魔王城への侵入
あの夕暮れのひと時は、きっと二度と忘れない。
さおりのお陰で私は、自分と、このギアを許せた。受け入れられたんだ。
「…お姉さま」
「ん?どしたの?ぺリル」
「……何でもありませんわ」
然し、最近はさおりの姿を見ない。
病欠らしいけれど、最後に逢った時は凄く元気そうだった。心配だ。
「お見舞いって何を持ってくと良いかな」
「ふ…フルーツとかかしらね?」
最近ぺリルがよそよそしい。
まるで、私に何かとても気を遣っているみたいな。
「……ぺリル。言って。私はどんな結果でも、受け入れるから」
「……さおりさんのおうちから…」
ぺリルが、スマホの画面を見せる。
赤く光る液体が詰まった注射器。何本もある。
「ま…まださおりさんが怪しいと決まったわけではありませんわ!何かの陰謀に巻き込まれただけの可能性も十二分にありますし!」
「そう…だよね。ごめんね、気を遣わせてちゃってたみたいで」
「いえいえ!こちらこそ早くに打ち明けるべきでしたわ!」
ぺリルはいい子だ。
嫉妬に狂ったからと言って嘘を言うなんて事、ある筈が無い。
それでも、
心のどこかで、これが嘘だと良いなって思ってる自分が居る。
翌日。
その日の学校は、いつもと雰囲気が違った。
人も多く、それに何だか物々しい。
「ぺリル。これ何の騒ぎ」
「三神工場の制圧作戦が始まろうとしているのですわ。今回はうちの生徒からも何人か派兵されるみたいですの。無論、確実にわたくしは選ばれるでしょうね」
ぺリルの言葉通り、三神工場にあてがわれる生徒がほどなくして発表された。
ぺリルも入っている、けど。
「わ…私?何で…」
「わたくしが推薦しておきましたわ!お姉さま!」
「そか…それはどうもありがと…」
思えば、ぺリルと初めて出会った時も三神工場の名前は上がっていた。
「危険な所なの?」
「ええ。元々はネガの巣窟と言う認識でしたが、最近になって、あの赤い液体の出どころでもある事が判明しましたの」
「そんな場所に…ギアノイドを向かわせて大丈夫なの?」
「駄目ですわ。なのでわたくしたちは、工場の外のネガの一掃の仕事が与えられますの」
最前線で無いと聞いて安心した。
ネガハンターになるしかないなら、今のうちに慣れておくのが先決だろう。
「多分、西の持ち場はわたくしとお姉さまだけになりそうですわね」
「……はい?」
「しょーがないのよ!ギアある限りネガもあり!生物と疾病の様に切っても切り離せない関係!その割にはネガハンター志望がとんでもなく少ないのが悪いんですの!」
ネガハンターも大変なんだな。
元々いい印象は無いし、良い噂も聞かないけど。
お願いだから、風俗の方がましと思いませんように。
翌日。
その日は雨だった。
傘は邪魔になるので、私はレインコートを着てきた。
「これが三神工場…」
元々は自動車部品とかを作ってた場所らしい。
ある日ネガに侵入されて、それきりになっているのだとか。
ギアノイドは全部で20名。学生は、私とぺリル含め4人だけ。これでも母数的に十分大きな数字になってしまっている。
「各自、持ち場に付くように。負傷者や体調不良者は、すぐさま各班長に…」
「お姉さま~!お弁当を作ってきましたわ~!お昼に一緒に食べましょう!」
「まるで遠足だね」
「お姉さまと一緒ならどこでも遠足ですわ~!」
「構えろ!早速来たぞ!」
持ち場に移動する途中で、もうネガが集まってきた。
金属と赤く光る組織で甲冑の様な体を形作り、右腕は剣になっている。
「"ネガソーダー"だ。リアクターは胸部装甲の下だからな!」
「わたくしたちも行きますわ!お姉さま!」
「うん」
ネガソーダーが、私達に向け駆け出してくる。
「ペリ…る?」
声をかけようとした頃にはもういなかった。
「はああああ!」
目にも止まらぬ速度で、次々とネガソーダーの胸部を貫き続けている。
私もギアを展開してみたは良いものの、これは鈍器に近く、器用に弱点だけを破壊するなんて不可能。
ガンガンと数度殴りつけ、やっと一体破壊する程度だ。
「流石だね。ぺリル。…そうだよね。トップネガハンターなんだから、ネガにはめっぽう強いんだ」
ずしん。
地面の揺れと共に、ひと際大きなネガが背後に現れる。
赤く輝く単眼。
太い腕と胴体。そして全体的に大きな体と、ハサミ状になった更に大きな右腕。
「気を付けろ!"ネガクラブ"だ!」
リアクターは胴体では無くハサミの間。
当然普通の剣士型ギアではその巨体に届かず、ぺリルの槍も弾き返された。
「きゃ!相変わらずガードが堅いですわね…」
重量タイプなら、私の出番だろうか。
ネガクラブの元に走り、右翼にスラスターを点火。思い切り殴りつける。
金属のひしゃげる音と共に、ネガクラブは大きく姿勢を崩した。
そのまま前方にスラスターを点火。後退した後、飛翔する。
巨大なハサミが私の元までやってきた。
ので、飛行したままハサミ腕の上を走る様に進み、頭を渾身の力で殴りつける。
頭が潰れ、見当違いな方向に振り回されるハサミ。
足の再生が始まっている。
「やるなら…此処だね」
再び距離を取って飛翔し、動き回るネガクラブを見据える。
最適な位置にリアクターが来た瞬間に、全てのスラスターを点火した。
爆音と共に音速で激突。
私はそのまま貫通してダイナミックに着陸し、リアクターは腕ごと木っ端みじんに破壊された。
極力反動は抑えたつもりだが、それでもソニックブームで物や人も吹きとばされてしまった。
ぺリルと班長格以外は。
「流石ですわぁ~!お姉さま~!」
「わ。今抱き着くと熱いよ。大体200度くらい…」
「構いませんわぁ~!あぁ…お姉さまの体温でわたくしが焼ける良い匂いがしますわぁ~…」
次いで班長も戻って来る。
「いってて…何だ今のは!次やる時は事前に言ってくれよ!まあ今回は結果オーライだが…」
「あ…すみません…」
相当頑丈な作りなのか、三神工場は無事だった。
「あの…私…」
「良いんだ。確かにギアノイドは人手不足だが、今のでダメなら居ないのと同じだ」
然し、ネガはまだまだ湧いて来る。
「仕方ない…天音とか言ったな。その大火力が欲しい。ぺリルと一緒に工場内への突入を命ずる」
「え…?あ…は…はい」
この辺りは、都の方針で民間でのネガハント業が禁止されている。
結果、戦えるギアノイドたちはより良い待遇を求めて他所に移ってしまったのだとか。
「本当に私達しか居ないんですね。班長」
「そうだ。どうせお前も卒業すれば地方に出るのだろう?お前ならきっと直ぐに稼げるようになる」
ネガハンタース協会は、唯一の国営ネガハンター組織。
これがこんな状態で良いのだろうか。
からん。
薄暗くて気付かなかったが、何かを私の足先が蹴る。
蛍光するピンクの液体が入った瓶。
そこら中に落ちているし、妙な臭い。
これは良くない物だと直感で分かったので、直ぐに常備していたマスクを付ける。
「な…んですのこれ…頭がぼうっと…」
「吸わない方が良いよ。さもないと」
ぺリルを抱き寄せマスクを付けてやり、班長の方を見る。
「うううアアアアア!!!"
「ああなるから」