狂乱の魔女
"ガアアアアアアアアア!"
人の言葉も忘れ、すっかり獣と化した班長。
撃退の為武器を構えた瞬間、彼のリアクターが貫かれ、彼は無力化した。
「…え?」
増援か。
そう思い振り返ると、見知った顔があった。
「…さおり?」
さおりは、見違えていた。
まるで衣装の様に全身をギアが多い、特に頭部には魔女帽子型のギア組織が乗っている。
然もその手には、大きな杖まで。
「あれは…一体型!?気を付けて下さいまし!お姉さま!」
「一体型って?」
「文字通り…ギアと一心同体となった状態ですの。通常では決して起こりえない型ですわ。それこそ…」
「誰かのギアリアクターを喰わない限り?」
私達の目の前、工場の少し奥まった場所で浮遊するさおりと相対する。
足元には無数の謎の液。
「さおり…私に近付いたのは、私をネガノイドにするため…?ジルにそうしたように…」
「ええ。そうよ」
「じゃあ…何で私にはこの薬をくれなかったの?」
「………」
私の背に、翼が広がる。
「貴女は悪い人かもしれないけど…それでも私達…本物の友達だったんだよね…?」
「貴女は力に対して無欲すぎた。それだ…」
「違う!」
そう思いたい。
「私達…やり直せるかな?さおり…」
「最初から何も始まっていなかった。それだけ」
さおりの周囲に、四つのビットが現れる。
全部、独立したリアクターを搭載してる。
「あの女…何人食べたんですの!?」
ビットからレーザーが放たれる。
翼で己を覆い盾としながら、私はそれでも邂逅を続ける。
「…分かった。それがほんとの貴女だって言うのなら」
翼を閉じたままスラスターを点火、ミサイルの如くさおりの方へ突っ込んでく。
ビットが四角形を描きシールドを展開したけど、その直前で翼を広げて止まる。
ビットが展開したシールドを足場に、上へ。
「貴女を止める。貴女を止めて、改心させて、一から始める。貴女がどれだけの悪者だったとしても」
スラスターの斥力を乗せた、さおりの脳天めがけた回転かかと落とし。
「私は、貴女のお陰で前に向けるようになったから」
シールドが命中直前で解除。
さおり自身を押しのけるようにして飛行して、攻撃をかわした。
ビットがさおりの杖の先端にくっつくと、彼女はそれにまたがった。さながら魔女の箒。
「天音さん…貴女何なんですか。利口かと思えば、突然馬鹿な事言い出して!」
「悪党に馬鹿って言われる筋合い無いから」
さおりの箒のビットが点火。
案の定、箒はさおりを乗せて窓から工場を飛び去った。目視でマッハくらい。
「お姉さま!」
「ごめんねぺリル。ちょっと、行ってくる」
スラスターを全て点火し、天音の後を追った。
すっかり夜も更けて、眼下には夜景が広がっている。
「驚いた。シングルリアクターで私に付いてくなんて」
「5分が限界だけどね。そっちは?」
「言うと思ってる?」
「だよね」
さおりは夜の街を駆けながら、ピンク色の光弾をまき散らす。
まるで弾幕ゲーム。
時に回転し、時に突っ切ったりしながら、さおりを追いかけ続ける。
「さおり…貴女も分かってるんでしょ。今の私に攻撃手段なんかないって」
「だったら!」
さおりが急に方向転換し、四つのビットが一斉にレーザーを放った。
「なんで付いて来るの!」
「決まってるじゃん」
咄嗟に翼で己を閉じ、レーザーを受けながらさおりに向け突っ込んだ。
「がっ…!?」
「友達になりたいから?」
爆発が空を照らす。
私達はそのまま、町はずれの裏山まで墜落していった。
木々がなぎ倒され、できた小さなクレーター。
「……げっほ……」
私の翼は力を使い果たし閉じる。
私自身、体が潰れてる。
さおりの壊れたビットが散乱していて、彼女自身も…
「は…は…ごほっ…」
纏っていたギアが全壊しているが、さおり自体は原形はとどめてた。
「はは…ギアノイドってすごいよね。さおり。これだけ大けがしてても、ギアが体内にある限りいずれ復活するんだから」
さおりは、よろよろと私の方へ歩いてきた。
よく見るとさおりは胸にリアクターがあって、それは稼働してた。
ダメかも。
「全く呆れた…どうして…ここまでして…」
「言ったでしょ。君のお陰で、私は前を向けたんだって」
さおりが私に手を翳すと、ピンクのエネルギーがその手に集まり球形を成した。
「私のギアも食べる?今ギアをなくしたら、私死んじゃうんだけど」
「……………」
さおりは、手を降ろした。
「全く馬鹿馬鹿しい…」
さおりの最後のリアクターが点滅して、消灯する。
さてはリアクターが多すぎて一個一個の出力が低い?
さおりはそのまま、私の隣に倒れた。
「ねえさおり。あの赤い薬、結局何なの?」
「ネガホルモン。ギアの出力を増大させネガに変える物質。…妹の治療費と引き換えに、実験を手伝ってた」
「ふぅん。雇い主…はどうせ極秘だろうね。妹さん病気なの?」
「10万人に一人の難病。ギアを寄生させるしか、治せないの」
「確かに高くつきそうだね」
森のまにまから見える星空を眺める。
まだ、さっきのスカイチェイスで残してきた光粒子が煌いている。
「今まで私、自分はもう自分を絶対に受け入れられないって思ってた。でも、さおりが居てくれたから、さおりが理解してくれた…ふりをしてくれたから、私は立ち直れたんだ。自分を、好きになれた」
「…天音…貴女騙されやすいタイプって言われない…?」
「全然人と話してないから言われたこと無い。でも、さおりの言葉は、例え嘘だとしても。私は、信じたいって思えたんだ。占いとかに近いかもしれないね」
「全く…貴女は本当に、不思議な人」
「ふっふ。これがほんとの私なのかもね」
それから迎えが来るまで、二人で夜空を眺めていた。
虫の声がさざめく、良い夜だった。
あ、ホタル。
ネガハンタース協会が助けに来てくれた。
さおりは即刻捕縛、普通に取り調べを受ける事になったらしい。
そして私は、いくらギアノイドと言えど全身粉砕骨折と全内臓破裂は流石に重傷だったらしく、2カ月の入院を言い渡された。
因みに、任務中の単独行動の初段として、丁度入院期間の間休学処分判定になった。お陰で入院中は休みに入らない。先生方も上手い事考える物だ。
「おねーさまー!」
ぺリルは毎日来た。
「ちょっと。飛び込まないで。まだ体が"グシャ"
「わああああ!申し訳ございませんわ!お姉さま!」
「入院長引いたらぺリルのせいって言うよ?」
この何か月かは、本当に色々あった。
痛い思いとかもそこそこしたはずだけど、不思議と心は軽かった。
「ねえ。ぺリル」
「はい!何ですの?」
「退院したら、また戦おうか」
「…!はい!今度は負けませんわよ!」
風俗か否かって言う未来が確定しただけだけど、少しだけ、希望ってのを持てるようになった。