
岬は、明那に向かってにっこりと笑った。その笑顔はとても綺麗で可愛く、明那のことを第一に考えているのが伝わる。
「あ、う、うん……ありがとう…………っ」
3年3組、教室にて。担任の美人教師である鈴木和歌子が、教卓に立っていた。プロジェクターで映し出された映像には、多種多様な委員会一覧が。
教卓の椅子に座り、和歌子はパソコンに目を向ける。
「今日は、委員を決めてもらいます。まず最初は学級委員から。やりたい人はいますか?」
和歌子の言葉に反応して真っ先に手を挙げたのは、明那と綾。そして、1人の眼鏡男子。
2人の美人と1人の眼鏡男子に集まる視線。
「じゃあ、沢良宜さんからスピーチをお願い」
「はい」
明那は席を立った。胸が強調され、男子たちの視線を釘付けにしている。
ゆっくりと歩き、教卓へ。段差を登った時、またぷるんと胸が揺れた。
「私は2年生の時、学級委員長と風紀委員長、そして生徒会長を兼任していました。それはひとえに、みなさんがいてくれたからこそです!なぜなら、委員はみんなのために動くものですから!私利私欲を捨て、みなさんのために動くことを約束します!どうか、私に清き一票をお願いします!」
明那の熱のこもった演説。それを聞いたクラスメイトたちから大きな拍手が巻き起こった。
拍手喝采されていることを認識し、明那はぱあっと嬉しそうな顔をした。
「ありがとう、沢良宜さん。これは生徒会選挙じゃないからそんなかしこまらなくてもいいんじゃない?」
「いえ、生徒会長も学級委員長も、みなさんのために動くことは同じです!」
「そう。さすが、真面目な生徒会長さん。次は青宮院さん、どうぞ」
次は、綾のスピーチ。
教卓の前に立った綾は、明那に負けない雰囲気を放っていた。
「わたくしが学級委員長になった暁には、このクラスを改革いたしますわ!高性能エアコン、漫画棚、電子レンジやポットの設置などなど、クラスの利便性を向上させ、みなさんの快適な暮らしを実現させ、満足度の高いクラスを作り上げるのです!」
綾のスピーチに、クラスがざわざわとし始めた。それに含まれているのは果たして、賞賛か侮蔑か──
「では次、田中くんお願い」
眼鏡をかけた男子、田中ひろし。ひろしのスピーチは特に当たり障りのないもので、それに対する拍手も当たり障りのないものだった。強いて言うなら、勉強ができそうな雰囲気があるくらい。
「じゃあみんな顔を伏せて、沢良宜さんがいいと思った人は──」
そして──
「集計ができました」
投票結果は、立候補者を除いた33票のうち沢良宜明那19票、田中ひろし6票、青宮院綾8票。
「な…………わたくしが負けたですって…………?」
「僕は全体の5分の1ですか……さすが、沢良宜さんには敵いませんね」
「やった!」
愕然とする綾、冷静なひろし、ぱあっと笑顔で喜ぶ明那。
「2番目に票の多かった青宮院さんをもう1人の学級委員にします。それじゃあ、2人とも進行をお願い」
「任せてください!」
明那は笑顔で元気よく返事をした。
「くっ、負けてしまいましたわ…………沢良宜明那!この借りはいつか返しますわよ!」
「あ、うん…………それじゃあ、次の風紀委員から!誰かいませんか?」
「…………いや、沢良宜さん。なんで自分で手を挙げていますの?」
大多数のクラスメイトの視線が、右手を挙げている明那に注がれた。
「風紀委員をやるって決めていましたから」
「っ……じゃあわたくしもやりますわ!」
そして、またしても明那、綾、ひろしの3人の手が挙がった。
結果は、明那とひろしが風紀委員になることに。
明那は立ち上がり、教室を出た。それを、途中までじっと眺めていたひろし。
家に帰ってきた明那と綾。部屋に入ると、岬がいた。
明那は部屋着に着替えて机に向かい、勉強道具一式を広げて受験勉強を始めた。
それをそばで見守る岬。明那の机の隣に新たに用意された机に座り、対抗心を燃やして勉強している綾。
「山田さん……私、友達できるのかな…………?」
「おそらく、何事もいっさい妥協せずがんばりすぎるせいで高嶺の花になってしまっているのだと思います。お嬢様は正義感が強いうえに真面目ですから、高嶺の花でなくなることは自分磨きを怠ることと同義だと考えているのでしょう」
岬は明那の使用人として、明那を第一に考え、明那に尽くす。明那と会話したり明那の悩みを聞いたりするのもその一環。
「私は、お嬢様が高みにのぼることを否定できません。なぜならお嬢様の意思を否定することになってしまいますから。でも、どうか約束してくださいませんか?無理だけはなさらないと」
「わ、わかったわ…………」
「それを聞いて安心しました」
明那の言葉に、岬は安堵の表情を浮かべた。
「沢良宜さん!」
「はい?」
突然横から声をかけられる明那。
「あなたはどうして高みを目指していますの?」
「もちろん目標のため」
「目標?聞いてもよろしいかしら?」
綾は明那の目標について興味があるようだ。
「…………沢良宜さん?どうしてニヤついていますの?」
「えっ?」
ニヤついていたことを指摘され、明那は慌てて表情を引きしめた。
(危なかった……青宮院さんが私に興味を持ってくれたかと思ってつい)
「沢良宜さん?」
「いや、なんでもないわ……ちょっと……目標については秘密ってことで。ただ、ひとつ達成しただけじゃ終わらない目標だとは言っておくわ。常に高みを目指す、それが目標。お義父様には英才教育を施されてきたけど、いつかそれが役に立つ日が来るといいなと思ってる」
百合したいという部分はうまく隠し、自分の想いを語る明那。参考になるかもしれないと思ったのか、綾はそれを真面目に聞いている。
「…………それってもしかしてあれの事じゃございませんよね?」
綾かそう言い指し示したのは、百合漫画や何かのビデオがある本棚の方向。
「ふぇっ?な、何を言っているの?あれはたまたま買っただけで。ほら、こここっちもあるわ!」
慌てて長文の言い訳をする明那。明那が指し示した方向にはいろんなものが置いてあった。
本棚には、某能力バトル漫画が最新9部まで全巻。棚の上には、ピンクのレバーがついた黄緑色のおもちゃとそれに差し込むゲームカセットのようなおもちゃが複数。
しかし明らかに取り乱しており、それが綾にはとても不審に見えていた。
「ま、漫画が目標なんじゃないわよ」
「ふーん…………」
綾は立ち上がり、百合漫画や何かのビデオがある棚に向かって歩き出した。
それを遮る岬。
「お待ちください、青宮院様。お嬢様の私物がございますので、勝手に漁ることのないようお願いします。普段は使用人の私しか入ることを許されておらず、今青宮院様がここにいるのはお嬢様のお許しがあってこそ。どうしてもと言うならお嬢様の許可を得てください」
10秒ほど、なんともいえない間が続いた。睨み合うといえ言葉が似合う雰囲気で、見つめ合う岬と綾。
「はーい……ね、え、沢良宜さん。あそこの棚は〜、触っちゃいけませんの?沢良宜さんって〜、意外とハレンチですのね…………いえ、風紀委員はハレンチと相場が決まっていますわ……」
「っ〜〜!!」
明那の弱みを握り、ニヤニヤとする綾。明那は、何を置いているかをバレないかと心配して心臓がドクドク鳴っている。
「青宮院様。あまりお嬢様を困らせないでください」
「はーい。じゃあそっちの棚は見ませんわ」
その言葉に明那は安心……していなかった。それは、あることが気がかりだったから。
綾は何気なくベッドへ。そして何気なく布団をめくろうとし──
(まずいわ!そっちは)
「ん?」
「だめっ!」
何やらひどく慌てた様子で止める明那。しかし制止は間に合わず、布団はめくられてしまった。